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2012年08月15日(水) 旧暦 [n年日記]

[アニメ] ファイ・ブレインと聖闘士星矢Ω

  ファイ・ブレイン は、ピノクルの願いのためにオルペウスオーダーの本拠地にフリーセルを救助に行くのだけど、そこに復讐に燃えるヘルベルトが……
 いかにも噛ませ犬なヘルベルトで、実際セッコイ罠を仕掛けてくるのだけど、そのセコさも案外と憎めないというか……心のどこかではカイトたちと同じパズルバカなんだろうなぁ。
 でも意外な展開だったのがその先。利用されてるだけのオルペウスオーダー五人組と思いきや、メランコリィは他の四人と違い、真相に近いところにいるらしい。特にフリーセルをスカウトしてきたも彼女らしく……ミゼルかを「お姉さま」と呼びながら時々高圧的に出るのは今までも気になってたのだけど。
 そしてフリーセルも、カイトを救うためにクロンダイクの思惑のその先へと進化してしまう。
 ダミーリングを「本物」として覚醒させてしまったフリーセルは、これまでの精神の不安定さは感じさせず超然とした態度に。リングを脱却したカイトはそのフリーセルに対抗しないといけないのだけど……オルペウスオーダー側の謎がまだ徐々にしか明らかになってないから、その辺なんだろうなぁ。
 それと何気にパズル能力はゼロながら、一期ではほとんど活用されなかったノノハの特殊能力も結構使われてきてるような。

  聖闘士星矢Ω 。マルスの野望を砕くため各地を旅して「遺跡」を破壊する光牙たちだけども……定常メンバーだった蒼摩が一時離脱したり、栄斗が謎の感情の動きを見せたり。つか、ユナが最近百面相すぎませんか?w
 次回は仲間になりそうながらも今のところ敵側勢力のオリオン座のエデンなのだけど、何考えてるかよくわからないキャラかと思ったら、案外と単純バカ??? それと、ソニアが年齢不詳すぎるんですが……いや、それ言ったらシャイナさんもだけど。


2011年08月15日(月) 旧暦 [n年日記]

[特撮] ゴーカイ#25とオーズ#46

  海賊戦隊ゴーカイジャー #25「海賊とニンジャ」。34のスーパー戦隊の宝のうち、ついに22の宝を集めたゴーカイジャーたち。しかしマーベラス、ジョー、ルカの三人はガイの暑苦しいスーパー戦隊勉強会に辟易し、ガレオンをこっそり抜け出してしまう。が、そこにザンギャックの新しい刺客が人々を襲ってるところに出くわす。その刺客とは、かつての宇宙忍軍七本槍のサンダールとサタラクラのJr.。彼らは人々を驚かし「びっクリ」にし、そのびっクリからミサイルを作ろうとしていた。一旦取り逃がしてしまうゴーカイジャーたちだが、ゴーオンシルバーに変身したガイによりその潜伏場所を見つけ、サンダールJr.とサタラクラJr.からびっクリにされた人々を助けようとするのだが、宇宙忍者の気配を感じ、サンダールJr.とサタラクラJr.の野望を防ごうとしていたのは彼らだけではなかった。

 ハリケンジャー編。今回は豪華でハリケンジャー三人に加え、七本槍の二人も登場。フラビージョは出ないのか……
 さらに今回は久々の玩具連動ギミックがあり、その鍵として風雷丸が登場。でも、昔と明らかにデザイン変わってるよね……? 元々の風雷丸は旋風神と轟雷神との合体ロボ、「轟雷旋風神」に必要なミニロボとして、カブトと手首パーツに変形してたもの。カラーリングも変わってますな。マジドラゴンとかパトストライカーとかは結構オリジナルデザインに忠実にやってたのに、さすがにいろいろ厳しかったか?
 そして、サンダールJr.は倒したもののサタラクラJr.によってマーベラスたち三人は「ボキ空間」に巻き込まれてしまう。って、ボク空間って確かインチキクイズ空間だったよな。これまた懐かしい物を。そしてそこから抜け出すにはハリケンジャーの大いなる力が必要なのだけど、ハリケンジャーの三人はマーベラスたちが信用できないと協力を拒否、逆に自分たちのレンジャーキーを返せと迫られる。
 新旧戦隊の対立っぽいけど、予告を見ると今度は共闘? 旧戦隊が変身後の姿で出てくるって、映画のゴセイジャー以外はなかったような。


