***

綾波レイはむき出しになったメインシャフトの正面に立った。遥か奥底の地獄、それは目には見えない。目に映るのは永遠に続くかと思うような闇だけだった。しかし感じていた。自分と同種の存在がそこにいる。
彼女は何も語らない。彼女が何も感じない訳でも、考えない訳でもなかった。だが今は戦いの時だ。その為には心を凍り付かせねばならない。全神経を集中しなければならない。
彼女はそのまま虚空に向かって、何でもないように歩き出した。そのまま宙に浮き、穴の中心へと移動する。彼女に続いてエヴァンゲリオン8号機の巨体が宙に浮いてそれに続く。
「行きましょ」
彼女がそう呼びかけると、彼女の身体と、8号機の巨体がそのままゆっくりと下降していく。レイは途中で8号機の肩に乗った。

アダムは地の底から、メインシャフトの遥か上を見上げた。彼と同じ存在。唯一残された仲間。彼の子供たちを仲間と呼べるのなら、だが。彼には仲間という感覚はなかった。そもそもがそんなもの、必要ないのだ。女王蜂に仲間は必要ない。必要なのはその生存を支え、生殖をし、目的を叶える為の下僕だけ。
アダムの目的ははっきりしていた。そしてその為に遥か上に位置している同種の存在が必要だった。
アダムはATフィールドを展開していく。彼はそのまま上めがけ、上昇していった。

綾波レイは下から彼−肉体表現上は。しかしその生物機能上からはむしろ彼女−が上がってくるのを感じていた。
表情を険しくする。
「来るわ」
しかし、それ以前に全く別のものが登ってくる。アダム本体とはまるで比べ物にならない速さ。メインシャフトの壁面を破壊しながら登ってくるのが見えた。何もない空間が!
「ATフィールド!?」
アダムがATフィールドを展開させて、そのまま上に飛ばしたのだ。しかも信じられない強さ、本体はまだ遥か下だと言うのに!
「くっ!」
レイはとっさにATフィールドを自分もろとも、8号機を守るように展開させる。しかしそれを以ってしてもアダムのATフィールドは防ぎきれなかった。ATフィールドの一瞬の通過とともに、8号機の肩の外装の一部が引き剥がされ、綾波レイもその洗礼を浴びる。
衝撃で後ろにたなびいた綾波レイの髪の色が、ざっ!一瞬にして毛髪の根元から抜け落ちた。髪を染めていた染料が引き剥がされたのだ。着衣の端も少しちぎれる。
レイは下方を目だけでキッと睨み付ける。カラーコンタクトなど既にどこかに落としていた。白い髪、紅い双瞳。そして表情を奥にため込んだ様な無表情。そこにいるのは、まぎれもなく綾波レイそのものだった。
アダムの反応が急速に近付いている。アダムが接近速度を上げたのだ。
みるみる近付いてくる。肉眼でも微かに確認できる位置になった。あと700m、300m、100m…
レイは下に向けていた顔を突然上げた。何時の間にかアダムが、少年の姿をした天使が目の前数十m先の宙に立って静止していた。
一瞬彼がテレポートしたかの様な錯覚を覚える。しかし違う。あまりの速さに捕捉が追いつかなかった。そして目の前で急停止しただけなのだ。
アダムはじっと綾波レイを見つめてる。綾波レイもアダムを見つめ返した。
そこに立ってるのは自分の合わせ鏡…レイはそう思った。どちらも人間ではないと言う事だけではない。生きていくのにつらい記憶を、自ら封印する事を選んで今日までして来たと言う意味でも、彼と自分とは合わせ鏡だった。彼には自らが親−造物主に捨てられたという事実。レイには自分が人間でないと言う事実、すなわち碇シンジと同じ存在ではないという事実と、そしてあと一つ…
しかし彼に対して同情は起きなかった。倒さねばならない相手、そうでしかなかった。そう、みんなを守るために、何より碇君を助けるために…
8号機の手が突然動く。8号機の巨大な拳が、アダムに向けて叩き付けられる。
アダムはそれにあっけないほどあっさりと当たる。まるで蝿叩きをしているようだった。8号機の拳はそのままメインシャフトの壁面にぶちあたりアダムごと壁面をぶちやぶる。アダムは壁の向うへあっけなく吹っ飛んでいった。壁の向うの部屋の、さらに壁に当たる音がした。
レイにはこんなもので済まないことは分かっていた。アダムはわざと避けなかった。そうとしか思えない。こんなもので自分は傷つかないと分かっているからこそ、避けなかったのだ。8号機が殴った時、強力なATフィールドが展開されるのを感じた。レイ自身のものより、遥かに強力なATフィールドだった。
(駄目だわ…)
レイは感じていた。
(このままでは、アダムに勝てない。)
しかしその事自体は予想済みだった。だからこの階へ誘い込んだ。榊ユリとして、このネルフ本部の内部を歩き回った記憶ははっきり残ってる。長瀬が殆どの場所の出入りを許可したのだ。それは、おそらくエヴァパイロットとして利用するためには記憶が戻って貰った方が都合がいいからにすぎなかったのだろう。
しかし長瀬の意図などどうでもいい。必要な物の場所は分かっていた。
アダムを倒すための方法は、これしか思い付かない。
8号機がさっき自ら開けた壁の穴に手をかけ、両手で無理矢理こじ開けていく。壁の穴は引き裂かれるように広げられていった。中は使われてない起動実験室。
広げた穴から、8号機が入り込もうと身を乗り出す。その時、再びさっきの衝撃の洗礼を浴びた。
「きゃぁぁぁ!」
不意打ちに、ATフィールドを展開し損ねる所だった。しかしかろうじて間に合ったものの、その衝撃は強い。緩衝しきれなかった。そのまま後ろへ吹き飛ばされ、8号機とレイは再びメインシャフトの縦穴へと放り出される。
悲鳴を上げながらも、レイは下面にATフィールドを展開させ、重力を遮断すると共に自分の体と8号機を支える。落下は殆ど数十m程で済んだ。しかし目的の階より下にずれてしまっている。少しまずかった。
しかしレイの頭は冷静に事態を観察していた。基本的に作戦に変更はない。若干の修正をするだけだ。
上方を険しい目付きで睨む。丁度アダムが壁面の穴からゆっくりと姿を現して来た。見下すような目付きでレイを見つめている。
すっと手を伸ばして、手招きするような仕種をした。
「コ、コイ…」アダムが初めて、己の肉体から声を出して、言った。慣れない口を一生懸命操るかのように。「ワ、ワ、ワガ ハ、ハンリョ…」

