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2001年06月01日(金) 旧暦 [n年日記]

レクター博士のお料理天国と地獄

 あ、いかん。タイトルでネタバレしとる。(わからん人は新・ルパン三世を頭から見直そう)
 映画の日ってことで、姉には「ビデオで十分」と止められてたにも関わらず、ゲイリー・オールドマン迫真の演技がメーキャップのせいで誰だかさっぱりわからないという「ハンニバル」を見てきちまいましただ。
 監督はリドリー・スコットってことで確かに面白くは撮れてるのだけど、前作と比較すると矢張り「うーん」と思わざるを得ない。
 作者トマス・ハリスがこの名義で出してる本は4冊あって、そのうち「レッド・ドラゴン」「羊たちの沈黙」「ハンニバル」の3冊がレクターが登場する。「レッド・ドラゴン」「羊たちの沈黙」では、主人公ではないが重要で非常に存在感のある役割である。何故か。この二冊では話のメインとなる犯罪に、直接ではないが関与しており、更に捜査側と接触し続ける事で事件の顛末自体をコントロールするという、実は陰のフィクサーとしての役割を果たしているからだ。
 異常犯罪者の心理としてよくあるのは「自分以上の何者かになりたい」という願望である。「レッド・ドラゴン」のレッドドラゴンも、「羊たちの沈黙」のバッファロー・ビルも、自己を生まれ変わらせる為の儀式として一連の犯罪を行っていた。そして生まれ変わった願望の先の姿、それそのものでは必ずしもないが、そちら側に存在するのがハンニバル・レクターなのである。実際にはレクターが「生まれ変わって」今のようになったかというと、多分違うだろう。だからそういう生まれ変わりたいという心理を解しはするが、同情もしないし親近感も持たない。何故なら全然似てないからである。
 レクターシリーズの最初二本において、レクターはすなわち「闇の神」であり、背後から人間の心の闇を操って全てを見晴らす、曖昧とした存在だった。二作の犯罪者は、いわばその崇拝者で神に近づこうとする。その意味ではサスペンスやスリラーというよりオカルトやホラーに近いかもしれない。
 だから、レクターを見つけ出して殺そうとするメイスンが話の主軸となる今回は「神狩り」なのである。メイスンの行動は復讐というよりむしろ神を殺す事で自らがその位置に立つ新しい神となろうとする行為なのだ。だから神を完全に殺す為に、豚に食わせるという、もっとも屈辱的な死を迎えさせようとする。
 ならばクラリスは何であるのか。巫女である。彼女の立場はレクターを始めとする「あちら側」(非理性)と対局である「こちら側」(理性。しかもFBI捜査官なのだから立場的には理性と秩序の権化である)に属しながら、しかしレクターの寵愛を受けるがゆえに闇と交信することが出来る。「羊たちの沈黙」は純粋なクラリスと闇の神であるレクターが接触し、その巫女である彼女を介して封印された神が復活してしまう話と解せられる。
 さて、この映画で何が不満かというと、この構造ではない。むしろホラーとしてはよく出来てるだろう。不満なのはレクターが「闇の神」としての役割を十分に果たしてないことだ。
 第一点。神の何が恐ろしいかというと、罰を下すとか、そういうことではない。何故罰を下すのかわからないという所だ。無論傾向はある。しかし、聖書の神罰の記述を見てみるとわかるだろう。神はわがままで気まぐれである。厄災に後付けで理由をつけてはいるが、それは単に人間が勝手に解釈した「決まり」に過ぎない。その「規範」にがんじがらめにされた時、神は恐ろしいものからシステマティックなものに堕す。神としての恐ろしさは失われる。
 今回、レクターは「殺す相手」の規範をかなり明確に定められてしまった。闇の威光が一つ削られたわけである。
 第二点。神の力、奇跡と言っても良いが、それは何故奇跡たりえるのか。それは「過程」が見えないからである。過程を省いて原因と結果、場合にによっては結果だけを示されると、その途中過程でどのようなことが行われたのか、人間は想像を逞しくする。ナスカの地上絵やピラミッドなどが地球外技術が云々という話が絶えないのはその為だ。今回レクターは自分で「動きすぎてる」。闇のフィクサーとして存在するのでなく、自分であくせく額に汗して働く姿を見られてしまった。目に見えないものは実は目に見えるものよりずっと恐ろしい。レクターはここでもまた一つ威光を失ってる。
 第三点。これは第一点、第二点とも関与するが、レクターがこれまで恐かったのは、レッドドラゴン、バッファロービルといったレクターのイミテーションを通してレクターを見ていたからだ。人間が最も怖がるのは、人間自身の闇である。前作まで恐ろしかったのは、作者が取材したレスラー元FBI捜査官の本の冒頭に捧げられた言葉、「深淵を見つめてはいけない…」という言葉通り、人間の闇を追う事で自身も闇に引きずり込まれる恐怖を感じるからである。(無論、普通の人間は引きずり込まれきりになったりしないのだが。) しかしレクターはそういう人間ではない。同調できる人間はまずいないだろう。だからレクターの今回の行動は残酷でグロテスクな割に恐くはない。単に正視に堪えないだけだ。今回、レクターは神の位置にいることを要求されながら神通力の大半を失っている。「神狩り」の部分は悪くなかったのに、オカルト・ホラーからスプラッタ・ホラーになってしまった。単体として見ればそれなりに面白くはあるが、神通力を失った彼の姿はいささかがっかりする。ジュリアン・ムーアは案外と悪くなかった。1.5点。


2001年06月02日() 旧暦 [n年日記]

リメンバー・パールハーバー

 昨日「 メトロポリス 」も見てきたのだけど、せっかく今日は「 パールハーバー 」の公開日なんで、この映画に関して思うことを。
 この映画で話題になってるのは「日本人を意図的に悪者に演出している」という辺りで(実際にそうかは見てないんで知らないが、まあ善玉ではないだろうな)、米国内の反日感情を煽るのではないかとか、まあそういった辺りである。
 「真珠湾奇襲」の批判への反論としてよく出てくるのは、「日米開戦は米国により誘導された」「宣戦布告はされてはずだったが、大使館側の手違いで結果的に奇襲になった」「米国は事前に真珠湾攻撃を知っていた」「真珠湾攻撃は軍事ポイント攻撃であったが、日本本土空襲・原爆攻撃は非戦闘員に対する無差別殺戮である」etc.etc. パターンとしてはこの辺かな?
 正直見てるとうんざりしてくる。子供の「お前が悪いんだ〜」「悪いのはお前の方だ!」というやり取りと同レベルだからだ。部分部分で言われてることは、確かにそれなりに正しいところもある。そしてその被害により亡くなった方、人生を狂わされた方は悲劇であり、戦争だからで済ませられる問題とは思わない。日本が開戦に到った状況も良く知らない人間に真珠湾という「部分」だけを見て「やい卑怯者!」とか言われて何か言い返したくなる気持ちもわかるのではある。
 が、こういった反論も結局は「部分」に過ぎないのである。例えば、宣戦布告が大使館側の不手際で非通知だったというのも、これにも諸説あるがそれが正しいとしても、そんな国の大事に不手際を起こすような大使館だったというだけで既に問題がある。アメリカ側としては、開戦に際してこれほど国際世論的正義を背景にできる材料もないのだから、そりゃ利用だってするだろう。それに戦争に到る経緯にしても、日本が追い込まれていったのは確かなのだがそれまでの日本の対外行動を見てるといくらでも避けようはあったのではないかと思える。勿論後から俯瞰で見てるからというのはあるのだろうが、それにしたって日本の国際感覚と情勢知識の欠如が足を引っ張った部分があるのは間違いない。
 だから私は、日本が全ての元凶とは思わないし、特に言う程卑怯だったとも思わないが、愚かで無能だったのは間違いないと思う。愚かで無能は自己完結してるのなら別に罪ではないが、他者にそのツケを回した場合、それは十分犯罪だと思ってる。
 だから部分部分を取って言い争いしてるのを見ると苛ついてくるのだ。
 それと全く同じ理由で「パールハーバー」にも苛ついている。宣伝のし方、端々に聞く評判を聞くと、「憎むべき日本対正義のアメリカ」という作りではあるらしい。作り事なのだから気にするな、という意見もあるが、史実を元にしている以上、プロパガンダ映画、と言うと言い過ぎだが、しかし観客に対する影響力と言うのは無視できない。部分のみを取り上げて卑怯な日本と言うイメージを広げることの責任、という観点が作り手から欠如してるのである。言わば「日米戦争はアメリカの方が悪い!」と言うのと同程度の認識を広めているというのにそのことを認識してない、あるいは都合よく無視してる、その愚かさ加減に腹が立つのだ。他人にツケを回す愚かさは罪である。つまりはどちらも鬱陶しいのだ。
 だから思う。どっちのバカももっと静かにやってくれ!


