Episode 5:JOY
第五章:主よ、人の世の喜びよ

シンジはむしろ拍子抜けしていた、というべきだろう。
今までずっと恐れ、逃げ続けていた内務省調査部、その手の内に落ちたと言うのに、いまのところあったのは簡単な尋問だけだった。それも事実の確認、そう重要でない事実ばかりだった。
町中を歩いている今も、そのことが気になる。あまり得意でない街の雑踏も気にならない。音楽店から買ってきた楽譜を握る手にもどことなく力が籠っていなかった。
身柄も拘束されるでなく、以前の生活と殆んど変わりない。
ただあの時、第三新東京市跡で会った女性の言葉が頭の中で繰り返されていた。

『EVAのパイロットであるから必要とするのよ』

「僕たちに、何をさせるつもりなんだろう?あの人…」
そう、シンジ達だった。アスカも身柄を保護され、病院を移されている。専門の医師がついてかかりっきりの治療にあたっていた。
好意、でないことは確かだ。まさかEVAに乗せるつもりなのだろうか?でも、EVAシリーズは三年前のNERVの解体の時点ですべて解体、パーツも破棄されたと聞いている。
だがもし、万が一EVAが残っていたら?
シンジは頭を振った。今、そんなことを考えても仕方がない。とにかくは暫く様子をみるしかない。
しかし、ひょっとしたら彼女達はあの状態のアスカをも利用しようとしてるのかもしれない。それだけは避けねばならない。もし、シンジが再び闘うことになっても…
そんなことを考えたとき…
「きゃ!」
かん高い悲鳴と共に衝撃が走る。通行人の一人とぶつかってしまったのだ。
少女が一人、目の前で尻もちをつく。
「あ、ごめんなさい」
反射的にそう言うが、すぐにこの娘も少し大げさだ、と思った。
「ちょっと、気をつけてよ」
少女の険の籠った言葉に、シンジがもう一度反射的に謝ろうとしたとき、少女の姿を見て八と息を飲んだ。
「綾波…!」
一瞬、目の前の少女があっけにとられる。その表情、その口、その鼻、その唇、それらはかつて知っていた少女に瓜二つだった。
「あなた誰?」
少女が奇麗な茶褐色をした瞳を向けて言った…そう、彼女の瞳は赤くはなかった。綾波とは違って。
その瞳がシンジを現実に引き戻す。
「ご、ごめんなさい!」思わず謝罪の言葉が反射的に出てしまう。「知ってる娘に似てたんで…」
しかし少女はその言葉を聞いてはいなかった。スカートの土ぼこりをを手で払い、立ち上がろうとした。
「立てる?」シンジが手を指し述べて聞く。
少女は少し警戒したような表情を見せたが、シンジの顔をのぞき込むと、やがてシンジの手をとった。
「ありがとう」
お礼を言ったのはシンジの方だった。
「何故あなたがお礼を言うの?」
立ち上がった少女が口を開く。
シンジは少し考えて、そして答えた。
「怒ってるかと思ったから…」
「怒ってないなんて言ってないわよ」
少女が答える。シンジはその言葉に傷ついたような表情になった。
右手が何かを求めるように動き始める。
急に少女がくすっと笑った。
「嘘よ。怒ってなんかないわ」
シンジはしばらく、ぽかんとし、そして次にその顔に嬉しそうな表情が浮かんできた。
「ぷっ!」
と、急に少女が堪え切れずに吹きだし、声をたてて笑い出した。
今度はシンジがあっけにとられた。回りの人の好奇の視線がつきささる。
シンジは恥ずかしさを全身で感じながらも逃げるわけにもいかず、少女に言った。
「どうしたの、何がそんなにおかしいの?」
少女がシンジの顔を見る。と再び収まりかけていた笑いがまた始まった。
人の顔見て笑うなんて失礼だな、とシンジは思ったが口に出しては言わない。
「あなた、変な人ね」
少女が無遠慮に言う。
「そ、そうかな」
憮然としてシンジは答えた。
「そうよ、変なとこで謝ったり、お礼言ったり…表情がくるくる変わるし、見てて飽きないわ」
「そりゃどうも」むすっとしてシンジは言った。
その様子を見てさすがに少女も悪いと思ったらしい。急にすまなさそうな表情になった。
「ごめんね、怒った?」
シンジがちらりと横目で手を合わせる少女を見る。
「怒ってないなんて、言ってないよ」
言ってしまってから、シンジと少女が同時に吹き出した。今度はどちらも、人の目を気にすることはなかった…。
***
機上の話(その一)
「その、君の言うことはにわかには信じがたいよ」
大滝は困った様に言った。彼は「狂った男」の願いを聞き、早めに予定を切り上げ彼を日本に連れていくことにした。意外だったのは彼が飛行機に乗せても騒ぐでもなく、もの珍しそうにするでもなく、普段と変わらなかったことだった。
ただ単にそういう感情がマヒしてるだけなのか、それともべつに珍しいことでもないのか…。
大滝はその機上で彼に話を聞いていた。
「少し整理しよう。つまり二年前、少年の姿をした神が君の前に洗われ、君に神の国を見せたと?」
大滝は無料サービスのウィスキーを、ストレートで、とスチュワーデスに頼んだ後、隣のシンハの方を向いて言った。