***

「それが、あんたの罪って訳か?」
トードが冬月に問いただす。
「そうだ」懺悔を終えた冬月は穏やかな表情で言った。「罪を悔いて死ぬのは簡単だった…しかし、私には自分自身を裁く権利すらないのだ。君が裁いてくれたまえ。私は私以外の誰かに裁かれるために、今日まで生きてきた。もはや罪を引きずってこのまま生きるのは疲れた…」
トードは怒りに燃えた目で冬月を睨んでいた。
罪を裁けだと?ふざけるな!俺はあんたの為にここにいるんじゃないんだ!あんたは誰かに自分の罪を責めて欲しくて、そしてその罪で殺してもらって楽になりたいんだろうがそうはいかない。殺して欲しいのなら殺してやるさ!だがそれはアンタが言うような罪の所為じゃない。アンタがセカンドインパクトを起こした連中に荷担したからだ。
そうだ、セカンドインパクトさえなければこうなっている俺もなかった。当たり前の生活を送って、当たり前の人生を送って、当たり前の死を迎えてただろう。今望んでる通りに。今の俺は何だ?ただの人殺しだ。何億何兆何京の言葉で弁解しようと、人を殺して生きてきたことに変わりはない。生き残るのは今まで死んで来たものの為だ、そう言ってきたし信じてきた。でも本当は違った。俺は自分の奥底を見てしまった。罪の意識にさいなまれながら、それでも意地汚く生きようとあがいている人間、それが自分だった。
そんな自分になったのも、全てはセカンドインパクトのせいだった。今更もう一人殺したところで何だというのだ?どうせ薄汚い人殺しの手だ。何がどうなるというものでもない。
引き金を引く、ほんの数百g足らずの力さえあればいい。そう、それだけでいいんだ…




しかし彼には出来なかった。本当はそんな事をしても、どうにもならない事を知っていた。セカンドインパクトが起こらなかったことになるわけでもない。人殺しとしての自分が消えるわけでもない。なによりそれはただの腹いせ、逃げにしか過ぎない事を知っていた。
撃てなかった。何もなくなったつもりでも、結局彼はどこまでも彼自身だった。
「くそっ!」
トードは起こした撃鉄を、ゆっくりと戻していく。冬月は意外そうな目でトードを見た。
「畜生!いい加減にしやがれクソジジイ!」トードは冬月につかみかかった。その剣幕に冬月は目を丸くした。「てめえが楽になりたいからって、他人に自殺を手伝わせるんじゃねえ!俺は人殺しだが金を貰って人を殺すんだ!老いぼれジジイのボランティアにゃお呼びじゃないんだよ!死にたきゃ勝手に死ね!俺に裁けだ!?ふざけるな!お前は勝手に自分で自分を裁いて、有罪宣告をしちまっただけだ!!てめえの言う罪が重いかどうかは知らねえ、だがもう一度だけ言う。死にたきゃ他人に頼らず勝手に死ね!その勇気もないんなら、生きて見ろ!生きてその罪を償ってみろよ!!え!?俺は金輪際てめえを楽になんか死なせねえ!楽に死なせてたまるかってんだ!!」
一気にまくしたてると冬月を掴んでた手を放す。冬月の身体はそのまま呆気に取られたストンと椅子に落ち込んだ。
トードは息を荒げたまま冬月を睨み付ける。
「じゃ、あばよ」
そのままくるりと背を向け、トードは部屋を出て行こうとした。と、その時、背後からくっくっくっ、という笑い声がした。ぎょっとして後ろを振り返る。
冬月が笑っていた。必死に声を殺そうとしながら笑っていた。トードはそれを見た瞬間ついにおかしくなったか、と思った。だが、冬月の目付きは正常だった。
「何がおかしいんだよ!」トードは冬月を胡散臭げな目で見る。
「いや、別に」冬月は懸命に込み上げてくる笑いをこらえながら言った。「君は強いな、と思ったのさ」
強い?俺が?何を言ってるんだ、この男は?
トードには冬月の言いたい事がまるで分からなかった。
「ジジイの愚痴ならもう聞く気はないぜ」
トードはむっとした様に言い放つ。
「いや、全く君の言う通りだ」冬月は笑いながら言った。「死ねないのなら生きるしかないだろうな」
どこか冬月の様子は嬉しそうに見える。この男は本当に今の状況が分かってるのか?
「連れていってくれたまえ」
冬月が笑いを止めて手を差し伸べて言う。
「どこへ?」
トードが聞き返した。
「司令室だよ。そこしかあるまい?」
冬月は当然の様に言った。