  仮面ライダーオーズ #46「映司グリードとWバースとアンクの欲望」。メズールを斃すも、その死に怒り狂ったガメルにより川にたたき落とされ、海に流された映司。オーズドライバーがなくなっていることに気づき、あわてて探すのだが、グリード化が進行し苦しめられる。
 映司を川にたたき落としたガメルだが、メズールを復活させようとし、真木の言葉も無視、その攻撃を振り切って街中に出ると、誰彼構わず手当たり次第にコアメダルにしだす。
 一方、空虚な欲望を暴走させるグリードたちに空しさを覚えたアンクは開店前のクスクシエに入り込み、アイスを食べているところを比奈に見つかる。戻ってくるのか、と問う彼女に、身体を手に入れて始めて世界を感じることが出来たことを吐露し、逆に信吾の身体をくれと懇願する。しかし比奈がはいと答えられるわけもなく、そこにやってきた加世子に「映司ちゃんと一緒に戻って来なさいよ」と言われるも、「どっちかは戻ってくるかもな」と、映司との決着を暗示させる言葉を残し去って行く。
 後藤は修理の終わったバースドライバーを手に暴れるガメルの所に駆けつけるも、やはり完全体のガメルには手も足も出ない。しかしそこに意外な助っ人が……
 海岸で自分のグリード化を後回しにしてオーズドライバーを探し続ける映司の前には、欲しい物のために映司を斃す覚悟を決めたアンクが姿を現す。見つけたオーズドライバーをめぐって戦う二人。アンクはその中で、本当に自分が欲しい物、それはただの物の固まりに過ぎない自分たちグリードでは感じられない世界を感じるために必要なもの、「命」だと吐露する。そして、映司も自分が欲しかった物は一度は諦めた、世界に助けの手を伸ばせる力であり、それは、アンクと出会った時に、オーズとして既に手に入れていたことを告白すると、始めて、アンクに自分をオーズにしてくれたことに感謝の言葉を告げる。
 しかし、そこに現れた真木は紫のメダルを映司の中に投げ込み、グリード化を促進、暴走させると、アンクと映司の対決を煽る。

 最終回までラスト三話。欲望はあるが世界を感じる命がないグリードたち。その欲望が暴走していく中で、アンクは一人だけ、実感を得るために必要なもの、「命」を求めようとする。けど、映司はそれと逆に実感を捨ててでも他人を守る力を死守しようとする。次回予告を見ると、グリード化した映司の欲望は「力」みたいなのだけど、映司が求めるのは力そのものじゃないので、やっぱグリード化することで欲望の形が歪むのか。
 バースチームは、伊達さん復帰でWバースに。相変わらず「そんな戦い方、教えた覚えないけど」→「邪魔してすいません!」のあたりは、和むわ〜。
 ガメルは、暴走しつつもひたすらメズールを復活させようとコアメダルを集める。でも、メズールの遺志の宿ったメダルは既に破壊されており、どれだけメダルを集めようと復活はあり得ない。そもそもメズールのガメルに対する態度は「母性」の欲求の捌け口としてのもの。それでもガメルはひたすらメズールを求める。ガメルの欲求はある意味一番純粋だったんだけど、それでもやはり欲望だけだったんだよな。
 真木の思惑や、アンクがどうなるかとか、ホントにあと二回で終わるんかいな?


2006年08月15日(火) 旧暦 [n年日記]

[必殺] 身を投げ生きる安里屋ユンタ―琉球―

 必殺シリーズ第十六弾「必殺仕舞人」第十話。現在テレビ東京系にて時代劇アワー(月〜金 11:35〜)で再放送中。(これは月曜分)

 京山一行は本土へ渡ってきた琉球の女・クバと出会う。クバの島は島津藩の圧政に苦しめられていたが、クバの夫は彼女と島を捨て島津藩に出仕、知之介と名前を変えて藩の手先となっていた。
 クバは夫の裏切りもあって島人から村八分にされていたのだが、それでも島を救うために本土へやってきたのだ。クバの頼みを聞き、琉球へ渡る京山一行。しかし待っていたのはクバに対する島人たちの激しい弾劾だった……