「ひどく抽象的な言い方ですが、まぁその通りです」
なにか大滝は自分が馬鹿にされてる気になって、すこし不機嫌になった。
「具体的にはどうなったんだね?」
少し声をあらげて聞く。
「取り込まれそうになりました」そういう彼の顔からは、一瞬、表情が消えていた。
「取り込まれなかったのだね?」
「無事ではありませんでしたがね」
彼は自分の髪と目を示した。
「その他の被害は?」
「私は私の「心」の一部をもぎとられました」
さっき抽象的、と自分で責めたのに今度は自分で抽象的な話をするのか、大滝は内心で思っていた。
「で、代わりに神の記憶を一部奪ってしまったと」
「そうです」
目を閉じて答える。
「彼は「アダム」と呼ばれていた。そうなんだね?」
「そうです」
目を閉じたままで言った。
「彼は何者だね?」
大滝がずばりと核心をつく。まさか神様なんて思ってはいまい。
「彼は…」狂った男、シンハは少し考えた後、重たげにまぶたを上げた。「彼は最初の人間なのです」
***
「どうなの?セカンドチルドレンの具合は」
医務室の医師の前に長瀬が座って聞いた。
「取り敢えず、安定はしています。ただこの自閉症に似た症例が、どのような理由でおこったのか…それを調べないことには…」
「普通に戻るには、どのくらいにかかるの?」
医師が片方の眉をつり上げる。
「彼女は普通なんです。ただ外界に対する反応がうまくいってないだけで…」
長瀬は医師の言うことを片手で制した。
「私が聞いてるのは、EVAに乗れるまでにはどのくらいかかるか、ということです」
医師は不機嫌そうにため息をついた。
「何時、という保証は出来ません。気長にカンセリングとリハビリを行なうしかないでしょう」
「一生あのままということもありうるの?」
「可能性はあります」
医師は冷徹に、しかしはっきりと言った。
「薬物等の使用を行なった場合の、シンクロ率に対する影響は?」
「はっきりとしたことは判りませんが」医師はカルテをのぞき込む。「あるでしょう。おそらく、確実に」
長瀬はため息をついた。「やはりセカンドチルドレンには無理がある、か。サードでいくしかなさそうね」
医師はカルテを繰りながら続けた。「やはり、長い間あの男の子を兄として周囲があつかったことも影響しています。彼女には現実を見せるべきっだったんです」
「それは彼らがこそこそと逃げ回ってたからよ。別に私たちの責任じゃないわ」
長瀬は立ち上がり、コートハンガーにかけていた上着を手にとった。
「あなた方が追い回さなければ、逃げる必要もなかった」
医師が感情を押えて言う。
「人を責める前に自分の仕事をしっかりなさい、先生」
長瀬は冷笑を浮かべ吐き捨てると、医務室から出ていった。
長瀬が出ていった後、医師は彼女の立ってた床に唾を吐き捨てた。
「そもそもEVAなんて、もうどこにもないんじゃないのか?」彼はつぶやく。「それとも、何か隠してるのか?あの女」
***
シンジが立ち話もなんだから、と言って近くの公園にいこう、と言い出した。
「あなた、本気?」
少女が呆れたように言う。シンジは言葉の意味がわからず、しばらく何を言っていいか判らなかった。
「ナンパするなら、お茶でもどう?くらいは言ったらどうなの?」
「なんぱぁ!?」
シンジが声を裏返らせて叫んだ。
「知ってる娘に似てるとか、見え見えの手なんか使っちゃって…」
そうか、そういえばそう見えないこともない、シンジは思いながらも慌てて否定する。
「ち、違うよ!ホントに知ってる娘に似てたんだ…」
「冗談よ」少女があっさりと言う。「あなた、そんなことする度胸ありそうに見えないもの」
またもシンジは複雑な気分になった。その表情をみて少女がくすくすと笑う。
「ごめんね。おわびに私がおごってあげるから」
気恥ずかしそうなシンジの手を強引に引っ張って、少女は手近な喫茶店に入っていった。
扉を開けて中に入ると、電子音のチャイムが店内に鳴り響く。
「私レモンティー」
席について少女がウェイトレスに注文する。
「あ、僕も同じでいいです」
シンジが後を続ける。少女がシンジに向かって言う。
「別に遠慮しないでいいのよ。私のおごりなんだから」
だから遠慮するんだよ、と思うがまた口に出して言わない。
「いや、今お腹すいてないし…」いいわけじみた言葉を吐く。
「じゃ、二人で食べましょう」
そう言って、少女はフルーツパフェを追加した。
これじゃどっちがナンパかわかりゃしない、とシンジは思った。
正直、シンジはとまどっていた。いきなりぶつかっただけの関係なのに、まるでこの少女は旧知の友人のようにふるまう。綾波に似てる、と思ったけど全然違うな、とも思った。
少しだけ少女に感じた親近感も、警戒心が打ち消していく。
「ね、私に似てる娘って、君の恋人?」
いきなりの質問に、シンジは運ばれてきた紅茶を吹き出しそうになった。
「な、な、な、なんだって?!」
「いや、私に似てる娘って、君とどういう関係なのかなぁ〜って思って」
「どういうって…」