2001年06月03日() 旧暦 [n年日記]

I CAN'T STOP LOVING YOU

 ってことで「 メトロポリス 」の感想。
 この映画の見所は「今的技術を使っての、初期手塚マンガの映像化」という辺り。俯瞰で小さなキャラがごちゃごちゃと動いてるモブシーンなんかは「あ、手塚マンガだ」と間違いなく思うし、キャラの動きなども手塚が大きく影響を受けたアメリカカートゥーン的な動きを意図的にしている。3DCGを多用したシーンも、「スゴイ」と思わせるのでなく、むしろコミカルに、陳腐に見えるように心がけてる。冷たく硬い印象のある3DCGを違和感なく見せるには相当な技術が必要だろう。ここらへんはため息を漏らすしかない。完全に手塚映像かと言われると違うけど、りんたろう的手塚映像としてこれはこれで純粋に楽しめる。
 モチーフも「無性的なヒロイン」、「人間とロボット」、「未来の光と影」など、手塚が何度も繰り返し用いてきたものを使っている辺り、手塚作品の原点の一つを選択したのは案外と慧眼だと思った。
 ただ、これがドラマの方となると、ちょっと「?」と思う部分が多い。テーマの練り上げ方、盛り込み方、主人公ケンイチとヒロインのティマとのロマンス部分も残念ながら不足してると言わざるを得ない。「陰謀に巻き込まれるケンイチと伴俊作(ヒゲオヤジ)」「ロボットと人間の対立」「虐げられる下層市民の反逆劇」「ロックとレッド公の関係」「ティマの人間性の目覚め」と、多くの要素が含まれてはいるのだが、要素の数が多すぎてそのどれもが消化不足になっている。せめてロマンス部分をもう少し作りこんでいれば、その他の部分は多少薄くても十分傑作になりえたと思うのに…
 特に「心のないロボットに、愛は芽生えるか?」とコピーを打っているのに、最期、 暴走状態から目に光が戻り、自我を取り戻したかに見えたティマが口にする言葉が「ワタシ、ダレ」では芽生えてないじゃん! と突っ込みも入れたくなるところ。
 ラストのフィフィの登場と最後の写真の暗示するところがまだ救いになってるけど。
 そういったストーリーの不備を暴力と言ってもいい映像力で押し切った映画なので、懐かしい雰囲気の未来都市を舞台にした映像と、ディキシージャズ主体の音楽のスペクタクルに酔いに行くつもりで。1.5点。


2001年06月04日(月) 旧暦 [n年日記]

名大祭に来て、君も島本和彦と握手!

  名大祭 に島本和彦を公演に呼ぶそうです。冗談ではありません。本当です。誰だ、呼んだのは!
 直接アタックのチャンスだ! 「吼えよペン」はどこまでが本当の話なんですかと聞こう!  島本和彦講演「人間の行動欲をかきたてる」 、日時は6/10(日) AM10:00〜AM10:50、名古屋大学第二グリーンベルトにて! 君よ、パルスを正せ!
 昨日は、O川さんから聞いて、 林氏 と関市の 古式日本刀鍛錬公開実演 へ。事前リサーチが足らず、迷いつつなんとか会場の日本刀鍛練場に到着。開始時間ぎりぎり。うへ〜。公開実演と言っても、玉鋼から刀を成型するまでの過程を全部見せるなんて事は 当然出来ない ので、実演してたのは鍛練のごく一部。金を叩いて、延ばす、二つ折りにしてまた叩いて延ばすという作業。色々手順とか、その場で見ないと気付かないこととかも多い。公開が終了後は、鍛冶師さんに質問攻め。うちらが一番最後まで粘ってました。(^^; しかし聞いたことは貴重なことばかり。うむ、忘れないようにしよう。
 帰りには刃物会館に寄ってナイフや包丁を物色。バタフライナイフはありませんでした。ううむ、阿呆のおかげで偉い迷惑じゃ。ナイフやらなにやら色々あったけど、一番目を引いたのはダマスカス鋼の包丁! オーダーメイドのものは、ひとふりで軽く10万円を越す。うひ〜。どうにか手の届く廉価版も、1万円はoverしてる。うう、手持ちが足りない。ちょっと触らせてもらったけど、刃先が凄く良いです。他の包丁もそこそこだったけど、これは完全に別格。次に来るときにはお金を作っておこう。
 結局スプレー缶のガス抜きと、砥石を買って良しとしときました。わびしいのう。


2001年06月05日(火) 旧暦 [n年日記]

最近のログより

 え〜、羽緒レイさんに関しての情報は テレビ朝日仮面ライダーアギト 公式サイトから、「キャラクター」の「登場人物紹介」をたどり、「謎の青年」の項目をクリックしてください。ファンレターの送付先が書いてあります。それ以外はしらねー。
 「 ナディアVSアトランティス 」に関しては上のバナーをクリックしてください。いや、いまんとこ膠着状態でなんも進展がないのよ。NHKも、自社の映像は財産であるという認識をきちんともって欲しいものである。
  BSマンガ夜話 の再放送スケジュールについては こちら をどうぞ。6/7から。作品は「野球狂の詩」「ガラスの仮面」「ホモホモ7」「陰陽師」。
 別に検索かけられたわけじゃないけど、極一部でのみ話題のJ.R.R.トールキン作「指輪物語」の実写映画化「 ロード・オブ・ザ・リング 」の公式サイト( 英語サイト )。ええい、「指輪物語」って言え〜! と思ったのは私だけではないはず。しかし予告編の映像は非常によさげ。耳の尖ったエルフもはしっこいホビット(というよりホビットの存在自体がトールキンの創作)も黒エルフもみーんな原点はここなのよ。最近のヌルイ日本のファンタジーファンはカツモクせよ!
 同じファンタジーでも、ファンタジーテーブルトークRPGの元祖とも言うべき「 ダンジョン&ドラゴン 」(なんで「ダンジョン &ドラゴン 」ではダメなんだ?)の映画は、予告編を見る限りはちょっと萎えぎみ。恐らく本格ファンタジーとかしゃちほこばらずに気楽に見に行けばそれなりに楽しめるのだと思うけど。
 ジョン・ウー監督の次回作 WINDTALKERS の情報はなかなかに流れてこない。第二次世界大戦中の、ナヴァホ・インディアンの米軍兵士の話らしい。ウー監督の戦争映画って言うと「ソルジャー・ドッグス」を思い出すよなぁ。あれは横槍入りまくりだったらしいけど。ちと気になると言えば気になるのだ。


2001年06月06日(水) 旧暦 [n年日記]

しーゆれーたー、ありげーたー

  MASTさんとこの日記スパイウェアチェックツール なるものがあることを知り、最近ちと気になることもあったのでダウンロード。
 何が気になったのかというと、 gator というソフトウェアが知らない間にPCに紛れ込んでいたのだ。このgator、一応はshopの入力フォームへの入力補助ソフトということらしいのだが(そもそもがそんなもの要らないのだけど)、問題は「覚えがないのにインストールされてた」という点だ。「わあい、知らない間に便利なものが入ってた。ラッキー」と喜ぶほど私もお馬鹿さんではない。すぐさま削除をしたのだけど、本当にどこでまぎれこんだかさっぱりわからないのだ。もちろんウィルスチェッカーやインターネットセキュリティツールは入れている。しかし、おそらくは別のソフトウェアに紛れ込んでいたのだろうこいつは、ウィルスとはみなされなかったのだ。
  調べると 、案の定当のgatorは時々個人情報を広告主などに対して送るらしい。それって一種のトロイの木馬(相手のPCに忍び込ませ、外部からアクセスすることでそのPCをいじることの出来るウィルス)じゃないのか?とか思うのだが、ウィルスとはみなされないらしい。アプリの情報送信は一応個別に登録されたもの以外は送れないようにしてるので多分大丈夫だったとは思うのだけど。
 で、一度あることは二度あるということで心配してspywareチェックツールを使ったというわけ。結果は当のgatorとその周辺の痕跡がわずかに残ってただけで、他には潜んでいなかった。痕跡を残すのすら嫌なので、跡形もなく消去したけど。
 gatorは起動しているのが見てわかるものだったから被害が出る前に削除できたけど、ものによっては起動してることがわからないspywareもあるかもしれない。ウィルスチェッカーの目も潜り抜けてしまうので、一度チェックすることをお薦めする。
 しかしこんなもの(gator)が出回るとは、ネット人口のセキュリティ意識はほとほと低いらしい。なめられたものだ。
  ナディアVSアトランティス は、 週刊新潮に取り上げられた ことでそろそろ第二ラウンドの予感が。情報的には新しい材料はまったくないのだけど、マスコミが注目してきたというのは良い傾向だ。 NHK の重い腰が嫌でも動かなきゃいけないようにしてやろう。でもアラシはダメよ。
 ちなみに姉ちゃんのサイトは こっち に移動してます。ごく一部の人向けに。笑い。
 あふたーあほわいる、くろこだいる。


2001年06月07日(木) 旧暦 [n年日記]