***

綾波レイは下から上のアダムをじっと睨んでいた。
やはりアダムの目的は間違いない、私自身だ。
それならば却って好都合だった。向うを誘う事が出来る。
アダムの周囲の空間が歪む。またあれが来る!
レイはATフィールドを張ると共に、8号機に手近な壁を壊しにかからせた。8号機は壁を殴り付けていく。
ATフィールドの衝撃波が再び襲う!しかし今度は事前に察知していたこともあり、先の二回ほどの衝撃はない。しかしレイが全開のATフィールドを以ってしても完全には防ぎきれない。
はっきり言って、格が全然違うのだ。だがアダムは今までATフィールドを叩き付ける以外の攻撃はしてこない。おそらく他の攻撃方法はないはずだ。攻め方が単調なら、どんなに強力な武器だろうと攻略法はある。8号機の拳が叩き続けてた壁に穴が開く。
レイは8号機にまず穴の中に入らせた。そしてゆっくり牽制するように、自分が入っていく。アダムはそんなレイを薄ら笑いを浮かべた様な表情で見下ろしてるだけだった。
両者の格の違いを、一番知ってるのはアダム自身なのだ。しかし、その余裕は命取りになる。レイはあくまで冷徹に情勢を判断していた。
レイは中に入ると、ATフィールドで壁を圧壊させ、崩した瓦礫で入ってきた穴を塞ぐ。
レイ自身にもこんなバリケード、アダムの前には何の役にも立たないことは分かってる。しかしアダムの視界はふさげるし、少なくとも侵入してくればすぐに分かる。
これからやるのは鬼ごっこだ。捕まえにくる鬼はアダム、逃げるのはレイだ。しかしこれはレイにとってとてつもなく有利なはずだった。レイにはこのセントラルドグマからターミナルドグマに至るまで、全ての道は知り尽くしていた。当たり前の事だ。ここは彼女の生まれ、育った場所だから。
8号機に壁を突き破らせ、奥へと進ませる。破片が降り注ぐがレイはそれをすべてATフィールドで防いでいた。しかし8号機が別の部屋へと移ると、ATフィールドを完全に解除した。ATフィールドは諸刃の剣だ。ATフィールドの展開は、自分の身も守ってくれるが、ある程度はっきりとその展開を感じ取る事が出来る。これからレイはATフィールド無しでこの中を進行する。8号機には別経路を取らせた。
格の違い、強さをはっきりと悟り、レイを舐めきっているアダムに最も効果的と思われる作戦だった。
レイは歩いて、扉を開けて迷宮のようなセントラルドグマ内を進み続けた。進路はわざと入り組んだ様な道を取る。
向うにはATフィールド無しでもある程度レイの居場所は分かるだろうが、それも朧げだ。
そのまま無理矢理壁を壊して進んでくるか、それともレイと同じで歩いて進んでくるか。壊して進んでくれば接近は一目瞭然だ。逃げよう等いくらでもある。歩いてきたのではこの内部を知り尽くしたレイに敵うわけがない。
(追ってきて…)
レイはひたすら歩き続けた。時間稼ぎと、誘導、この行動にはその二つの意味がある。
8号機の状態を確認しながら奥へ進んでいく。アダムの位置も確認した。殆どATフィールドは使用していない。レイと同じで徒歩で追ってきている様だ。
しかし次第に奇妙だ、と思いはじめた。
こちらがこれだけ動き回っているのに、アダムが殆ど動かない。はっきりとは分からないまでも、大体のこちらの位置はわかるはずだ。それがさっきから同じ場所から殆ど動かない様なのだ。表情は変えないまでも、内心少しずつ焦りはじめていた。
(どうしたというの…)
もし一個所でじっとしてるのならそれはそれでやりようがある。しかし相手の意図が読めないのは不気味なのだ。対応に戸惑う。
レイは何度もアダムの位置を確認した。やはり殆ど一つの場所から動いてない様だ。この場所は…?場所は例のものがある階。それ自体は好都合だ。しかしどうしてこの場所に…その位置を思い出す。そして次第にレイの表情のない顔が、一層凍り付いていった。まさかあの場所は…
レイはいきなりATフィールドを全開にした。天井を睨むと、パイプがひしゃげ打ちっぱなしのコンクリートの天井が吹き飛ぶ。
(まさか、まさか…)
レイは完全に取り乱していた。目的の場所へと、文字どおり飛んでいく。やがて一つの扉の前で止まった。避難シェルターの前。レイがロックを睨むと内部からしか開かないはずの扉が、いともたやすく開いていく。レイは静かに中に入って行った。中からは、何一つとして物音がしない。灯かりは完全に消えている。使用されてないのかもしれない。
普通ならそう思う。しかしレイには分かっていた。何よりレイにとって不愉快な臭いが充満している。再びレイの目配せ一つで電燈が点いていった。電燈が点いた時、目の前に広がっていたのは…
累々たる死体の山。全員が何かに押しつぶされたような格好で積み重なっている。誰がやったのかは分かっていた。
アダムだ。まさかあれがそんな事にまで頭が回るとは思いもしなかった。追うのではなく、おびき寄せる。レイが人間の、誰かを守ろうとしていたのを悟っていたのだ。
レイは冷静に一人一人の顔を見ていく。ここは両親のシェルターではない。近いので慌ててしまった。アダムがここにいないところを見ると、おそらく襲ったシェルターは一つではないのだろう。ここに両親がいないからと言って、安心は出来なかった。しかしここで騒げばこちらの負けだ。一応一人一人の顔を覗き込んで確認していくが、知ってる顔は一人も見つからない。とりあえず安心したが、どこか悲しくもあった。取り敢えず彼女が守りたいのは碇シンジと、次に両親、そしてその他の人々だ。他人の死体を見ても、殆ど何も感じない。苦悶の表情を浮かべ死んでいる死体に、うらやましささえ感じてしまう。人間として死ねるのだ。自分がそんな事を考えると言う事が、辛い。そう思った時…
突然死体の山を跳ね除け、何かが飛び起きた。
レイはとっさに反応し、後ろへと飛んでいく。しまった!感傷にひたって注意を怠った!
死体の肉片が飛び散る。その中から現れたアダムがレイに向かおうとした瞬間、突然シェルターの壁が何者かに寄って突き破られた。巨大な手が伸びる。破った壁の穴を身体で更に切り崩して8号機が現れてきた
アダムが思わず8号機の方を振り向いた。8号機はすかさず手に持っていた得物をアダムに向けつき出す…ロンギヌスの槍を。
最初からレイはそのつもりだった。だからこの階にアダムをおびき寄せた。5号機と、その他にロンギヌスの槍が保管されていたこの階に。アダムが予想外の行動を取った所為で多少手順が狂ったが、レイがアダムをおびき寄せ別経路でロンギヌスの槍を手に入れた8号機がそのアダムを倒す。単純な陽動作戦だが、力の差を甘く見てるアダムには有効なはずだった。
その狙いが違わずにアダムはまんまとはまった。二重の螺旋を描いた槍の穂先が、まっすぐアダムへと伸びていった。

***

突然冬月と一緒に司令室に入って来たトードを見て、全員が目を丸くした。
「ちゃんと脚はあるぞ」トードが飽き飽きしたように言った。
しかし長瀬の疑いの眼差しは消えない。長瀬はトードに向けて銃を抜いた。
司令室に一斉に緊張が走る。
「おい、何のつもりだ!?」
トードが表情を凍り付かせて言った。まっすぐ自分の方を向いてる銃口を見て、ゆっくりと息を吸う。
「信用できないわ」長瀬が冷酷に言い放つ。「手を出しなさい」
何の事かわからないまま、トードは右手を前に向けて差し出す。
「そっちじゃないわ。左手の方。腕を横に伸ばして、手の平をこっちに向けて」
トードはこちらを向いている銃口を見つめながら、息を呑んで長瀬の言う通りにする。
突然長瀬は焦星の狙いの先を変えて、トードの差し出された左手を打つ。銃声と共にトードの手に、ぽつっと穴が開いた。
しばらく全員が呆然としていた。
「どうやら本物の様ね」
長瀬が変わらぬ冷酷な口調で言う。
突然トードが痛みを思い出したように叫びだした。絶叫が部屋中に広がった。
穴の開いた左手を抱えてうずくまる。と、思ったら突然立ち上がって長瀬に乱暴に掴みかかった。
「このアマ!なんてことしやがるんだ!!!」
ものすごい形相で迫る。トードが示す左手からは血が流れ続けていた。
「利き手じゃないでしょ」長瀬は襟首を掴まれたままトードを睨み付けた。「それにちゃんと骨の間を狙ったわ」
「そういう問題じゃねえだろ!!いきなりこんな出迎えするかよ!」
「一番簡単で確実に生身かどうか見分ける方法だわ。それとも公務執行妨害、器物破損、チルドレン誘拐、その他諸々の実行犯として鉄格子付きの車で出迎えして欲しかったのかしら?」
長瀬は睨み付けるような目付きのまま言った。トードはたじろいだ。自分のやった事が許されるわけがないのだ。特にシンジたちには。
「どうやって戻ってきたのかは知らないけど、事態はいまそれどころじゃないのよ」長瀬は緊張した面持ちだ。「もし許して欲しいのなら、全てが終った後に自分でなんとかなさい」
「アダム発見しました!」
オペレーターの声と共にメインモニターにシェルターが映る。死体が累々と積み重なる中に、アダムともう一人別の人影が立っている。すかさずその部分がクローズアップされる。榊ユリ…いや、綾波レイだ。
「どういうことだ?」トードが呟く。
「こっちが聞きたいわ」長瀬が答える。
突然、レイの背後の壁を突き破って8号機が乱入してくる。手にロンギヌスの槍を持って。ロンギヌスの槍がアダムに向かって伸びっていった…