僕と綾波の関係を何と言ったらいいだろう?
「そ、その、なんていうんだろ…」

恋人、ではもちろんない。
「恋人なんていうんじゃないし…」

家族、というわけでもない。
「兄弟とかってわけでもないし…」

友達、というわけでもない気がする。
「友達とも少し違う気がする…」

「じゃ、なんなの?単なる顔見知り?」
少女が突っ込んでくる。
「なんて言うか、」その責めたてられるように頭の中を思考がぐるぐる回る。「母さん」
「え?」泣き声にも似たシンジの返事に、少女が眉間に眉を寄せる。
「その、母さんにちょっと似てるんだ…」
「君、マザコンなの?」
少女の呆れたような口調に、シンジはすぐ後悔した。適当に友達と言っておけばよかった。
「ち、ちがうよ!」
と、否定はしたが、自分と綾波、綾波と母さんの関係を説明しても判って貰えるとは思えなかった。
「君もナンパが下手ねぇ…マザコンじゃ嫌われちゃうわよ」
くすくすと笑いながら、言う。
「ナンパなんかじゃ…」
「ナンパじゃない、っていうんでしょ?判ってるわ」
少女がシンジの言葉を先取りする。その言葉の裏には、むしろ口説いて欲しい、という願望があるようにも受けとれたが、シンジにはそんな解釈をする余裕はなかった。
ただ黙って顔をそむける。
ちょっと雰囲気が気まずくなったところに、パフェが運ばれてきた。
「ホントはね…」
パフェを前に少女が喋り出す。
「え?」出し抜けな切り出しにシンジは聞き返す。
「ホントはダイエットしろって団長に言われてるの」
「団長って?」
「私、劇団に所属してて、そこの劇団長さん。今度始めて役がついたんで、役作りのためダイエットしろって言われてるの」
「そうなの、大変なんだね」
シンジはおざなりの返事を返す。
「だからこれは誰にもナイショよ」
少女がくすっとわらいかける。
シンジも思わず微笑み返した。
ほとんどパフェを平らげたあと、少女はシンジの傍らにおかれた楽譜に目を向けた。
「それは?」
それって?とシンジが聞き返す。少女は楽譜を指さして示した。
「あぁ、チェロの楽譜。知合いの音楽店に注文しといたんだけど、今日届いたんだ」
それを聞いて急に少女の態度が改まる。
「へぇ、音楽なんかやってるんだぁ」
尊敬を込めて、言う。
「別にたいしたことないよ。才能なんかないし」
シンジが自虐的に言う。
「でも、すごいわよ。私、音楽は全然駄目だから、そういうのあこがれちゃうな」
「ほんとにたいしたことないんだよ、惰性で続けてるようなものだから…」
困ったように、それでもどこか嬉しそうにシンジの視線が宙をさ迷った。
「それでも続けてるってことは、やっぱ好きだからなんでしょ?」
「そうかもしれないけど…」シンジの視線が宙を泳ぐ。「でもわからない」
「私はお芝居好きでやってるから、わかるの。好きじゃなきゃ続けられないわよ」
少女がシンジの顔をまっすぐ見すえて言う。
「そうかな…」シンジがつぶやく。「でも楽しいと思ったこと、あまりないな…」
「楽しくないの?」少女が聞き返した。
「よくわからないんだ。練習もあまり好きじゃないし」
「辛いから?」
少女の言葉に、思わずむっとしたように少女に視線を合わせる。しかしやがて目を伏せて言った。
「それもあると思う。やっぱ辛いことは誰だって好きじゃないよ」
「辛い時はね」少女が優しく話かける。「楽しかった時のことを思い出すの。そうすれば我慢できるって、母さんも言ってたわ」
シンジが厳しい顔つきになる。
「楽しいことなんて何もないよ」
「ほんとに?」
少女が問い返す。
「嫌なことしか思い出せないよ」
脳裏にうかぶトウジのこと、カヲルのこと、アスカのこと、そしてレイのこと…。
この3年、忘れようとしても忘れられなかった人たち…。