定義

 SF者の「こんなのSFじゃないね」は、ヘヴィジャンキィがメタアンフェタミンを指して「こんなのヤクのうちに入らない」と言うのと同義である。
 SF者ってのは一種の中毒者なんだから、生暖かい目でさげすみつつ慈愛の視線を送ってやってください。
 先輩のO沼さんが大阪出張帰りに名古屋に寄る。
 「O沼さん」では全然伏せ字になってないけど、まあしかたあるまい。
 ってわけで名古屋在住K研在籍・出身者で且都合がつく連中で一緒に飲み。ちなみにこの「K研」ってのは別に伏せ字じゃないんでそこんとこヨロシク。
 脳神経関係の雑多な話題からリンかけ2のダメさ加減まで、幅広い話題で盛り上がる。今の研究室だとなかなかこういう話できないのよね。悪いことではないのだけど。
 ストレスとか欲求不満ではないけど、普段ため込んでた何かを爆発。ふう、すっきりした。
  悪徳商法マニアックス で、 @JOB とかいう、SOHO斡旋事業の会社の話が盛り上がってったらしい。何時の間に。ここんとこ、あまり見に行ってなかったのでそんな楽しげなことになってるとは気付かなかった。
 致命的だったのは、「@JOBの業務ってちゃんとやってるの? 登録料だけ取ってドロン、ってパターンじゃないの?」という疑問の声に対して上がった二十件ばかりの「ちゃんと報酬が振り込まれましたよ」という@JOBユーザーと思しき書き込み、その殆どが実は一人の人間がアカウントを使い分けて投稿してたことを、管理者に暴露されたことだろう。そんなおいしい場面に居合わせなかったのは痛恨の極みである。
 一応どうしてそれがわかったのか伏せられてはいるが、大体想像がつく辺り、相手もかなりのお間抜けだったと言わざるを得ない。ログで件の報告を見ると、殆ど文面が一緒だからそれだけでも十分疑われるっつーのに。
#類似の詐欺を行う時に参考にされて対策されたらかなわんので手段のあらましは伏せておくが、大体わかるっしょ?
 @JOBの業務のキズが浮き彫りになったとか、そういうワケではないのだが(件の書き込み者が@JOB関係者か、ただの愉快犯かも不明である)、これで流れは一気にアンチ@JOBに。戦とは生き物だと言う言葉はつくづく本当だと感じる。
 現在は@JOB登録者の事後処理報告や、@JOBの対応をワッチしてる段階なので、あまり面白くない。やはり喧嘩の醍醐味は臨場感だよなぁ。うむむ。
 冗談はさておいても、そういったものにつけ込まれない為には心構えと、そういった手口を知る事は非常に重要である。そして不審の点あらば躊躇せずに問いただす。善人の顔をして擦り寄ってくる悪人などいくらでもいるのだ。
 世の中、旨い話は疑ってかかれという教訓。とっぴんぱらりんのぷう。


2001年06月08日(金) 旧暦 [n年日記]

吸血鬼って知ってるかい?

 昔、イギリスで派手に暴れまわってたっていうぜ…今も夜中に吸血放題、ボヤボヤしてると後ろからひと噛みだ。どっちもどっちも、どっちもどっちも!
 いや、別にヘルシングの地上波でのアニメ化の話じゃないっす。正直不安8割だけど。
 昨日の飲みで夢の話になって、飛ぶ夢の話とかしてたのだけど、私が「そういえば、増殖する系の化け物、吸血鬼とかゾンビとかに追われる夢ってけっこう見るんだよなぁ」と漏らしたら同席してた後輩(になるのか?)が「え! 吸血鬼って増殖するんですか!?」と…おいおい、と思わず突っ込み。ひょっとして分裂して増殖するとかという意味と間違えた? いや、違うよなぁ。とりあえず一言「詳しくはブラム・ストーカーを読め!」と言っておきましたが。
 吸血鬼の知名度ってそんなものなの?
 宣伝。知人の 山口さん のデビュー作「GUNNER」は無事発売日が延びてますが、どうやら先日脱稿した模様。7月にちゃんと出るでしょう。今度は多分。おそらく。
 表紙・挿絵の人は、ヒントもらったので大体絞れてるのだけど、どう考えても件の小説の内容と絵柄が結びつかない気もするんですけど…いや、代表作を挙げると、ある意味「なるほど」ではあるのですが…ううむ。


2001年06月09日() 旧暦 [n年日記]

恥の告白

  mozilla0.9.1 がrelease。日本語パッケージは こっち
 今のところ快調です。modernのテーマの外見が結構変わってる。
 え〜、何が恥かって言うと、連勝記録のストップです。ウィルスにやられました。普段「ひっかかる奴は間抜けだ」みたいに散々言ってるのに恥ずかしい。
 見つかったのは典型的Trojan horse(トロイの木馬)。今のところシステムを破壊された形跡はないので、多分そっちは大丈夫だけど、不安なのでプロバイダのアカウントのパスワードとかは全部変えた。クレジットカードの番号とかは、PC上に記録されてないはずなので、そっちは大丈夫でしょう。
 気付いたのは、金曜の夜に一度PCが落ちて立ち上げなおした時の事。何故か別に何が動いてるではないのに、起動が異常に重かった。理由がわからず、もう一度立ち上げなおしたが、それでも重い。CPUの稼働率も100%だ。色々調べて、どうも入れているNorton InternetSecurityが何故か中途半端に立ち上がってて、それが原因ということがわかってひとまずホッ。強制終了して、Internet Securityを再度立ち上げたら元に戻ったのだがどうも腑に落ちない。と、Inetrnet Securityが常時監視設定になってない事に気付いた。はたと気になってAntiVirusも探すが、何故かこれも立ち上がってない。しまった! と内心思い、両方常時監視で立ち上げ、システム全体にVirus Scanをかけたところ、案の定見つかりました。おそらく、このウィルスとIneternet Securityが干渉して、何か中途半端な状態になってCPUパワーを食いまくったのだろう。単純な型のウィルスだったので、さっと削除してしまい、Internet Securityのログを調べる。どうもほぼ丸一日ネット接続の監視がなされなかった期間があるらしい。とりあえず、アカウントのパスワードを全て変更する。
 どこから感染したのか。何時感染したのか。メール経由ではありえない。私はOutlookとかが大ッ嫌いで、フリーウェアの 電信八号 を使っている。これは勝手に添付ファイルを実行すると言うことはないので、だからメールから感染はありえない。事実、メールからのスキャンでは検出されなかった。何時感染したのか。うっかりInternetSecurityの監視を、何らかの理由で解除し、そのまま忘れてしまったのか。その時にリモートで感染させられたのか。あるいは何らかの理由でうっかりウィルスの付随したアプリを立ち上げてしまったのか。それは謎だが、ちょっとした油断でこんなことになるのだから、やはりネットはあなどれない。
 最後に 例の小学校乱入男 。犯人が精神的に障害を負ったのは不幸だったかもしれない。周囲の環境に、何か助長する原因があったかもしれない。また、精神医療制度のあり方、危機管理のあり方、そういったものを見直すのも必要かもしれない。
 だが、もっとも大事なのはそんなことではなく、学校に8人の児童の遺体が横たわり、十数人が傷を負わされ、そしてもっと多くの児童が心に傷を負ったというその事実が起こったということだ。それを想像しただけでも、私は言葉を失う。犯人を死刑にすべきとは思わないが、死刑になってもおそらく同情を示すことは拒否するだろう。また、下衆な取材・報道をするマスコミと、興味半分でそれを喜んで見る視聴者(すなわちそれは視聴率と言う数字を通し、その番組を支持してることになる)には吐き気を感じる。以上。


2001年06月10日() 旧暦 [n年日記]

打ち合わせとは戦いである

 昨日の日記に関して少しだけ補足。私は「マスコミ全般」および「視聴者全般」が「下衆な報道をする」あるいは「興味本位」とは書いていない。どこをどう間違えれば「全般」としか受け取れないのかは知らないが。
 日記のアクセスログから辿ったページをネタにするのは非常に気が引けるのだが、 笑えるもの発見。先行者ネタ。でも公開OKか、不明なのよね。
  アギト はなんか話がすげーことになってます。子供についていけるのかは不明(多分ついていけてない)だけど、すげー面白いです。久々に惚れ直した。
 アギトと言うと、名大祭の 島本和彦講演 で、アギト関連の話が。でも、ちとオフレコなネタだったので詳らかにはできないが、 アギトの映画 関連のネタ、というよりは、映画周辺関連のネタ、とだけ言っておこう。
 とりあえずワタシ的には「燃えよペン」の「パパンパンパンパン!」「打ち合わせとは、戦いだ!」が実話だったと聞いて満足。
 後輩が講演を録音してたので、後でダビングさせてもらおう。
 昨日は 山口さん が来名してて、いつものメンツで 深+ へ。いじめられましたよ何時ものごとく。ハイ。でもマスターの蔵書の処分で、買う気はないけど読もうと思ってた「テロリストのパラソル」や馳星周の著作数冊等をいただけたのはラッキー。マスター曰く「金出して読むものじゃありません」。…ちょっと不安。
 最近のネタ。 我が妻との闘争 。泣けるほど笑えた。正直どっちもどっちなんだが。しかし「経済的自立が思想の自由を勝ち得られる」は本当だとつくづく思う。
 「自分の 彼女彼氏 を部屋に連れ込んだ時に書棚にある本」という2chスレッド。女性側の意見が面白い。っつーか バイの彼氏の頼みでホモ漫画を揃えた という彼女、貴方はある意味立派だ。


2001年06月11日(月) 旧暦 [n年日記]

視野狭窄

 確かに私は少し頭に血が上ると、すぐに視野が狭くなるのである。頑固になり、人に意見を押し付け、思考の柔軟性も失われる。
 ここのところ、何故かいらついていて他人にそのつけを回してしまったところはある。他人に自分の愚かと無能のツケを回す事は罪である。 現状は半ば自覚していたが、きちんと対処しなかったのは怠慢以上の何者でもない。
 過剰な謙遜は無意味で時には害悪だが、自己の位置を正確に把握し、自分のしたこと、してないことをちゃんと認識・評価することで奢り、傲慢は排除せねばならない。自己にせよ他者にせよ、過剰な評価は良い結果をもたらさない。
 これは別にこの日記のみに関して思った話でなく、最近の自分の態度全般に関して思ったことである。
 しかし、それであっても一昨日の日記のマスコミに関する部分は訂正するつもりはない。確かに文章もヘタクソで、趣旨が漠然としすぎている。前提がわからない人間には具体的に何を指すかもわからないだろう。
 具体的には、一つの報道番組のレポーターの事である。番組は見てなかったが、ネット経由でそのレポーターと児童とのやりとりの文章を目にしてしまった。見て、一瞬血の気が引き、吐き気がして、恐くなり、泣きたくなった。自分の目を疑った。というよりはこれが現実に起こったことかと疑った。無論マスコミ全般がそうではないとわかってる。でも実際にそういうマスコミも存在したのだ。
 私を知っていて、なおかつこのやりとりを知らない人には、マスコミへの偏見で凝り固まった視野狭窄な言葉、と受け取られるかもしれない。それでも構わない。ただの自己満足だが、やりとりを書くつもりもそのやりとりへのリンクをここにはるつもりもない。私がどう思われても構わない。ただ一つ、それくらいには怒っているのだ。


2001年06月12日(火) 旧暦 [n年日記]

お前らどこの宇宙人だ! 正直に言ってみろ!