ロンギヌスの槍の穂先がアダムに向けて伸びていった。初めて、アダムの顔に驚きの表情が走る。
仕留めた。
レイは確信した。しかし突然、槍の進路に一本の巨大な腕が、アダムの隣の壁を突き破って現れた。槍はその腕を突き抜け、勢いを失いながらもなおもアダムに向けて伸びるがアダムの鼻の先で止まった。8号機が槍を引き抜く。腕に続いて現れてきたのは、もう一体のエヴァ…5号機だった。
とっさに危機を感じて動かしたのだろうか?…いや、違う。5号機の格納庫からはだいぶ距離がある。偶然かどうかは知らないが、5号機を見つけてはじめから槍の盾にするつもりで待たせておいたのだ。考えてみれば、ずっと槍に貫かれてたアダムが槍の事を考慮しないわけがなかった。
レイは自分の甘さを痛感した。
5号機がゆっくりとレイの方を向いた、かと思った瞬間、突然すばやい動きに移ってレイにつかみ掛かろうとした。
とっさに8号機を動かして、腕を防ぐ。丁度二体のエヴァが組み合う形になった。
二体のエヴァが押し合いをする。しかしダメージの大きい8号機の方が不利だった。左腕をねじられ、へし折られそうなまでに曲げられる。しかし右腕に持ったロンギヌスの槍が動く。ロンギヌスの槍が5号機の胸に鋭角に突き立てられた。
一瞬、アダムの展開したATフィールドが防ごうとするが、槍に触れたとたんたちまち融ける。
5号機が叫び声を挙げた。
力では押し負けてても、槍がある分こちらが有利、そうレイは見た。
8号機は槍を引き抜き、5号機の腹に蹴りを入れて相手を吹っ飛ばした。一旦距離を置いたのだ。その隙にレイは8号機の肩に再び飛び乗る。
5号機は槍の傷痕から体液を撒き散らしながら立ち上がるが、槍の牽制に躊躇したように動かない。
(勝てる!)
レイはそう口の中で呟いた。
突然、アダムが5号機の頭上に現れた。周囲の空間が歪みはじめる。フィールドを張る前兆だ。
(無駄よ!)
8号機は槍をアダムに向けて突き伸ばした。と、突然、その腕の動きが止まる。
レイは突然の事に何が起こったか解らなかった。8号機は槍を押そうとしている。しかし一向に進まない。そんな馬鹿な!?フィールドは無効化されるはずなのに…
急に8号機が叫び声を挙げる。獣とも何ともつかない叫び声。槍を持つ腕が見えない何かにねじり上げられている。
まさか、とレイは思った。槍に対してではなく、右腕の周囲にATフィールドを展開しているのか!?
そう思った瞬間、8号機の右腕が有らぬ方向にぽっきりと折れ曲がる。8号機のうなり声の様な絶叫が響く。固く握り締めた槍はかろうじて放さなかった。しかしもう右腕は使い物にならない事は一目瞭然である。
まだ!左腕が残ってる!
しかし槍を持ち替えさせる余裕はなかった。5号機が強烈な体当たりを食らわせて来た。レイを肩に乗せた8号機もろとも、壁を突き破り、そのまま突き進んでいく。
壁をぶち破ってもまだ勢いは止まらない。レイは8号機の肩にしがみついてるだけで精一杯だった。動かす余裕はとてもない。かろうじてATフィールドで壁面に叩き付けられる衝撃を避けていた。
5号機はそのまま壁を突き破って行き、壁面に大穴が開いた部屋へ出た。
さっきアダムを中へ叩き込んだ部屋だ!
そう思う間もなく、レイは8号機と5号機ごと、メインシャフトに叩き落とされていた。

***

彼らが見た映像は、5号機のタックルで8号機とレイが壁をぶち抜いてシェルターの外に押し出された所までだった。
かろうじてターミナルドグマへと落下していくレイと、エヴァ二体の反応は捕捉できていた。
「冬月先生、どういうこと?説明してくださらない?」長瀬は冬月に迫った。「何故綾
波レイは使徒の反応を示し、使徒としての能力を振るうのか、何故アダムは綾波レイを狙うのか、何故地下のリリスには顔がないのか…」
冬月はじっとモニターを見た後、長瀬たちを見渡した。「それらの答えは全て一つに集約する」
「一つに?」長瀬が問い返す。
「そうだ。リリスのコアは抜かれている。しかし、それは隠されていたわけではない。常に我々の目に入る場所にあったのだ」
「そんな馬鹿な!?」長瀬が叫ぶ。「それだったら見つからないはずがありません!私たちが徹底的に調査しても見つからなかったのに…」
「本当に目の届く範囲にあったのだよ」冬月は繰り返した。「我々は折りに触れ見てきたはずではないのかね?二つの赤い瞳を…」
「赤い目…?」それが何を意味するのか全員にすぐ分かった。「まさか、ファーストチルドレンが、綾波レイが…」
「そうだ。唯一母親のコアを持たずしてエヴァを操った存在。サルベージされた碇ユイの肉体を持つ者。彼女こそがリリスのコアを受け継いだ者、すなわちリリス自身だ」
ファーストチルドレン自身が、使徒?一斉に全員がざわめいた。
長瀬が猛然と冬月に食ってかかる。
「どういう事!?ネルフは…いえ、碇ゲンドウは、わざわざ使徒を飼っていたというの!?使徒を倒すための組織で…!」
「おい、落ち着け」
トードが本当に食いつきかねない勢いの長瀬を止めようとする。
「世界を滅ぼす使徒をかくまっていたというの!?」
「落ち着かねえか!!」トードが一喝する。長瀬が驚いた様な表情で止まった。「今はそれどこじゃねえんだろ」
長瀬は意外な落ち着きを見せるトードをまざまざと見つめていた。トードがこうして落ち着いてられるのは、恐らくさっき冬月の話を聞いているから、ネルフという組織、というより碇ゲンドウという男が何をしても不思議ではないと感じていたからだろう。もっともそんなことは長瀬は知らない。
「冬月センセ、あんたにもう一つ聞きたい」トードが振り向いて言った。「あの女…綾波レイはリリス、使徒だと言ったな」
「そうだ。第二使徒、リリスだ」冬月は静かに答える。
「じゃ、何でだ!?どうして使徒ならアダムの所へむかわねえ!?どうして綾波レイは今までの使徒と同じような行動を取らねえんだ!?」
全員がトードの言葉で初めてその事実に気がついた。そう言えば何故だ?使徒はすべからくサードインパクトを起こそうと地下のアダムへと…実際にはリリスの肉体に過ぎなかったのだが…向かおうとした。だがレイが取ってる行動は正反対…アダムと戦ってるようにすら見える。
「それが使徒の本能なんじゃないのかい?」トードは付け加えた。
暫しの沈黙。冬月はゆっくりと口を開いた。
「…わからん」モニターを見つめたままだった。「わからん、が、リリス、いや綾波レイは人間の魂を持ったのかもしれん…」
「魂!?馬鹿馬鹿しい!」長瀬が吐き捨てる。
しかし冬月はそれには答えなかった。「そして、おそらく、だからこそ人類補完計画は失敗したのだ。それが補完計画失敗の二つ目の理由だ」
トードがじっと冬月を見つめる。さっきの話を思い出していた。何かの理由で人類補完計画は失敗したと言っていた。一つは碇シンジが原因、二つ目は綾波レイが原因。同じ原因ではないのか?補完計画には心を融け合わす以上のものがあったのか?
「たいへんです!」突然日向が叫んだ。「ターミナルドグマへと向かおうとしてる者がいます!」
一斉に皆が正気に戻る。今の状況を思い出していた。この状況下でターミナルドグマに?誰が!?
「まさかアダムが綾波レイを追って!?」
長瀬の顔に緊張が走る。
「いえ、違います!」日向は続けて報告する。「直通の高速エレベーターを使って降りてます。人間です」
「映像出せる?」
「やってみます」
日向がコントロールパネルを操ると、シースルーの壁のエレベーターシャフトが移る。その中を降りているエレベーターと、中の二人の物陰がはっきりと見えた。
「アップにして」
長瀬の指示に、映像の倍率が上がっていく。画面にははっきりと碇シンジと、惣流・アスカ・ラングレーの姿が映っていた。