 今回のゲストはテレサ野田(西園寺たまき)。そりゃ時代劇に出てきてもあの顔立ちとスタイルは日本人(ヤマトンチュ)にゃ見えないわなぁ……
 必殺で琉球というと「仕置人」の錠を思い出すのだが、テレサ野田演じるクバが口ずさむユンタが錠が口ずさんでいたユンタと同じ。あれは安里屋ユンタではないようだし、なんて唄なんだろう?
 今回の話は知念の陰謀で島人に追い詰められ、それでも島から離れて生きることの出来ないクバが中心。そして、島娘のマヤが島津奉行に差し出され、はかない恋と命を散らす話が脇になる。ともかく、迷信深く排他的な島から排斥されながらも島から離れて生きてはいけないクバのけなげさが切ない。その代わり、尺の関係上知念や島津奉行の悪行があまりに安直だったり、クバと一緒に来た一座があっというまに島民になじんでる気にはかかるが……
 知念の策略に乗りクバに石を投げ、追い詰めた挙句知念に彼女を殺させるままにした島民たちに、直次郎がはじめて「あんな奴らのために!」という言葉を吐く。京山は「島民たちは知念に騙されて夢を見せられてるんだ」となだめるが、島民も犠牲者であると同時に加害者であることは確か。直次郎の気持ちもわかる。
 今回は、キャストは行ってないだろうが沖縄ロケも行ったのかな? セットや衣装が時代劇離れしてて綺麗だった。(最後に直次郎がパイナップル食ってるし)
 ちなみに「安里屋ユンタ」は竹富島の民謡だそうで。ってことは、今回の舞台は竹富島なのか。

[必殺] 秋田音頭は国盗り家老の冥土唄―秋田―

 必殺シリーズ第十六弾「必殺仕舞人」第十一話。現在テレビ東京系にて時代劇アワー(月〜金 11:35〜)で再放送中。

 秋田藩では、藩主の領地替えにともない、百姓たちは今の藩主佐竹を慕い、取りやめ願いの直訴を行おうとしていたが、直訴に行った者が次々と殺されるということが起こっていた。
 夫が直訴に行き殺されたさとは、行庵寺に駆け込み恨みを晴らしてくれるよう依頼する。しかし京山たちが秋田に着いた時には、なぜか庵住が消えていた。
 しかし寺を訪れたさとが京山の人影を庵住と勘違いし、障子越しに依頼を告げる。京山はさとの様子が気になり、裏を調べだす。
 実は直訴の百姓たちを殺していたのは今度秋田にやってくる川越藩の侍。領地替えの糸を引いていた家老が、直訴を潰そうとしていたのだ。のみならず、逃散農民に化けた藩士に「直訴の百姓を殺したのは秋田藩の侍だ」とデマを流し、百姓たちの動揺を引き起こしていた。
 川越藩が裏にいることに気付いた京山たちは、藩相手の仕事では危険と一座の女の子たちを先に国から出そうとするが、殺しの犯人を探す農民たちに捕らえられてしまう。

 今回の話、元ネタがはっきりわかるなぁ……藤沢周平が「義民が駆ける」で描いた、「天保一揆」だろう。ただし、庄内藩が秋田藩に変えられている。
 藤沢周平の小説では江戸に直訴に出た農民たちは殺されるまではいかないが、今回は村人たちは殺されまくっている。
 でも、なんで農民がそこまでして国替えをやめてもらおうとするのか、元ネタがわからないとわかりづらいだろうなぁ……単に「藩主を慕ってる」では、ちょっと動機が甘いか。
 庵住が消えてしまい依頼の詳細がわからない京山一行は村人殺しの犯人を探るが、村人から逆に犯人と疑われることに。百姓たちのリーダー格である治三郎が荷物の中にあった直次郎の長脇差を見つけ奪うのだが、自ら直訴に向かう途中、刺客に襲われその長脇差を振りかざすが、殺される。駆けつけた直次郎は無念の深さを示すかのように硬く柄を握り締めた治三郎の指を、一本一本引き剥がすシーンが良かった。
 結局ラストは農民たちに混じって密かに直訴する者を始末していた川越藩藩士たちを京山と直次郎が、国替えを画策した川越藩家老を晋松が始末する。
 最後に一座はせっかくだからと町中で秋田音頭を披露するのだが、直次郎がさととを引っ張って踊りに加えようとするも、夫ばかりか兄も殺されたさとは嘆くようなそぶりでその場を逃げ出してしまう。このシーンは国替えが中止となり恨みが晴らされても殺されたものと遺されたものの傷は消えないということを端的に示していて、かなり印象深い。この頃はまだこういう画を撮れる人がいたんだなぁ。