 たとえば これ とか これ とか。さてはナ○スのUFOに技術供与を受けてるな?!
 件の大阪の児童殺傷事件に関しては、 森博嗣さんの意見 (6/10)が一番妥当だと思う。感情を抑えて、ちゃんと理路整然とこう言えるのはやはり大人だなぁ。確かに一個人が怒りをぶちまけたところでどうしようもないのですけどね。
  一昨日の日記 に関して 山口さん から「あの文脈じゃ、まるで僕がいじめてるみたいだなぁ」と抗議のメールが。いえ、いじめられたってのは 深+ のマスターにっすよ、勿論。どんないじめられ方したかはヒミツ。第一山口さんにいつもいじめられてるなんて本当のこと言うわけが…もとい、山口さんはとってもいい人っすよ、ええ。もう一度 本の宣伝 (てつまよしとう名義「GUNNER」です)だってしちゃいますよ。ガタガタガタ。
(注:いじめられてるってのは本当に冗談です。本気に取られると本当にいじめられます)
 古い論文(1951年)を読み始める。この辺のだと単語も馴染みのないものがたまにある。しかも長い! 50P前後が当たり前の時代。何故かって言うと、一々全部、どんなプロトコルでやったかとかが書いてるから。読んでると、どんな実験の工夫をしたかの苦労話がわかるのである。下手にプロジェクトX見るよか泣ける。かぜのなかのすーばるー。でもニーズは狭いけどな。
 プロジェクトXの偉いところは、事実を歪めてでも人情話とからめてカタルシスを作ろうとしてるところだな。なんか誉めてるように聞こえないかもしれないけど、一応誉めてるんである。事実を歪めてるったってMMRよりは大分マシ。マガジンの「XXを作った男たち」とは…同じくらいかな? まあ世の中言わぬが花ってこともあると言うことで。


2001年06月13日(水) 旧暦 [n年日記]

芸人根性

 って誰が芸人やねん。(セルフ突っ込み)
 時々ウケ狙いに走ってしまうのは私の悪い癖の一つである。(悪い癖は12よりたくさんある)
 昨日の日記なども、書きながらつい「あ、こうしたらウケが取れるかなぁ」と考えてる内にあんなことに。関係者各位からの苦情は届いてないので、冗談だと取ってくれたのでしょう。呆れてものも言えないだけかもしれないけど。
 あ〜、書く事がもう切れた。
 ストックを探してみると…え〜っと、ジョン・ウーの鳩? ジョン・ウーの鳩ってのが何時頃から出てくるかってのは全作品見てるわけじゃないから正確には知らないけど、今のスタイルが確立したのは「ワイルド・ブリット」(Bullet in the Head)からじゃないかと思います。
 出世作(正確には返り咲きだけど)兼代表作の挽歌1ではジョン・ウー映画の三種の神器、鳩、教会、炎の内、炎しか出てきてない。廟は出てくるけど、これは教会じゃないしねえ。三種の神器が典型的なのは「狼/男たちの挽歌 最終章」でこれは見事に三種の神器が出揃ってる。
 「ワイルド・ブリット」では、ベトナム戦争の時代に誤って人を殺し、香港から脱出した主人公たちが一旗上げようとベトナムに渡るのだけど、ついた早々爆弾テロに巻き込まれ、テロの一味ではないかとその場にいた人たちとひとからげにMPたちに銃を突き付けられるという場面がある。この場所が教会前(だったか?)の公園で、鳩が遊ぶ平和な光景が一転して地獄絵図に変わるんである。ジョン・ウー映画の中でも最も残酷な描写の作品の一つでもあるが、この対比が鮮やかで、更に残酷さを増していた。ジョン・ウー映画には珍しく、子供まで殺してこの地獄を描いている。
 「挽歌最終章」ではどうだろう? 主人公の殺し屋チョウがしばしば打ち合わせなどに使う教会、ここに、最終決戦前に屋内に鳩が出てきている。前のもそうだが、教会はウーにとっては神聖な、平穏であるべき場所である。ここがクライマックスでは血みどろの抗争の場所になる。この時の鳩は「ワイルド・ブリット」と異なり、単純に平和の象徴ではない。まもなく破られるべき静けさの予兆を孕んでいる。
 ここにジョン・ウー文法の鳩は完成していると思う。ジョン・ウー作品の主人公の多くは罪びとである。ヤクザ者のマーク、偽金作りに手を染めた為に父親を死に追いやるはめになったホー、無関係の女性を巻き込んでしまった殺し屋のチョウ、過ちとは言え人を殺してしまったベン、フランク、ポール、自らが生き残った代償に息子を失ったアーチャー。殆ど彼らはその罪をあがなう為に行動を起こす。鳩はその罪びとたちが得ようとして得られない平穏、一発の銃声で雲消霧散する心の安らぎである。だから主人公が罪びとでない「ハード・ターゲット」や「MI−2」の鳩は限りなく存在が軽いのだ。ジョン・ウーの鳩は主人公が望んで得られぬ心の平穏と共に、主人公たちの背負う罪の重さも表しているのである。


2001年06月14日(木) 旧暦 [n年日記]

めるまが

 とりあえず、「今一番読む価値のある科学系メールマガジン」ということで紹介されてた NetScience Interview Mail 。役に立つかはともかく面白い事は確かです。理系人間なら読んどけ。
 現在は行動遺伝学の 安川寿康 氏。
 メルマガと言うと 内閣配信のメールマガジン 、なんでも 登録者が百万件を突破した そうで。ちゃんとアクションを起こせばリアクションは返って来るんである。この後返って来続けるかはお手並み拝見だけど。
 ああ、いかん。このままでは単に新聞のトピックを転載してるだけのような日記になってしまう!
  学園戦記ムリョウ 、奇をてらわず、コンスタントに面白く作ってます。こういうのばっかがいいってわけじゃないけど、こういうのがあるとちょっとだけほっとする。作画も手の抜きどころを抑えていて、やはりベテランの仕事だなぁと感心するばかり。しかし、主人公はどう見ても始なのに題名がムリョウってのはどういうことよ? というのは些細すぎる疑問だけど。
 毎度毎度思うが、 パワーパフガールズ は一応ヒーローもののはずなのに、悪人退治が話の骨子でないというのはどういうことよ。しかもそれが毎回面白いから性質が悪い。普通は問題が起こり、その問題を主人公が解決するというのがヒーローものの骨組みであるのに、そうでなくてもカタルシスが得られてしまうというのは考察の要ありか。
  Intelの小姑ぶり 。こういうどうでもいい部分での戦いってのは消費者にも何にも利益はない。どうでもいいことに費やされたエネルギーってのは、回りまわって消費者の負担になるんである。ってのは極端な言い方か。
  宇宙人技術的0.02μプロセス (この宇宙人技術って言い方で、その理論的下地と開発までの積み重ねをないがしろにした言い方だと怒られたけど、まさしくその通りです。ゴメン)の開発で、やるなぁとすごく感動に近いくらいの感心をしてたのに。そりゃ同じ人が起こした事件じゃないんだけど。


2001年06月15日(金) 旧暦 [n年日記]

プロバイダトラブル発生中

 現在、メインで使ってるプロバイダの認証サーバーのトラブルでそっちのメールの方とかがまったく使えない状況。
 連絡、苦情等がある人はCc: でssuzuki@renge.sakura.ne.jpにも送信求む。なんかこういうことばっかりあると、プロバイダ乗り換えようかとか思っちゃうよな。sigh。