「避難してなかったの!?」長瀬は後悔した。状況が状況なだけに確認作業が取れなかった。それともう一つ、セカンドチルドレンも!?トードと同じように復活してたのか!
「何するつもりなの?あの子達?」
「何考えてるんだ!」トードが慌てて出口へと向かう。「連れ戻してくる!」
「無駄だと思うがね」トードの背に冬月が一言呟く。トードには聞えず、そのまま出ていってしまった。「今からでは到底追いつけんよ」
長瀬がこの状況下で一人平静を保っている冬月を見慣れぬものを見る表情で見つめていた。
「我々は三年前、世界の運命をあの三人の子供たちに委ねてしまった。本人の意志とは関係なくな。そして今再び、それは彼らの手に委ねられた。これは我々のツケでもあり、彼らへの借りでもあるのだ。我々にはもはや見守る以外のことは出来んよ」

***

「どっちなの、シンジ!」
ターミナルドグマに降り立ったアスカは、開口一番そう尋ねた。
「こっちだ!」
シンジは以前長瀬に見せられた初号機の保管場所へと、記憶をたどりながら向かう。
向かっている途中、メインシャフトの方で大きな物音がした。何か巨大なものの落下音。
「何なの!?」
「アダムかもしれない」シンジが言う。「急ごう」
シンジに命令され、アスカの表情がキッと険しくなるが結局言葉通りに従った。
以前来た事がある、格納庫の前へ来る。シンジの指が扉のパネルを叩く。
「しまった!」シンジが手を止めて呟いた。「カードキーがなくっちゃ開かない」
「アンタホントにバカ!?」そんな大事な事を忘れてたのか、というふうに言う。アスカはシンジを押しのけてパネルの前に立った。「私にやらせてみなさいよ!」
アスカはパネルの表面のキーを睨むように叩いていたが、突然手が止まった。「あれ?セキュリティーがリセットされてるわよ?」
もう一度叩くと、扉が手も無く開く。おそらく二度のアダムの雄たけびでイカレてしまったのだろうが、そんなことはアスカもシンジも知る由もない。
中には上半身だけベークライトの塊から掘り出された初号機が胎児の様な格好で存在していた。
「ホントにあった…」
アスカが見上げて呟く。目の当たりにするまでは、どこか信じていなかった。
シンジは当たりを見回していたが、作業用の昇降機の付いた車両を見つけると、アスカをつついた。「あれだ!」
「え?」
「アスカ」シンジが真顔で迫った。「お願いがあるんだ」

メインシャフトに叩き落とされたレイは、その瞬間、完全に体勢感覚を失っていた。本来ならATフィールドで防げた落下も、防ぐ事が出来なかった。かろうじて地面に叩き付けられる瞬間にATフィールドを展開して落下の衝撃を防げたくらいのものだった。
「くっ…!」レイはうめきながら身体を起こす。体中のあちこちが痛い。
今までは、昔はこんな痛み怖くはなかった。しかしこの傷の、打ち身の一つ一つの痛みが生の証であると共に死へのカウントダウンでもある。
手を見つめた。微かに震えている。それを何か見慣れないものを見る表情で見つめた。
いや、手だけではない。身体全体が震えている。ターミナルドグマのひんやりと湿った空気のせいでも、身体の痛みのせいでもない。
たまらなく怖かった。死ぬ事が、アダムに殺される事がたまらなく怖かった。碇シンジという人間のいる自分という世界が消え去ってしまうのが怖かった。死ぬのが怖いという事は、生きるのが怖いという事でもあった。
昔は生きる事は苦痛ではあったが怖くはなかった。ただ目の前にあるものに反応し、感じたままに動く。思考ですらその例外ではなかった。思考も結局は肉体の一部なのだ。
昔は怖くなんかなかった。生きる事は苦痛の海、死はそれからの解放、無の安らぎの世界のはずだった。
だが今はとても怖い。何時からだろう、こうなってしまったのは。暗闇の中に碇シンジの笑顔が浮かぶ。
『微笑えばいいとおもうよ』
その笑顔が碇ゲンドウの顔にすり替わる。そう、あの時はシンジに微笑んだのではない。シンジの中の、碇指令に微笑んだのだ。だがあの瞬間、何かが大きく変わった。それまで碇シンジなどという人物、存在しないも同然だった。ただかすかな疼きは覚えていた。自分にはない、碇指令との絆を持った人間。それなのに彼はそれが不幸の始まりだと考えている。最初は「好き」か「嫌い」で言われれば「嫌い」の方だった。正確に言えば「嫌い」というより「不快」の方が正しいのだろう。
彼女の中に碇シンジという人間はいなかった。ただそこに、不快な環境が存在してるだけだった。
しかし、あのシンジに微笑んだ瞬間、碇指令しかいなかったはずの彼女の世界に、徐々に碇シンジが入り込んできた。
特に何かがあったわけではなかったはずだった。日常の中で、他の人間に対するのと同じように、接する…つまりほとんど接しないで来たつもりだった。
『おかあさん、って感じがした』
あの時感じたのは何だったのだろう?思い出すと胸の奥が熱くなる。
『何を、言うのよ』
どうして応えてしまったのだろう。意味のない戯言なら、無視すれば良かっただけなのに。
碇シンジが彼女の部屋を掃除した時もそうだった。
『あ、ありがと…』
どうしてあの時礼を言った?何故言わなければならなかった?生きる事は苦痛でしかないのに。
あの後その言葉を何度も何度も噛み締めた。あの時何かを感じなかったか?戸惑いと同時に、何か痛いものを。
『ほら、心が痛いでしょ?』
これは…覚えてるはずのない記憶。その目が覚えているのだろうか?
『いいえ、これは「サビシイ」…』
そう。寂しかった。心がないわけではなかった。心はあった。常に彼女の中に。ただそれを名付ける名がなかった。だから認識してなかった。それらは全て無意識下の存在だった。
生きる事も死ぬ事も怖くはなかった。生きる事は苦痛の海。死ぬ事は自由への解放。そのはずだった。渚カヲルと同じはずだった。
本当に欲しかったものは碇指令の笑顔。でもそれは手に入らなかった。碇指令は私を見て微笑んでくれた。でもそれは私に対して向けられたものではなかった。あの人の笑顔は常に私を素通りして、別の誰かに向けられていた。私を見つめてなどいなかった。
『贔屓になんかされてない』
そう、贔屓になんかされてない。あの人にとって、私は存在してないも同じ存在だった。でもそれで良かった。誰かの代わりでも良かった。私には碇指令しかなかったから。
あの時、碇シンジと「出会う」までは…
碇君は私を見て、私を見つめて微笑んでくれた。それは私だけの笑顔だった。碇指令の複製でしかなかった碇シンジの存在が、どんどん大きくなっていった。
碇シンジは碇指令が教えてくれなかった事を、私に教えてくれた。
微笑み、胸の疼き、感謝の言葉、寂しさ、怖さ、辛さ…
『私は人形じゃない』
そうだ、私は人形なんかじゃない。私には心があった。だからこそ碇指令の人形になった。でも私は人形でなくなった。環境でしかなかった他の人間が、どんどん私の中に入り込んで来た。
でも碇指令は最期まで私を求めてくれなかった…