[その他] 公約通り

 小泉首相が終戦記念日に靖国参拝したようで。 朝日産経読売毎日日経中日
 小泉首相は「15日を避けても(中韓両国などの)批判、反発は変わらない。いつ行っても同じだ」と語ったそうだけど、まあ、そうだよな。ただこれだけの問題でどこまで騒ぐのか、自らの利益を害してまで反発するのかで、靖国カードが過去のものになるかどうかが決まるだろうな。だって「首脳同士の会談拒否」という、当り障りのない反発はもうとっくにしてしまってるし。靖国の組織運営などに問題はないわけじゃないけど、戦没者慰霊施設に参拝するな、慰霊施設が悪だ、と言ってること自体が無茶なんだけどね。


  靖国神社:合祀取り消しを…来日の台湾先住民族が訴え毎日 )。ああ、高金素梅、懲りないなぁ……もう身元バレバレだってのに。それに「違憲判決」と言ってるけど、「違憲判決」なんてどこも出てませんが? 裁判官も無理矢理私見を判決に付記し、司法の権威を混乱させるようなことは避けて欲しいですなぁ。


  青いヘルメットのサヨク集団"全学連"、一般市民にボコられ退散zakzak )。 痛いニュース によれば、右翼対左翼ではなく、本当に多数が一般市民だったらしい。近頃の革命勢力は軟弱だのう。それともこれは民衆の勝利だからいいのか?


2005年08月15日(月) 旧暦 [n年日記]

[その他] PC復活

 ただし、今回はかなり難物でしたわ。最初CPUが焼けただけ、と思っていたのだけど、単純にそういう話ではなく、電源→マザーボードと次々に故障が明らかに……
 マザーボードを変えるとなるとこれまでのケースだとかなり空間配置的に厳しいので、結局ケースも変えることに。またS-ATAも使えて、というSocket Aのマザボとなると(単にCPUの故障と思って既にCPUを買ってしまっていたので)メモリもそのままではいけない。使いまわせるのはHDDとVGAのみ、という結果になる。
 一番のキモのCPU冷却は簡易型の水冷ユニットを取り付けることに。
 で、結局以下の構成に落ち着く。
・CPU:Cempron 2800
・MB: A7V880ASUS
・ケース: EC-7103VAV )(写真は黒だが買ったのはシルバー)
・CPU冷却: AQUAGATE Mini R80
 必要な出費とはいえ、いくらかかったのか考えたくも無いな……


2004年08月15日() 旧暦 [n年日記]

[読書] 涼宮ハルヒの憂鬱/谷川流

 第八回スニーカー小説大賞対象受賞作。
 まず、最初に書いておく。好みではない。
 のっけから物知り顔でなに言ってやがる、と思われるだろうが、当然この後、「しかしながら」と続く。  過去二人しか受賞していないスニーカー小説大賞で、三人目の大賞受賞者というのが非常に納得できる作品である。むろん、スニーカー小説大賞のレベルが低い、などということでは微塵もない。むしろ逆。傑作、とは大げさだし、佳作ではちょっとダイナミズムが表現しきれないので、こういう中途半端な表現になってしまうのだが。
 やはりちょっと感想は表現しづらいのだが、無理矢理表現しようとすれば、才能にまかせたパワーファイターだと思って対戦し、実は地道な練習を積み重ねたテクニックと戦略を立てられる相手だと驚いていたら、最後はやっぱり強烈なボディブローで極められたという感じか。敢えてたとえるなら、勉強不足のまま幕ノ内一歩と対戦したようなもの。
 ただ、最初に好みでない、と書いたのは、文句なしに強いのは否応にも認めざるを得ないのだが、スタイルが単に私好みではない、ということである。いや、幕ノ内一歩が嫌いってことじゃなくってさ。
 ただ、その強さについてはいろいろ、悪い意味でなく、こちらも考えざるをえない。
 なんというか、私の知人はわりと「話の論理構成がどうこう」とか、人間原理がどうこう、と語る人がいるが、それはこの話の芯じゃないと思うのだけどなぁ。