追加
 16日0050現在、漸くメールサーバーが復帰。重要な連絡とかはなさそうで安心。

危険な正義

 サイバッチのメルマガは取ってません私ゃ影響されやすい人間なんで、ああいう偏ったもの読み過ぎると影響される一方の気がするんで。(今の自分が偏ってないというわけじゃないけど)
 セキュリティは、結局コスト対危険の期待値の兼ね合いなんすよねえ。おそらくそう遠からずADSL化されるであろうことを考えると、今セキュリティのためだけにルーターをぽんと買うだけの経済的体力はナシ。結局今の環境をだましだまし使ってくしかないのだよなぁ。
 昨日の日記書いた後ふと思ったのだけど、 パワー・パフ・ガールズ (PPG)と アギト は似てるところがある。どこらへんがと言うと、ヒーローものなのにヒーローがヒーローである前提というものがスコンと抜け落ちてる辺りだったりする。それが、「アギトは熱い正義感が見られない」とか言われる所以なんだろうけど、私に言わせると、「正義感って何?」と聞きたくはなるんである。多分小さい頃私をいじめてた子にもその子なりの「正義」はあったろうし、どんな犯罪者にもその人なりの「正義」はあるだろう。個人的にはお仕着せの「正義」を刷り込むより「正しいというのはどういうことか」ってのを考え続ける、その事を訴えた方がいいと思うのだけど、「正しいと信じる信念を貫く」ことや、「強い者が弱者を守る心」を子供に訴える方が大事と思う人もいるだろうし、その辺は人によって考え方は違うだろうからまあいいや。
 PPGは、ある種ヒーローもののパロディである。悪人や正義の味方は、何か脈絡があって悪事を働いたり悪人を懲らしめたりしてるというより、それが「役目」、言ってみれば「仕事」だからしてるという方がしっくりくる。昨日は問題は起こらないと書いたがそれは間違いで、問題は起こるのだがそれは悪人の悪事というより、主人公や悪人のプライベートな悩みやトラブルだったりする。そこんところをどう解決(『円満解決』とは限らない。場合によっては「問題自体の消滅」というような解決法を取る事もあるが、「解決」することこそが重要なのだ)するかが主視点なので、場合によっては別にモンスターや悪党が退治されずに放っておかれても問題はないのである。そこんとこがおいおいと突っ込みたくなると言うか、潔いのである。
 「アギト」もヒーローが怪人を倒す、その事が問題解決になってるのではなく、それは実際には全体のほんの一パーツで、主視点はむしろ「なんでヒーローと怪人の対立が起こってるか」「怪人が人間を襲う事にどんな意味があるか」と言う方なので、怪人退治に比重を大きく置かれないし、置き過ぎる事はむしろ間違いである。しかしその代わりに一回一回のカタルシスというのを犠牲にしてる面があるのは否めない。それは「正義が行われている」という爽快感を損なってはいる。
 しかし、本来的に「正義とは何」という問い掛けは忘れてはいけないのである。「正義感」とは甘美であると共に危険なものなのだ。きっとユダヤ人を排斥してた熱狂的ナチの支持者だって、自分が正義を行ってる事は信じて疑わなかっただろうから。


2001年06月16日() 旧暦 [n年日記]

ちょっとやりすぎ

 上にもバナーが張ってある ナディアVSアトランティス なんですが、 最近の更新見て唖然 …いや、もういいかげん唖然とするのも慣れたつもりだったんですけど、世の中「これでもう終り」というものはないんですね。改めて思い知りました。注目どころはThe first officer(副長)、The ship's doctor(船医)、The gunnery sergent/helmsman(操舵士)。
 確信犯すぎと言いますか、もはや隠そうともしていないというか。
 6/15からアメリカでも既に公開がされてるはずなんですけど、評判はどうなんでしょうかね? 海外の標準的な評価が聞けるサイトって良く知らないんですよ。面白いと言う人に野暮言うつもりはありませんけども、やっぱ「ディズニーのやっちゃったこと」というのは知って欲しいとは思っちゃうんですよね。
 ただこういうなめた真似しながら ウォルト・ディズニー生誕百周年としてドリカムが参加 というのは舐められてるのかなんなのかが評価に迷うところ。
 なんかこう、嫌な話ばっかしてると嫌な気分になってくるので、多少は夢のある話を。 日本でも宇宙観光を?
 …いや、夢は夜見るから夢だって野暮なことはいいっこなし。行ったことのない場所に人類が土足で踏みあがるというのはロマンじゃないっすか。農協月へ行く。行ってみたいと思わないっすか、宇宙? どっちを向いても宇宙。
 え〜っと、え〜っと、他には ガンパレード記念プレゼント
  MP3の次世代新規格 。色々問題はあるけど、現在この方向は著作権協会がキチキチに締めようとしてる認証による保護とは逆を行ってる事になるのかな? 著作権保護は大事だし、それはちゃんとすべきとは思うけど、ただ、そういう縛りと利便性というのはやはりどうしても反比例関係にある。音楽著作権団体は縛りをきつくする事ばかりを考えてるみたいだけど、結局それはユーザー軽視とも言える。っちゅーか別に法律に違反してない使い方にまで色々口を出されるのが嫌なだけだったりするのだけど。
 後輩から先日の 島本和彦氏講演 の録音のコピーをせしめる。勇気付けられるねえ。はふう。ちなみに島本氏のオフィシャルサイトは こちら。


2001年06月17日() 旧暦 [n年日記]

夢のない話

  昨日の今日で っつーかむしろおととい。
 いや、ま、赤字財政のこのご時世に贅沢は敵だってのも一つの考え方なんだけど、ビジョンは示して欲しい。昨日テレビで実に嫌な感じ具合がいい感じの「明日がある」(ウルフルズバージョン)の使い方をしてたのが良かった。(国の借金明日に残して「あしーたがある」) 結局先にビジョンですらも残せないのが最悪なんだよなぁ。
 あ! ううむ、あやうく「 ジャッカルの日 」を見逃すところだった。フォーサイス、見てきたような嘘を書き。ブルース・ウィリス主演の「ジャッカル」とは完全別物なので注意すること。
 ここのところどこかイライラしていて、なんか自分がどんどん嫌な人間になっていくような気がして嫌だったのだが、原因がわかった。いや、原因がわかったというよりは回避法がわかったと言うべきか。結局はやるしかないということなのだ。行動あるのみ。


2001年06月18日(月) 旧暦 [n年日記]

どなたか存じませんが…

 基本的にアクセスログというのも、サイトアタック目的などは問題外としても、結構そこから導き出せる情報というのは多いものなのである。だから出来るだけ個人が特定できるような情報などは出さない。しかしそうは言ってもやはり出してしまいたくなる時もあるのだ。「ご奉仕+小説」などというキーワードで検索をかけてきたような輩は……いったい何を期待して来てたんだ?
 今日は研究室に行く前に 名古屋市美術館 のルノワール展を見に行く。前売りを買って「まだ一月半期間があるから」と思ってたらあっと云う間に今週いっぱいに…ありがちすぎ。ってわけで見に行ったのですが…月曜休みでした。公的美術館なんだからそうに決まってんじゃん。ギャフン!
 今週は アギト が全米オープンゴルフの煽りを受けてお休みだったのでわりとしょぼくれ。代わりに17日限定のサイン入りポスターの応募をしてみる。いや、子供のファンに送られるならそっちの方がいいんですが。
 関東とは一週間遅れの「 デジモンテイマーズ 」。良く見たら「シリーズ監修: 小中千昭 」だったんすね。子供向けにしてはミステリアスな展開は不思議に思ってたのですけど、なるほどそういうことですか。納得。戦闘シーンはちと不満な面はありますけど、シリーズ全体で何かを言おうとしてる、その脚本は相変わらず面白いです。テイマーたちと各デジモンの関係もそれを踏まえてちゃんと緩急がある。いいなぁ.子供向けとはいえあなどれません。
 あ、関係ないですけど、今のボスは時々面白い人です。実験用のソフトから実験データをプリンタに打ち出したのですけど、それに付随してる日付が「03/08/01」とかあったのですよね。
 で、ボスが聞きに来て
「これ…平成三年八月一日ってなってるけど、どういうこと?」
「…2001年三月八日ってことなんですけど」
 そもそも平成三年には研究室配属すらされてませんでしたわ、ワタシ。


2001年06月19日(火) 旧暦 [n年日記]

ルノワール展

 昨日行ってお休みでギャフンだった 名古屋市美術館 のルノワール展を見てくる。ルノワールつっても二三の作品と名前しか覚えてないという、元来絵心のないワタクシなんですが、なんでそんなおハイソなものに行ったかと言うと前売券が千円とお手ごろだったからなんですよね。それと、まともに美術館の展覧会なんて見に行ったことがないので、どういうものか見たかったってのもあるんですが。
 あまり好きではない(嫌いってことでもないんだけど)作家ということでそうかと思ってたけど、年代を追って一人の画家の変遷を展示するという展示意図のせいか、存外と楽しめました。
 正直元々かなり絵心がなくって、「絵ぇ? そんなもの見方も楽しみ方も知らんし。おまけに食えないし」とずっと思ってたのだけど、画集でちっちゃい奴を見るのと実際に大きいのを見るのでは全然違うし、筆のタッチを目で追うというだけでももう全然違うということにびっくり。
 一つ見てて初めて気付いたのは、描いてる画家ってのはおそらく「見る人間の視点の移動」というのを意図してコントロールしていること。一枚絵としての配置のバランスも勿論大事なのだけど、それと同じくらい視点をどう移動させるかで情景とストーリーを作っている。具体的には、目を引く物や人を置く事で注目させたり、ものの配置をわざと誘導的にしたり、遮蔽物で遮って意図しない方向に視線が行きにくいようにしたり。簡単に書いてしまってるけど、これが実はかなり高度なテクニックと見ながら思った。ごく初期のルノワールの作品だと、明らかにそれに失敗してしまってるものもあるし。
 もう一つは、初期の印象派の頃の画風というのは、はっと目を引くし、技法、芸術的にもすごいのだけど、ただじっと見てると大変疲れてくるんである。何故かというと、印象派というのは、簡単に言ってしまうと小さなパーツの合成で全体を形成している。なんだ、そんなのどんなものでも当たり前じゃないかと思うかもしれないけど、印象派が大きく違うのは一つのパーツ、そのものがそれ単体で何か見て意味をなすものではない、というところである。全体をぱっと見るとそこには確かに模様か文字か、何かが確かにあると見えるのだけど、その一点に注目してしてしまうと見えるのは絵の具の塗り重ねしかない。全体を見て、注意を引いた部分に視点と照準を合わせるというのは人間は無意識でやることだ。ところがそれをやってるとピースを見ても何か意味をなすものが見えないので混乱する。それが独特の不思議な感覚でもあるのだけど、それをずっと繰り返してると精神的に疲れるのだ。
 おそらくルノワールの頭の中には少なくとも数百、多分数千以上の種類のそういったパーツがあって、それを試行錯誤で組み合わせて意味のあるように見えるものを作り出してしまうのだが、普通の人間にはそれを受容しきれるだけの下地がない。だから感銘は受けるが、同時に混乱もする。印象派が主流となりにくかったのもおそらくそのせいだろう。
 ルノワールのみの話だけど、後期になると、画風が「わかりやすいもの」、悪く言えば「売れ線」になってくる。具体的には、人物の表情などは輪郭線をはっきりさせる事で読み取りやすくした。また、複雑なパーツを極力単純化し、わかりやすくしていく…明らかに「印象派」とは異なっている。後期は安定していると説明ボードには書いてあったけどとんでもない。ルノワールは光の集まりであるパーツと物の形である輪郭線とのちょうどバランスの取れるところを模索して試行錯誤している。同じ対象の絵でも、少しそのバランスを変えたものもある。そうやって模索した安定したバランスというのは、前期に比べインパクトは弱まってるものの、はるかに見やすく、わかりやすくなっている。
 どっちがいい、悪いというのは個人の趣味と思うし、他にも気付いた事はあるけど、ああ、一流のプロというのはこういうものか、という姿勢が一連の歴史を追って体感出来たのはとても面白かった。
 なにより、難しい事をぐだぐだ言っても、結局は絵画は「見て楽しめるか、楽しめないか」その一言に尽きるってことだね。別に好きではない画家なのに、絵を見るのが楽しい事だと知ったのはとても収穫でした。
 それとは関係ないけど、なんか話題が沸騰している Yahoo!の8MbpsADSLサービス 。うわー、どうしよう。加入しようかしらん? っつーかそもそも実現できるのか? って言っても加入者受け付けはもう明日だし、嘘ではないのだよなぁ。