しかし少女は明るく笑いかけてきた。
「ほら、やっぱりあるんじゃない。楽しいこと」
「え?」シンジは耳を疑い、聞き返した。何を言ってるんだろう?
「嫌だ、苦しいって思うってことは、反対に楽しい、ってことも知ってるはずだってことだもの。ちがう?」
ふと脳裏に「お帰りなさい」という声が甦る。一度はただ形ばかり、二度目は心の中の感情を全て託した言葉。今はその場所もその言葉を言ってくれる人もいない。しかし確かにその言葉は存在したのだ。
「そうかもしれない」
その時、店内に来客のチャイムが鳴った。入ってきた男は席へ案内しようとするウェイトレスを無視し、まっすぐシンジ達の方へ歩いてきた。
側に近付いてくる男の気配を感じ、振り向くシンジ。そしてその男の顔の、鼻に走った傷を見てその男が誰かを悟った。
少女が眉を微かによせて、男の顔を見る。
「あなたは確か…」シンジが驚いたように言う。
「デートのとこ、邪魔しちゃ悪いと思ったが仕事でね」男は親指で背後の出口の方を指し、出るぞ、というジェスチャーをした。「長瀬のばーさん、じゃなかった、お姉さまがお呼びだ」
トード、と呼ばれているその男は言った。
「御免、用事なんだ。行かなきゃ」
シンジは席を立ち、伝票を手にとる。
「いいわよ。私がおごるって言ったんだから」
少女はシンジの持つ伝票に手を伸ばした。
「いや、僕が払うよ」伝票を持つ手を急に引っ込めようとし、少女がそれを追って手を伸ばす。
「あ…」
「あっ」
その手がふとした拍子に重なりあった。思わず合わせて声をあげる二人。
トードが困ったように鼻の頭を掻きながら、口をはさんだ。「何でもいいが、早くしてくれないか?」そして少女の耳に顔を寄せる。「払わせてやりなよ。男の面子ってもんがあらぁな…」
こわもての顔に似合わず、ひとなっつこい男の笑顔に少女の警戒心も少し融けたようだ。
「変なの」そう言いながらも、少女は手を引く。
「それじゃ」
まだどきどきしているのを押えてそう言うと、シンジは会計へと向かう。トードが後に続いた。
「どうしてここが判ったんです?」シンジがトードに言う。
「ずっとつけてたから、な」
「じゃ、全部見てたんですか?」
眉間にしわを寄せて振り向くシンジに、トードは無言で気まずそうに肩をすくめてみせた。
「ねぇ、待って!」少女がシンジを追いかけてくる。「また会える?」
「え?」シンジは少し考え、トードを横目で見る。「多分、大丈夫だと思うけど…」
トードが困ったように眉を寄せる。「いや、でもこっちの都合も、なぁ」少女の刺すような視線に気付き、慌てて訂正する。「ま、こっちの都合はどうとでもならぁな」
「じゃ、今度会う時、その私にそっくりの娘にも会える?」
なんだ。シンジは少しがっかりした。僕に会いたいわけじゃないのか。
「駄目なんだ。三年くらい、会ってないから…」
「三年?」少女がはっとしたように繰り返す。
「それじゃ、さよなら」シンジは別れの言葉を言った。
「それじゃ。私は榊ユリ、この先の市立第二高校の生徒なの。あなたは?」
「僕は、東…いや」考え直して言い直す。もう名前を偽る必要はないだろう。「碇シンジ」
「碇…シンジ君?」
どこかで聞いた気がする。そういえば、この前劇団長の友人に手紙を持ってってくれと頼まれた相手が、確かそんな名前ではなかったか?!
少女の顔に驚愕の表情が走る。
「ね、待って…」
しかしシンジは既に立ち去ったあとだった。
「三年前…か」
ユリは三年前のことを思い出していた。目覚めたベッドの上で一番最初に見た天井、そばで泣きじゃくっていた両親、昔のことは何一つ思い出せなかったこと、事故にあい、そのため記憶が混乱してるのだと医師に説明を受けたこと…。
「まさか、ね」
少女はそうつぶやいた。