その時、突然5号機が動き出す。レイははっとして振り向く。5号機は上に折り重なった8号機を押し退け、緩慢な動作で立ち上がっていった。
アダムは5号機のコントロールを手放してなかった!
5号機の目が無気味に輝く。上を見上げたがアダムの姿は見えない。楽しむつもりなのだ。猫が鼠を食う前にもてあそぶように、子供特有の残虐さで。
レイは必死で8号機のコントロールを取り戻す。ダメージは大きい、だが動ける!
5号機が拳を振り上げ、レイに叩き付けようとした。そのレイの上にとっさにかばうように8号機がかぶさる。5号機の拳は8号機の背中を叩いた。装甲板が砕ける。
8号機はゆっくりとレイを左手に持って立ち上がった。5号機以上に緩慢な動作だ。無理もない、ダメージはずっと大きいのだ。
レイは8号機の右腕を見つめる。槍は握り締められているが、折れたところから力なくぶら下がっている。持ち替えるにはレイがまず左手の上から移動しなければならない。しかしそんな余裕を相手が与えてくれるはずもなかった。
5号機が拳をうならせ、もう一度8号機に殴り掛かる。8号機は二重に折れ曲がった右腕を前にして、それを防ぐような仕種を取った。しかしもはや8号機にそのパンチに耐えるだけの力はなかった。そのまま背後の壁を崩して後ろに吹き飛ばされていた。

「なんでこのアタシがここまで来てこんなことしなきゃいけないのよ!」
昇降車に乗ってキーを回しながらアスカが吐き捨てる。シンジは後ろの昇降機のカーゴの上に乗っていた。
私はアダムとあの女が死ぬところを見に来たのよ!?それなのにシンジの言う通り、優等生を助けるような真似をしてどうするのよ!
ちくしょう、どいつもこいつも馬鹿にしやがって…!アスカはキーを回しながら泣きそうになった。
嫌だ。
アスカは突然手を止めた。
私、ちっとも変わってない。
ハンドルに顔を埋める。結局人に認めてもらうために頑張って、頑張っても頑張ってもそれで結果が思ったように出ないと人の所為にする。
アイツは特別だから。他に能なんかないものね。アイツさえいなければいいのに。
3年前、私はその事に気付いて自分の中に逃げ込んだ。でも次に現れたのはファーストに似たあの女。いえ、ファースト自身?そんなことどっちでもいい。私、あの女が怖かった。
私は死ぬのが怖いのに、あの女は怖がらなかった。
私は人の言い成りになって裏切られるのが怖いのに、あの女は怖がらなかった。
私が怖いものを、あの女は怖がらなかった。
だからあの女が怖かった。
そして過去に逃げた。トップの成績を誇るエヴァパイロットとしての私がいた時間に。みんなが私を大事にしてくれてたあの世界に。私の心地よいプライドが保たれるあの場所に。あの女なんか何でもなかった自分に。
でも結局そのプライドが邪魔をした。私に怖いものなんかないって思い込もうとした。その先に怖いものがあるのを本当は分かってるし、後悔するのは分かってるのにプライドの為に目をつぶって突進してしまった。
今度はアダムの中に逃げた。もう何も考えたくなかった。融けて消えてしまいたかった。苦痛も快楽も、全て麻痺させて眠らせたかった。でも出来なかった。
シンジが現れたから。エヴァパイロットとしての私の立場を奪った奴が、今度は私が望んだ世界に望まれようとしていた。我慢出来なかった。何もかも憎かった。
何故そこまで憎いのかは本当は判っていた。碇シンジは私の世界の中で、私に近い位置に立っていた。ただぼーっと人の言いなりになって毎日を過ごしてる奴なのに、ただ一緒に暮らしてたという事実だけでそうなっていた。
日常生活では空気みたいな奴だった。でもどんな人間にも空気は必要なのだ。普段見えない自分の部分を見てくれる存在が。本当は誰でも良かったはずなのだ。ただ一緒にいたのがシンジだったというだけにすぎない。いや、本当はシンジでなくてはいけなかった。エヴァパイロットしての立場、私には及ばないけど同列の存在。適度にプライドを満足させ、なおかつ仲間だと安心する適度な位置。そのはずだった。
でも同時に私を脅かす、エヴァパイロットになっていった。憎かった。
重要でないけど、必要な空気、私の居場所を奪う奴。
正と負の間のフィードバック。お互いがお互いをどんどん増殖させていった。
私は引き裂かれそうになった。結局アダムから追い出され、引き裂かれそうになった私はシンジの胸の中に逃げた。本当は撃つかもしれなかった。問題を起こすものを消す事で問題そのものを消してしまう、それも一つの解決法だった。でも出来なかったのはそうしてしまうと、今度は本当に帰る場所がなくなってしまうから。
だから私は思いっきり憎悪に目をつぶってシンジの腕の中に逃げた。シンジだって本当は苦しんでるのは分かってた。でもそれは甘えだと思ってた。今でもそう感じてる部分はある。でも自分の都合のために思いっきり目をつぶった。
でも今度はシンジにも捨てられようとしてる。今度は私は何に逃げればいいの?
「アスカ、なにやってるの?」
痺れを切らしたシンジの声が後ろからする。こっちの気持ちなどまるで知らない口調だった。
「うるさいわね!やってるわよ!!」アスカは狂ったようにキーを回し始めた。「やるわよ、やってやるわよ!!」
ちくしょう!
アスカは胸の中でつぶやいた。
ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!!