2001年06月20日(水) 旧暦 [n年日記]

蒸し蒸しゴロゴロ

 どうにも急に蒸し熱くなって、寝苦しく悶々とゴロゴロ転がる毎日。
 元々汗かきで夏場には大量の汗をかくのが常なのだけど、昨日は特に蒸した上に風が死んでたので、ちょいと頼まれ仕事で肉体労働に従事したらとんでもない事に…人には病気かなんかみたいに言われるし。
 ってなこっちの日常些末なことを読んで面白がる人っておるんか? 私は内省的でかつ粘着質な人間なので、どう思ったとかそんなことをメモ代わりにうじうじうじうじうじうじ(中略)書くわけだけども、それって読む人のこと考えてないよなぁ。昨日の美術館の話だって読んで誰が面白がるのかさっぱりわからんし。と言いつつ改める気はこれっぽっちもないんだけど。「なんだかわからんが、とにかくよし!」って奴ですよ。
 Yahoo!ADSL改め Yahoo!BB (ヤフーブロードバンド)に予約を申し込んでみる。予約申し込みったって実際には使用局に開通したら通知をしてくれるというだけのことなんだけど。だから逆に気楽に申し込んでみた…ら、深夜零時30分に申し込んだのに、確認メールが届いたのが朝方。やっぱみんな注目してるんだねえ。善哉善哉。
 ブロードバンドと言ったら 紅鉄絢((白+十)鉄絢) のブロードバンチって続きやらないのかねえ。電撃大王も「(ぴー)」とか「(ぴー)」とかを載せるくらいだったらこっちを載せてくれたらいいのに。
  GLPがパックマン だったらMSはモンスターか? とか思ってしまう。パワーエサ、パクパク。なんつーか、ちょっと見苦しいかも、Mr.ゲイツ。確かにGPLに問題点は多々あるが、MSの問題点の方が影響は遥かに大きいと思うぞ、今のところ…
 ちょっと遅れたけど アギト劇場版 。本当にプロジェクトG4だ。なんかアオリが子供向けっぽくないですな。
  パワーパフガールズ は、PPGのスーパーパワーにあこがれた子供たちが、悪人に騙されて、スーパーパワーを手にするのと引き換えに、PPGをやっつけることを承知してしまうという話なのだけど…これって話を読み替えると、ドラッグ欲しさに犯罪を犯す子供と重ならないか? さすがにPPG、さりげなくヤバイ。
  ムリョウ は異常なまでの安定ぶり。ぱっと見全然すごいというところはなさそうなんだけど、ミソの付け所がほとんどない(ちゃんと面白いというところも含めて)というのは実は何気にスゴスギ。
 G・サラバ。


2001年06月21日(木) 旧暦 [n年日記]

兄弟拳バイクロッサー?

 昨日 電撃大王紅鉄絢 氏の漫画が載らないかなぁとか書いたら載るみたいでした。リサーチ不足。がく。
  兄弟拳バイクロッサー ってことは、相方の乗ったバイクを担いだりするのか? それとも主題歌がうっかり八兵衛?
  謝罪の必要は認めません ということで、不遜かもしれないけどチョットだけ溜飲が下がったのは確か。何故そんな周知の事実を、しかも当事国に援助やらなにやらしてる国が顔色伺って謝罪せなあかんのだろうとちょっとだけ思ったり。いや、ホントにちょっとだけよ。でもまあ発言の前後関係がイマイチ意味不明なんで、出来れば穏便にね〜。
 結果が全てなのがプロ。とは言え この変わり身のすさまじさ は如何なものかと。いや、文句いう筋合いじゃないんですけどね。単にナベツネが大嫌ってだけなんですが。
 まだちゃんと読んでないけど、 クラッカーってどんな連中?  ウチにも時々アタックしてきてます。大体personal firewallで防いではいるみたいだけど。ADSLにしたらADSLルータにしよう…
 やっぱりちゃんと読んでないけど、 PS2 Linuxキットハードウェアレポート 。って本当に「ハードウェア」だけのレポート…


2001年06月22日(金) 旧暦 [n年日記]

「必要なのはファイティング・マシン、つまり闘う機械ってことだ」

 ギャビン・ライアルの「もっとも危険なゲーム」におけるもっとも危険なゲームとは、マン・ハントすなわち人間狩りだった(まんまやんという意見は却下)。では アメリカにおける危険なゲームというと…ドッジボール?
 アメリカと言わず、日本でも少年による凶悪犯罪が目立つ昨今、神経過敏になるのはわかるけど、ちとここまでやりすぎるのはねえ…
  ディズニー映画制作子会社会長の退任 というニュースはあるんですが、どうもイマイチ。別に誰かを辞めさせたいわけでなく、ディズニーのパクリを広く認知して欲しいだけだから、「ふーん」としか思えません。
  中国のサイトが閉鎖相次ぐ 。公金横領でマジで首が飛ぶ国ですしね(いや、それは関係ない)。前に中国のジャーナリストが、「当局の報道規制は勿論ありますが、でもそれは日本にだってあるでしょう?」とテレビで語ってるのを見たけど、ここまであからさまにはさすがにしません。(^^;
 なんか ゲイツちゃん世界一の富豪維持 というのも あざとい戦略の数々 で消費者から金を巻き上げた結果だと思うと、石の一つも投げつけてやりたい気分に…現ブッシュ政権は「マ社分割案は独占に効果があると思えない」とか言って和解で清まそうとするし。効果がないなら効果がある解決法を模索すりゃいいのに、これだから権力者って奴は…マイクロソフトがアメリカ政府もたらす利益の方が、競争を奨励するより大きいと考えてるのだろうけど、それにより利用者が被る損害というのは度外視というのが俺様ヤクザ国家アメリカらしいと言えばらしい。
 なんでこんな時事ニュースサイトみたいなことばかり書いてるかというと、私的なイベントがなんにも起こってないからです。しくしく。


2001年06月23日() 旧暦 [n年日記]