[その他] ありがちだけども

 「なにを書いてもいい」と言われると、却って困るものなんである。


2003年08月15日(金) 旧暦 [n年日記]

郵便配達は日に三度くらいベルを鳴らす

 いつも日に一度見に来るか来ないかのドメインの人が何度も見に来てるのをログで見ると、妙に気になるなぁ。
 え〜っと、今日は何かありましたっけ? ……終戦記念日?(わりと恣意的なボケ)
 その因果かどうかわかりませんが、雨の中立ち尽くさねばならず、その合間に見た 「 1937南京後略戦の真実/東中野修道編著 がわりと本気で励ましになったり。目の前で同僚が頭打ち抜かれたり、死体や便が浮いてる河の水で煮炊きをせんでもいいものなぁ。少なくとも。
 南京虐殺の実体がこれでわかるかと言うと(30万虐殺なんて世迷いごとはともかく)結局のところ物証にはなりえないのだけど、南京と言う激戦(当時、日本兵はかなりがわりと南京さえ落とせば戦争が終わると信じていたようである)の兵士の記録として見ると、生々しい部分もある。元の文集の四分の一と言うことで、恣意的に編集された部分はあるだろうし(東野中氏はかなり情緒的に偏っているようには見える)、そでなくとも都合の悪すぎる部分など書かれてるはずもないのだが、それでも戦場日記集としては興味深い部分が多い。戦時は非常時だけども、日常の延長であるとも感じる。
 ありゃ? 今気付いたけど、なんかちょっとしたトラブルの予感。まあ、いろいろ用事が済んでからボツボツですか。


2002年08月15日(木) 旧暦 [n年日記]

戦争を知らずに僕らは育った

 まー、平和ボケ著しく、ほとんどドキュンな動機の韓国に「日本海」の名称をどうにかされそうな日本ですが、そもそも現代日本を語る上で絶対はずせないのが「第二次世界大戦」なわけです。でも、「じゃ、日本ってなにをしたの?」と言われて、アジア諸国の侵略だとか南京虐殺だとか従軍慰安婦とかの強制連行だとかバターン死の行進だとか「ほーらにほんはこんなに悪逆だったんだぞ」とか言われて「はあそうですかすいません」とあやまりつづけていいかげん謝ることに飽きたのかそれとも逆切れか日本はそんなに悪いことしたのかと考えると実際はなにをしたのかってのはよく知らないわけで。戦中世代でも全部はわからないだろうに、戦後生まれの我々となればもっとわからない。ただ謝りつづけて「なんか違う」と思ったのか、 読売新聞コラムもこんな感じ天声人語は相変わらず ですがそれはそれ。むしろ朝日とかは進んでお先棒担いだふしがあるんですがね。で、話題性もあるんで半休で、昨日触れた 同じ会場で行われた二つの戦争展 に行ってきました。
 中小企業センター一階で「もうひとつの戦争展」、三階で「あいち・平和のための戦争展」が行われてました。まずは一階の「もうひとつの戦争展」から。「盧溝橋事件」「南京事件」「従軍慰安婦」「東京裁判」などいくつかのテーマごとに、時系列に沿ってパネルが展覧されているという形。「盧溝橋事件は中国共産党による謀略」とか、「南京大虐殺30万人説の嘘」とか「従軍慰安婦はいなかった」とか「東京裁判は復讐裁判だった」とか、まあ、展示の内容自体はネットをちょいと検索すれば出てくるようなものだったりはします。「中国共産党内部資料に書いてある」とか、一部信憑性に疑いのあるものや、日本寄りの証拠を出しすぎのところもありますが、おおむねひとつひとつの「常識」に比較的冷静に疑問を投げかけているという感じです。パネルの内容も展示順もよくまとめられており、右翼的なにおいはするものの、展示としてはわりと良く出来てました。
 来客層を見てみると二十代からおそらく戦時には壮年であったろう方まで、かなり幅広い層が見に来てました。
 一方の「あいち・平和のための戦争展」ですが、こちらは明らかに複数の団体がそれぞれのコーナーでめいめい展示をしているという形で、また「被害者」の証言や団体の主張を張り出したりして、情緒的に戦争への反感を持ってもらおうというものであると見えました。「もうひとつの戦争展」は「平和のための戦争展」が「自虐的すぎる」と同時開催を行ったとのことですが、言うほど自虐的とも思いませんでした。しかし全体的に物証にとぼしかったのは事実ですが。
 こちらの来客層はあまり若年・壮年層は見られず、五十代以上が多いように見えました。
 両極端な展示がひとつの会場で行われたわけですが、どちらも展示内容が100%正しいかは置いといて、それぞれ戦争の一側面を含んでいることは確かなわけです。ろくに過去を調べずに日本が必要以上に自虐的になる必要はないとはいえ、やはり戦争により犠牲者は日本内外に出てるわけだし、戦争が嫌というのもやはりその被害ゆえだから、情緒に訴えるというのもあながち間違いとも思いません。また、両者はまったく相反する内容だったとも思いません。「平和のための戦争展」側は同時展示を嫌がっていたようですが、こういう対比できる展示ってのは結構面白い試みであるかもしれません。