「何か気になるな、あの娘…」
喫茶店を出たトードがふとつぶやく。
「え?」シンジが聞き返す。
「いや、なんでもない」とトードは否定した。
「えっと、藤堂さん、でしたっけ?」シンジが話し掛けた。「これからどこに連れてくんです?」
「藤堂じゃない。トードだ。まぁどっちでもいいが」そう訂正する。「詳しいことは知らん。ただ連れてこいと言われただけだ」
「そうですか…」
シンジは不安な予感に身を震わせた。
一方トードはそんなシンジを見守りながらも、どこからか注がれる視線を感じていた。
またどこぞやの諜報部か、そうも思ったがどこか違う。大きなガラス張りのショーウィンドウの前を通り過ぎるとき、ガラスに映る背後の様子を横目でちらりと見た。
「?!」
子供、白い髪?!トードは一瞬目に映ったものに驚き、思わず振り向いた。しかしそこはいつもと変わらない街の雑踏、さっき見た少年らしい姿はどこにもなかった。
「どうしたんです?トードさん」シンジが不審がって尋ねる。
「別に、たぶん気のせいだ」シンジに、というより自分に言い聞かせるように言う。おそらく普通の子供を、ガラスの反射像越しに見たから見間違えたのだろう、そう思うことにした。「まさか、な…」

しかし、彼らはその頃に起こっていた惨劇を一時間後に知ることになった。

Chapter 5:JOY

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