資料の検索性

 昨日の日記について、「『もっとも危険なゲーム』の『game』とは『狩の獲物』の意味だ。でないと話がつながらないでしょ。まだわからんのかこの馬鹿弟子が!」とのお叱りが某所から飛んできまして(いや、最後の一言は言われてない)、「あ、そういえばあとがきかどっかにちゃんと書いてあったな」と言われて思い出す鳥頭。
 「もっとも危険なゲーム」の原題はそのまんま“The most dangerous game”で、一般的に言うゲームは「(1) 遊び,娯楽,遊戯;楽しい出来事」なのだけど、タイトルで意図されてるのは「10 《集合的》 狩猟の対象になる動物 ,猟獣,猟鳥,釣魚;猟の獲物(の肉);(追求・攻撃などの)目標,的《 for... 》」の方でした。すいません。
 ってわけで「もっとも危険なゲーム」を引っ張り出して確認しようとしたら…みつからねえ。そう言えば先日ライフルの資料を引っ張り出そうとしてやっぱりこれもどこかにまぎれていた事を思い出す。検索性のない資料は存在しないも同然という言葉が身にしみる。たまにはちゃんと整理しよう。
 しかたないので書店の店頭で確認。後書きでなく、本文の方に「獲物」に「ゲーム」とルビが振ってある個所がありました。 シテオク 。そりゃ「もっとも危険な遊戯」と「もっとも危険な獲物」では意味が違うよなぁ。
 そう言えば読んだときにこの個所を見て「ああ、タイトルはそういう意味だったのか」と感心したことを思い出したのだが、何故かそれまでコロっと忘れていた。昔読んだときに日記に感想を書いといたのだが、引っ張り出して読み返しても酷く未熟な感想でものの役に立たない。ジョジョの単行本の作者近況を見て以来、たまに「ジャッカルの日」を「ジャッカルの目」と間違えてしまう程度の頭ですから。(それまでは間違えたことなんかなかったのに、もののはずみとは恐ろしい)
 読んでないならまだしも、ちゃんと読んで「ゲーム」の意味を勘違いしてたのだから言い訳が効かないよなぁ。頭の方の資料の検索性も必要か。「もっとも危険なゲーム」はそのうちちゃんと掘り出そう。
 そんなこんなで気が付くと、何時の間にか メモリの価格が急落中 だったり。512MBメモリの価格はどうなってるんだ?
  アトランティス全米初登場二位 らしいです。いや、それよりこのページの解説文、「夏の ディズニー・アニメにしては、強力な主題歌もなく、地味なたたずまい。吹き替えのキャストも、マイケル・J・フォックスの他はほぼ無名。 今回は内容で勝負だ 。」って、内容で勝負というのは 盗作の場合も内容で勝負 って言えるのでしょうか? せめて許諾ぐらいとれや。このサイトに苦情を送ってやろうかしらん?(送ってどうする?)
 ちなみに一位は「 トゥームレイダー 」。なんとなく最初の勢いだけで終わりそうな気もしますが。「 シュレック 」はちょっと面白そう。
 サンデー増刊で、 楠桂 の新連載が。伝奇もの漫画家としての面が前面に押し出てた「鬼切丸」から一転今度はコメディ。大島永遠の「女子高生」と云い、男性メインターゲットでも女性の生態をあからさまに書くのは最近の流行りか? でも絵柄が可愛いと「けど憎めない」という方向になるのが強み? ケン月影やバロン吉本の絵柄で同じことやっても同じようには絶対なりません。しかし登場人物の名前が「知立」「西春」「扶桑」と愛知県の地名ばっかなのは、さすが愛知在住の漫画家というところか。


2001年06月24日() 旧暦 [n年日記]

大陸浪人

 本日謎のイヤガラセグッズ購入。ある意味旬のものだけに時期をはずすと面白くも何ともないなぁ。さて、誰に送ってあげようか…
 本日の アギト はある意味今後のアギトとギルスの関係を決定付ける重要な話か。お互い変身前でも知り合いながら、お互いの正体を知らないままだからなおこんがらがりそう。しかしギルスが出てくると途端戦闘がドハデになる。 ジョン・ウー ? フィーラーはムチやヌンチャクってより「錘」的な使い方なのか。
  デジモンテイマーズ は子供向けのセンを抑えながらもきっちり面白く仕上げてる。小中構成、なかなかやるなぁ。
 ちょっと移動時間中に胡桃沢耕史「闘神」を読む。胡桃沢氏というと「とんでる警視」とかの軽いものの印象が強いのだけど(ってえかワシの印象がってことだな)、これは実在した「大陸浪人」伊達順之助の伝記。何でも胡桃沢氏は名刺に「注文随意 締切厳守」(どんな仕事でも受けます、締切は必ず守ります)と印刷していたそうで、これには舌を巻かざるを得ない。注文随意というのもすごいのだが、その上で締切は必ず守るというのだから。随意の仕事の中には、出版社が喜ぶ数が出るものも数多ではあったが、その一方でこういう骨太なものも書いてたから二重に吃驚。
 「大陸浪人」というのは、昭和の初期頃、アジア民族の自主独立や大陸での活躍を夢見て大陸に渡っていった若者たちのことを言う。それには華族や士族の非嫡子のような、食うには困らないが、出世の見込みや家を継ぐことがなく、身を持て余してた人物が多い。つまり、悪く言えば彼らの持て余した暇で増幅した勝手な夢で大陸に乗り込まれるのだから乗り込まれる方としては必ずしもありがたいわけではない。伊達順之助も、血筋的には嫡流ながら家系的に仙台伊達の傍流の宇和島伊達家の末子で、このでんに漏れない。が、少し変わってるのは別に必ずしも曖昧な理想のみで大陸に乗り出したわけでなく、行動が日本国内では収まらない規格外、まあ暴れ者過ぎてはみ出して大陸に行かざるを得なかったという事情がある。最初は有象無象の大陸浪人と同じく、大陸への漠然とした青臭い理想のみだった順之助が、朝鮮総督府、そして張作霖の軍事顧問と転々とするにつれ、彼なりにアジアの自主独立を真剣に考えていき、日本国籍を捨て中国人となるまでに到る。その姿勢は生涯変わらず、日本とアジアの掛け橋になる夢が破れた後も日本とアジアの将来を憂い、そして戦後戦犯として処刑されるまでを描く。
 順之助の一般的イメージと言うと馬上で活躍する馬賊というのが広く流布してるのだが、実際には順之助が馬賊であったことはない。あくまで時代錯誤の略奪集団だった中国の軍隊に徹底した軍規を持つ近代的方法論を持ち込んだ人物でもある。また満映の甘粕、石原莞爾など、当時の情勢を語る上で欠かせない人物らとの交流もあり、ただの腕力で押し通した乱暴者とは違うことがわかる。破格の人物の生涯を追うだけでも十分楽しめる。


2001年06月25日(月) 旧暦 [n年日記]

ウィルス以下

  恥も外聞もないですな。
 ファッショ的にも程がある。

拳銃稼業

 なんか最近友人たちと、アメリカの拳銃所持について議論が紛糾。身を守るために仕方ない、というYS氏、銃は危険すぎる、とMU氏。 私は規制すべきと思うけど、しかし拳銃所持が支持される社会的背景への理解と、可能な限りの対応策は必要だろうという一応ぶりっこ良識派。 ま、凶悪犯罪が増えてきたといっても所詮は安全な日本国内にいるからこそのお坊ちゃん的意見かもしれないんだけど、 でも本質は傷つけたり殺したりする為の道具なのだから、ないですむならそれにこした事はないのだ。と思う。
 てっぽのこととか調べたりするのはそりゃ相応に好きだけど、でもそれと実際に流通していいと思うかってのとは話が違うしね。
 ところでデジモンテイマーズのOPをじっと見て初めて気付いたんですが、レナモンってひょっとして♀?


2001年06月26日(火) 旧暦 [n年日記]

雑誌編集で見る

 今更まだガンダムでこれだけ商売が出来るというのは間違っている気もするが、「 ガンダムエース 」に安彦良和氏の「ガンダム」が。しかしそれよりやまむらはじめ氏の「私的黒歴史」が載ってるのにびっくり。そういえばずぅっと以前、そっち関係の仕事がどうとかと小耳に挟んだような気も。他の漫画は特に見るべきものは…沖一氏の「エース列伝」でものっけてくれればいいのに。
 増刊ヤングマガジンに新連載の「クラーマン」っつー漫画に、企画協力として「犬丸りん」が何故かクレジット。「犬丸りん」って、おじゃる丸の「犬丸りん」だよなぁ…
  イダタツヒコ 氏の「ゴルディアス」は、マーリオンが夢見る毒電波少女ぶりを発揮。多分怨念のこもった手編みセーターを贈ってきたりするタイプです。こええ。
 「 コミックガム 」は、ここ数ヶ月で幾つかの連載がバタバタと終る雰囲気。今にも潰れるという話も聞かないので、てこ入れの為の誌面刷新の準備か?
 と、バタバタと最近発売の漫画誌の気になったところを上げたりしてるわけだけど、以下それとは何の関係もない話。
 雑誌において雑誌編集の色というのは如実に表れる。それは情報誌の類のみならず、漫画誌においてもそうだ。(多分文芸誌もそうなのだけど、詳しい事は知らない。)
 漫画誌の場合、どのような作風の作家を起用するかのみだけでなく、作品によりけりだが、担当編集との共同作業的な部分もある。だから編集さんの手腕で作品の善し悪しががらっと変わるということは結構ある。特に、作風が固まりきるまでの期間、どのような編集さんと仕事をしたかはその作家のその後の作風を決定する事もままあるので、非常に重要なわけである。
 例えば、「ウルトラジャンプ」などは比較的そういう「育てる」のが上手い部類だと想う。具体名を挙げると齟齬をきたしかねないのだが、正直箸にも棒にも引っかからなかった某連載が、どうにか箸くらいにはひっかかるようになってきている。但し、これは「=雑誌編集の上手さ」とは限らない。長編連載において途中で過去の因縁話が挿話されるというのはよくあるのだが、さすがに同時期に何本もこのエピソードに入るのはちと問題がある気がする。その他にも、作品のカラー分けが明確に出来てないなど、雑誌全体のバランス取りは悪い所はある。例えば揚げ物ばかりの弁当を買ってる気分にはなる。もうちと口直しが欲しい気も。逆にそういう惣菜的な位置づけを目指してるのかもしれない。
 逆に、例えば「サンデーGX」などは、雑誌全体でのメリハリのバランス取りというのはポイントを押さえている。パラパラとなんとなくページをめくっていて、ページをめくり続ける気にはさせられる。弁当の彩りがあるのでつい手にとって箸を運んでしまうというところだろうか。しかし、明確な読者の想定が出来ていないのか、ピントがいまいちぼけたような部分がある。狙いが最大公約数的というか、なんかそんな感じがするのだ。一般的なオカズは揃ってるが、逆に誰を想定してるのかわかりにくい。所詮はマニア向けなので、それが腰の弱さにつながる。もっと明確にそれぞれの作品が「ここに突っ込む」という事がはっきりすれば、多分良い雑誌になるのだけどね。
 読者の想定でうならされるのは実は「電撃大王」。好きな連載が少なくなって来たし、そろそろ購読を止めようかという絶妙のタイミングで見たい連載が始まる(先日の紅鉄絢氏の件とかね)。一度なら偶然だが、何度かこれが繰り返されてるので一体どんな層が読んでいるか、そしてそれを掴む為に何を補わねばならないかの判断がきちっとなされているのだろう。もっともマニア層だから市場は広くないのだけど。それとトレカは要らん。(多分それもそういう「層」があるからということで補充されてるんだけどね)
 こういう試行錯誤を眺めてるだけでも、どんな作品が次に来るかのある程度の想定ができるし、編集さんも大変だというのがわかる。