台の上で待っていたシンジがアスカの様子を見に行こうかと思った時、やっとエンジンの始動に車体が揺れはじめた。
ゆっくりとカーゴが昇って行く。カーゴを支える折りたたまれたアームが伸びて、まっすぐ上に向かって行った。
シンジにはさっきのアスカの口調が少し気になった。しかし昇りはじめた今、それを確認しに行く事は出来なかった。
アームが伸びて、初号機の肩ぐらいの位置まで昇る。一旦そこで止まって、今度はエントリープラグの方へと、ほぼ水平に移動していく。エントリープラグから少し離れた場所でカーゴが止まる。これ以上先は下からより、カーゴから動かした方がいい。
シンジはカーゴの操縦管をあやつって、エントリープラグの強制排出レバーのある位置にぴたりとつける。
手を伸ばしてレバーを握った。思い切って、力いっぱい引く。とたんにエントリープラグを覆っているカバーがガタン、と開く。
やった、生きている!
続いてエントリープラグが勢い良く飛び出すが、中途半端な位置で止まってしまった。シンジは期待を裏切られた気がした。でもハッチを開ける事はできそうだ。今度はカーゴをエントリープラグの横に付けた。ハッチのレバーを引くと、ハッチはかろうじて開いた。中から三年間閉じ込められた空気が漏れてくる
シンジは開いたハッチから中を覗き込む。中の灯かりは点いてない。当たり前だ。バッテリーはとっくになくなっている。開いたハッチから侵入する灯かりだけが中を照らしている。
内部は記憶通り過ぎる位に覚えていた通りだった。封印は、エントリープラグの中の3年間の時間の経過を拒んでいた。しかしLCLがほとんどなかった。ある程度予想はしていたが、これは痛かった。ヘッドセットやプラグスーツがなくてもある程度シンクロは可能かもしれない。しかしLCLがなくては決定的にシンクロは不可能だ。
何か手を考えなくてはならない…カーゴをゆっくりと下ろしながらシンジは考えた。
そうだ、LCLプラント!あそこまで行けば…だがどうやってLCLを運ぶ?あるいは上にいる長瀬に連絡すれば…
そこまで考えた時に、突然壁の一面が崩れ、二体のエヴァが中に入り込んできた。小さな破片がとびちり、シンジにもぶつかる。埃も舞い上がっていた。
そしてシンジはそのうちの一体…組み伏せられている方のエヴァの左手から誰かが放り出されたのを見た。見覚えのある人物だった。
「!?綾波!?」
彼女がシンジの方を見る。何故ここに居るのか信じられないという表情で見た。
「碇君!?」
レイの注意がそれた今は、5号機にとって絶好のチャンスだった。だが攻撃してこない。5号機は奥の新しいエヴァンゲリオンを、じっと見つめた。小首をかしげるような感じすらある。これは敵か、それともデクノボウか、そう考えている様だった。
チャンスはレイに移った。レイはとっさに8号機に槍を持ち替えさせようとする。
しかし5号機の反応もすばやかった。8号機の折れた右腕を、折れた上から掴む。8号機は組み敷かれたまま左手を槍の方へ伸ばそうとするが、5号機は右腕をひっぱり左手に届かせるような事はしなかった。
ぎりぎりと掴み上げられる8号機の腕が突然、嫌な肉の潰される音をさせた。5号機の指の間から体液が吹き出した。飛沫は床の上に滝のように流れ落ちる。5号機はそのまま空いた手で8号機の頭を床に押さえつけ、叩き付けた。8号機の頭が床を顔半分ほど、陥没させる。そしてそのまま8号機の右腕を勢い良く引き千切り、そのまま壁めがけ投げ飛ばす。槍を持ったままの腕は壁にぶつかり響きを上げさせ、そして壁に血の模様を描きながらずり落ちていった。
8号機は口を開き、叫び声を挙げようとする。しかしもはや手後れだった。押し付けられた頭部がみしみしと軋みはじめる。目の光も点いたり消えたり、瞬きだした。
(もう、駄目なのね…)
レイは覚悟をした。そして碇シンジの方を見る。シンジは呆然とした目で目の前で起こってるエヴァ同士の戦いを見つめ、そしてレイを見つめていた。
碇君にとって、私はバケモノかもしれない…
おそらく碇シンジはレイの正体を知ってるはずだ。ユリだった頃に取ったシンジの態度からそう確信していた。
でも、碇君を殺させはしない!
レイは決意を秘めた表情になり、8号機に最後の命令を下した。
8号機の左腕が伸びていく…5号機にではなく、綾波レイに。8号機の手がレイの身体を掴む。レイは微かな、しかし寂しげな微笑みを浮かべてシンジを見つめた。
碇シンジを救けるには、もうこれしかなかった。自分がいればアダムはかならずサードインパクトを起こす。そうすれば、世界の殆どの人間が死滅する。少なくともこの施設にいる人間は全員助かるわけがない。しかしアダムを殺す事はもはやかなわない。だが、まだ一つだけ方法はあった。それを実行するつもりだった。
シンジも綾波レイが何をしようとしてるかに気付いた。何故そうしようとしてるのかはわからない。でもやろうとしてるのは確実だった。
「駄目だ、綾波!!」
シンジは叫んだ。レイは出来るだけ笑顔を浮かび続けようとした。でも駄目だ、怖くて、涙が出そうになる。身体が震えていた。
(さよなら、碇君…)
レイは心の中でつぶやいた。最初からこうなることはわかってたのかもしれない。でも足掻いてみたかった。碇シンジと一緒に生きてみたかった。でももはや叶わない。
「誰か救けて!綾波を救けて!!」
シンジは絶叫した。レイは8号機の方を見る。8号機の目の光が消えようとしていた。時間がない。8号機が死んでしまった後ではもう手後れなのだ。
(お願い…私を殺して!)
8号機が最期の力を振り絞ろうとする。レイの顔に苦悶の色が浮かぶ。
シンジの目に映ったそれは、かつての自分の行動を思い浮かばせる。初号機の手に握り締められた渚カヲル。最後までたおやかな表情を浮かべて消え去った最後のシ者。
「お願いだ!誰か救けて!」シンジにはもう声を張り上げて絶叫するしかなかった。アスカも感情を凍り付かせた様にその様子を見ている。これは自分の望んだ光景ではないのか?それなのにシンジの絶叫を聞いてると、心が痛む。まるで自分自身がレイを殺そうとしてるかのように。その行動こそが自分の弱さの証だと知っていた。それに耐えられそうになかった。「誰か救けて!母さん!」
何故いきなり自分が母の名を呼んだのか、シンジには解らなかった。しかしシンジは常に母の匂いを感じていた。
何に?綾波レイに、そして今もう一つ目の前にある…
「母さん!母さん!母さん!!」
突然初号機の目が輝き出す。首を伸ばし、戒めから逃れようとしだした。下半身を包む硬化ベークライトに亀裂が走る。5号機の顔が初号機に向いたとたんに、ベークライトの破片が飛び散る。
あっという間だった。雄たけびを上げて飛び出した初号機が5号機を殴り飛ばし。同時に8号機の左腕を掴んで締め上げる。5号機はそのまま後方へとまたもや壁を破壊しながら殴り飛ばされ、8号機の指が開きかけて来た。しかし8号機の腕は完全に手が開く前に握り潰され、あっけないまでにあっさりと床へと落ちた。その衝撃にレイは投げ出される。初号機は再び天を仰いで雄たけびを挙げた。
細かい硬化ベークライトの破片が、まるで雪のように光を反射しながら降りしきる。
シンジはその初号機の姿を見て、レイが助かったことにほっとするより以前に、おぞましさを感じた。
初号機の姿のおぞましさ、そして何より、母の名を呼んだ自分に対するおぞましさ。
おぞましき母の愛、子の依存。シンジは自分が情けなかった。結局最後の瞬間に自分は親にすがってしまったのだ。
シンジは泣きたくなった。だが今この際、そんな事を考えている時ではない。
「母さん!」シンジは目をつぶって、声を張り上げて叫んだ。「最後のお願いだ!アダムを殺してくれ!!」
シンジは言いながら泣きたくなった。結局親にすがるしかないのか、おぞましさを感じながら、不完全すぎる自分を見つめながら。そうして生き延びなくてはいけないのか!
「酷いよ」シンジは呟いていた。「酷いよ、父さん…」
初号機はしばらくシンジの方を見ていたが、やがて床に落ちたロンギヌスの槍へと向かう。初号機は8号機の腕がついたままの槍を拾い上げた。
5号機が作った壁の穴から、再び音がする。闇の中から手が伸び、穴の縁を掴むと5号機が顔を突き出すように現れた。同時に初号機がそちらに振り向く。
5号機が闇の中から完全に姿を現そうとする。
突然、初号機が雄叫びを上げて槍を手に突進し出す。5号機の周囲の空間が一瞬歪む。しかし役には立たなかった。槍が5号機の胸を貫く。5号機はそのままの勢いで後ろに吹き飛び、人形の様に仰向けに横たわる。初号機は地を蹴って倒れた5号機の上に馬乗りに飛び乗ると、両腕で槍を突き立てられたままの5号機を殴り付けた。何度も何度も殴り付けられ、5号機の外装が剥がれ素体が現れていく。
初号機は突然殴るのを止めると、5号機の胸に突き立った槍を引き抜いたか。と、もう次の瞬間には両手で逆手に握り締めた槍で5号機の頭を貫いた。5号機は身体を震わせて初号機に腕を伸ばそうとしていたが、やがてその腕は力なくどう、と床に崩れ落ちた。
初号機は5号機が完全に動かなくなるまでずっと槍を押さえつけていたが、5号機が沈黙するとやや前かがみに立ち上がり、そして槍を引き抜いた。