2001年08月15日(水) 旧暦 [n年日記]

偉そうに言える立場じゃないけれど

 別に偉そうに言える立場でも義理立てする必要も今更何もないのだけど、だけどそんなこととは別に言いたいことの一つや二つはある。何も知らない人間が、著名人の失敗を晒し上げたりそれを殊更必要以上に貶めて悦にいるのは醜い。というよりはっきり言って嫌いだ。有名税と云えばそうかもしれない。だけど言っている人間はそんな醜い人間になりたいんだろうか? 醜い人間で構わないと云うんだろうか? 仕方ない面もあるとはわかってる。でも、少なくとも自分の知人、友人はそれで平気な人間でいて欲しくない。
  デジモンアドベンチャー の劇場版、 デジモンアドベンチャー劇場版、デジモンアドベンチャーぼくらのウォーゲーム! を見る。実は初めて。劇場版第一弾は特に見てびっくり。たった20分の作品なのにすさまじく密度が濃い。幼い太一とヒカリの前に突然現れた不思議な卵、そこから生まれた奇妙な生物・コロモンは太一とヒカリに懐くが、その急激な成長に二人は戸惑うばかり。深夜に突然成長期のアグモンになってしまったコロモンは、ひかるをつれて夜の街へと飛び出してしまう。周囲の状況を理解できず、言葉によるコミュニケーションも取れなくなってしまったアグモン。トラックや飛行機に攻撃を仕掛けてしまう。そんなアグモンからヒカリを離そうとする太一。しかしアグモンに引かれるようにもう一体のデジモンが現れ、夜の住宅街で二体のデジモンによる戦いが繰り広げられてしまう。尺不足を密度の濃い描写で補いまくっている。この監督の細田守氏は現在 ジブリ に招かれてジブリの次回作を手がけてるとか。この手腕を見せられちゃったらそれも納得せざるを得ない。2.5点。
 「ぼくらのウォーゲーム!」。ある日突然ネット上に現れたデジモンの卵、その卵から生まれたクラゲ型の謎のデジモンはネット上にあるデータを食べながら成長していた。今は小さな混乱だが、成長していくにつれ混乱は大きくなってしまう。まだ成長期の内にと太一と光子郎はクラゲデジモンを倒そうと仲間を招集するが、みんな春休みで旅行に行ってたり喧嘩で仲たがいしてたりとなかなか連絡がつかない。しかたなく二人だけで戦いを挑むが、あっという間に完全体に進化した敵に倒されてしまう。そうこうしている内にNTTを襲撃され、他の仲間達との連絡すらおぼつかなくなる。ネット上で世界中の子供達に見守られる中、世界を混乱に陥れるデジモンを倒すことが出来るのか?
 怪獣映画だった前作から一転、今度はネット上でのデータ生物同士の戦いということで、ネットワークのボトルネック、アクセス、サーバー処理速度などをリアルに踏まえた上でネットワークによる世界の危機を(リアルにとは言わないが)描く。尺は前作の倍の40分とは言え、普通の映画と比べると半分近くも短いながらも尺の短さは感じさせない。説明不足の点はあるが、一度引き込まれてしまえばそんなことははっきり言って気にならない。2.5点。