2001年06月27日(水) 旧暦 [n年日記]

オチョーシものの血脈

 なんか前にも書いた気がするが、ウチの家系はオチョーシものの血が流れてる。(気がする)
 研究者って言ったら無口で誠実でなんて一般的イメージがあるかもしれないが、そんなのは錯覚である。この世界を見て御覧なさい。誠実でない研究者なんてそれほど山のように…ごほごほ。それはともかく、時々オチョーシものの血が暴走して後悔するが、最近もまた自己嫌悪。きゅう。
 でも数日したら忘れるんだけどな。(学習能力がないことを開き直った人間は性質が悪い)
 昨日古巣からHELPの要請があって久々に前の研究室へ。使用してる測定装置の調子がおかしくなったらしい。動作チェック。あれれ? 動くじゃん。何度か立ち上げなおしてみてチェックするが、ちゃんと動作する。なんだか釈然としないが動いたので良しとする。ま、こういう時もあるよね。
 最近実験が上手く行かないので、現ボスからお小言。つってもはっきり言って不可抗力なんですけど〜。それとカッツの話と研究のサイクルが云々とはちと相反する部分があると思いますが。別にヲイラも実験サボってるわけじゃないんすよ〜。そりゃ経験則的な部分も大事なのは認めますが、なんか物理出身者的じゃないのよね、そういうのに依存が大きいのは。強制されてるわけではないのだからいいのだけど。
 っつーか、どうでもいいようなことでも議論したい〜。う〜。
 なんかそろそろ Mozilla の0.9.2が出るはず。ちと気にとめておこう。
 忘れた頃にやってきたのは メーカーズマークのサイト でやってた クイズ の商品のTシャツ。申し込めば当たる状態だと聞いていたが、本当だった。今日び衣服代も馬鹿にはならないのである。
 今ニュースを見たら トーベ・ヤンソン女史が死去 だそうで。ムーミンの生みの親が…ご冥福をお祈りします。
  16歳だと思ったら44歳だった ってアンタは火星人刑事か!


2001年06月28日(木) 旧暦 [n年日記]

「(ぉ」撲滅推進週間

 ネットでのテキストには独特の文化があって、スマイリーマーク(「(^_^)」とか「:-)」とかの顔文字)や「(ぉぃ」とか「(笑」とかの表現があるわけっす。
 これもコミュニケーションツールという意味では一種の言語と言えば言語で、雰囲気や意志を伝達する以外に、スラングとかジャーゴンのように「同じ文化圏に属してる」という認識子でもある。ファッションとかと同じ。町中で外見見れば誰が同じ価値感を共有する文化圏に属してるのがわかるように、文章を目にすればどんな文化圏に属するかが判別できる。しかし、こういったものは認識子、言語としての意味以外にも目にして単純に「うざい」「うっとうしい」「センス厨房」(2ch用語。厨房=中(学生)坊(主)、転じて精神的お子様)といった感想を引き起こすこともある。特に異なる文化圏に属する人間が目にして、何度も何度も工夫も何もなく使われてるのを見ればバカにされてるのかと思ってしまう。そりゃ私も使わないわけではないが、一応相手によって使ったり使わなかったり、使うにしても頻度を変えたりとかそれなりに注意はしてる…つもり。
 特に「(ぉ」とか「(おい」とかは、要は自己突っ込みなのだけど、何度も何度も同一文章内で繰り返されてるのを見ると、まるでTV番組でつまらん芸人の芸に笑い屋の自動的な笑い声の効果音がかかってくるのを耳にするのと同じで「こっちは面白くもなんともないんじゃ!」とちゃぶ台の一つもひっくり返したくなってくる。
 「使うな」ではない。「少しは使いどころを考えろ」ということだ。こういうのも結局センスなのよ。
  PS2 Linux Kitハードウェアレポート に続いて 実際に動かしてみたというレポート 。基本的に普通のLinuxらしい。そりゃそうか。でもLinuxのCD-ROMが読めないのは痛い。
 関東では既に 光ファイバー通信が秒読み段階。おまけにADSLも値下げ だそうな。うらやましい。通信速度も最大帯域ではなく、実用帯域に言及してるのはさすがにNTTも分かってきたということか。
 ちと「レナモンはメスか?」という疑問に自分で答えるべく、検索で調べたらデジモンは生殖としての意味での性別は存在しない(データにしか過ぎないから)が、性格設定上は女ということになってるらしい。ストイックでクールな女戦士。吉原昌宏氏の描くキャラみたいやね。おまけに同性愛者だったりして。
  パワーパフガールズ は身体が入れ替わってました。(見てない人にはわからんぞそれ) なんつーか、間の取り方が非常にいい。アクションもチャーリーズエンジェル的で笑える。次回からは時間帯が移るのだけど、後番は個人的にはどーでもいい(どうでもよすぎる)ので見ないでしょう。
  ムリョウ は相変わらずペース配分が良すぎ。NHKというスポンサーがバックについてるからというのもあるけど、作画の安定だけでなくって展開のテンポ、キャラの見せ方も上手くはまってる。イチオシとかいう番組ではないけど、まず見て損はないという出来。


2001年06月29日(金) 旧暦 [n年日記]

おもいででぽろぽろ

 今テレビで「おもいでぽろぽろ」をやってるのだけど、なんと言うか、面白い、面白くない以前として、奇妙に違和感を感じつづける。キャラクターの動きとか絵の書き込み方が、実写を意識してるのがわかるのだが、だとすると何故アニメでこれをやるのか、という部分で合点がいかない。紅花畑のなかからおじさんやおばさんが笑顔で迎えて来るシーン、絵に描いたようなやさしい笑顔なのだが(そりゃ絵に描いてるのだけど)、なんというか、なんか違うと見てて感じる。夜が明けて畑に朝日が落ちるシーン、それも綺麗なのだが、なんかが違う。そりゃ本物ではないのだからあたりまえだ。しかし、何故アニメでなきゃいけないのか。これがどうしてもひっかかって仕方がない。実写でも十分出来るだろうし、むしろその方が良いのではないかと思う。とても綺麗ですごいのだけど、それでも実写映画の絵コンテを見せられてるような変な感じが付きまとう。まだ私のものを見る力が全然未熟ってことなのかなぁ…
 2chで伊藤明弘氏関連のスレッドをはじめて見る。多分あるだろうと思いつつ今まで探さなかったのは、書いてあることに自分がどんな反応をするか想像がつかなかったから。けど、なんかなんとなく探してしまった。まあ魔が差したというところか。一通り読んで、殆どが非常に妥当な意見であることに驚くと共に、非常に落ち込む。伊藤明弘氏の最近の問題点が実に適切に指摘されてるからだ。おそらく私もコアなファンの部類に属するとは思うのだけど、先鋭化したファン向けにどんどん作品傾向も先鋭化してくのは良いとは思ってない。自分のとこの掲示板でもそういう話ばかりしてる人間の言うことではないかもしれないけど、無条件の肯定が良いことだとは思わない。ただ、問題点を適切に、納得の行くように、尚且つ角が立たないように指摘することはとてつもなく難しい。意識的に排除したつもりはないが、結局そういう意見の出にくい環境というものを作り上げてしまっていたかもしれない。それを半ば意識してはいたものの、あえて特に変えようとしなかったのは、卑怯な言い方ではあるが、「ものを作るのは結局作家の作業で、ファンは所詮どこまで行っても傍観者である」という、どこか突き放した考え方をしていたからだ。それは今でも間違いだとは思ってない。けれどもこう歴然と「コアなファンだけが楽しむ作りにどんどん走っていってしまっている」という傾向が指摘されていると、コアなファンの影響がどれほど出てしまったのだろうかと心配になる。どれが間違ってたのか、どうすれば正しかったのか、どうすれば良いのか。多分万事についてそうなのだが、誰が悪いというわけでなく、なんか妙に悲しい。


2001年06月30日() 旧暦 [n年日記]

沈降継続中

 まだ落ち込んでます。ま、ここで落ち込んでてもわめいてても意味ないんだけどね。
 某誌に載ってた「 仮面ライダーアギト 」に近日登場予定のG3-Xのデザインを見る。G3-X本体よりも新装備「 GX-05 ケルベロス 」がイカス。折り畳み可能な大型携帯ガトリングガン。砲身も折りたたまれてるわけだけど、ボタン一つで変形というのは難しいのではないかなぁ、などと考えてしまうが、多分画面上ではその方が絶対にカッコイイんだろう。かちゃかちゃと一生懸命組み立てるG3-Xってのも見てみたい気もするが。
 って落ち込んでるって言っててまだこんなこと言ってるよ、ワシ。自己嫌悪。「他の誰が何と言おうと自分はこれがカッコイイと思うんだからいいの!」と開き直れってことだろうか…