***

やっと綾波レイの捕捉が出来たのは、既に初号機が5号機を倒した後だった。
まだ片腕がぶら下がったままの槍を握り締めて立つ初号機の圧倒的強さを目の当たりにし、司令室の全員が沈黙せざるを得なかった。
同じエヴァのはずなのに、どうしてここまで圧倒的に違うのだ?決定的な違いは槍であろう。ATフィールドを無効にする槍。もしかしてこれがあれば勝てるかもしれない。
だが一体誰が初号機を動かしているのだ?
初号機を保管していた部屋を映す。投げ出されたぐったりとした綾波レイは既に確認していた。カーゴの上に立って自失呆然としている碇シンジも、そしてその昇降車の運転席でハンドルを握りながら震えている惣流アスカも。
彼ら以外に誰がエヴァを動かすというのだ!?もしや…
「暴走!?」
それしか考えられなかった。なんてこと、最悪だわ。長瀬は手すりを叩いた。
まだ彼らのうちの誰かが操っているならいい。だが事もあろうに暴走!?敵とも味方ともつかないものに自分の、自分たちの運命を委ねなければならないのか!
「大丈夫だ」冬月が長瀬の心中を察したのか言う。「彼女は味方だ…少なくとも、碇シンジにとっては」
「どこからそんな確信が!」長瀬が怒鳴りかえす。「もしかしたら、自分がアダムと接触してサードインパクトを起こす気かもしれないのに!」
冬月は淡々とした口調で答える。
「大丈夫だ。彼女は碇ユイだからな」
目眩がした。正気か?この男は!?
「あれが碇ユイなら、綾波レイは!?さっき碇ユイの肉体だって…」
「だが魂は、心はサルベージ出来なかったのだよ」冬月が付け加えた。「だからこそ碇の奴はリリスのコアを与えた…かりそめの妻を得るために」
長瀬の中のネルフと、碇ゲンドウと冬月に対する嫌悪感が深まっていく。
「そんな感傷のためだけに危険な使徒を!?」
「それだけではない。奴はレイとアダムにサードインパクトを起こさせるつもりだった」
これにはネルフスタッフ全員が騒ぎ出した。そんな馬鹿な、ネルフはサードインパクトを防ぐのが目的の組織ではなかったのか!?
「必要なのは、管理された状況で、サードインパクトを起こす事だったのだよ。補完計画の最終段階でね」
「どうして!?人類を滅ぼす気だったの!?」
「外を映してくれ」冬月が日向に言う。日向は戸惑いながらも言う通りにする。
正面スクリーンに赤く、輝く月が現れた。
「使徒が何故生殖の時にインパクトと呼ばれる爆発を起こすか…それはおそらく星間種子の意味があるのだろう」
「星間種子?」
「強力な肉体を持った使徒は、急速にその惑星で学習を終え、そして敵を排除していく。それ以上の繁殖には惑星一個では足りないのだよ」
「それと爆発に何の関連が?」長瀬は聞き返す。
「ノリ・タンゲレ…」冬月が呟く。長瀬は最初”ノリ・メ・タンゲレ”、すなわち”我に触れるな”、復活したキリストの言った言葉と聞き違えた。「ツリフネソウの学名、ホウセンカの一種だ。何かの拍子ではじける事により種子をばらまく。インパクトは人類を滅ぼす事が目的ではない。それは結果にすぎず、実際は種子をばら蒔く事が目的だ」
以前聞いたような気がする。だがそれと何の関係があると言うのだろう。
「つまりサードインパクトを起こせば、全ての人間の魂が詰まった種子、それを目的の場所へ飛ばせるという事だよ」
「何の為に?」長瀬が聞き返す。
「新しい種の肉体を得るためだよ」冬月が答える。
長瀬はモニターを見てから、冬月に振り向いた。「月、ですわね?」
「そう、月だ」
「やはり月の中に何かが…」
それを聞いたとたんに冬月が笑い出した。
「何が可笑しいんですの!?」
長瀬が食ってかかる。
「いや、失礼、思わず笑ってしまった。そうだな、君が知るわけはないのにな」
「知らない!?何を!」
「月の中には何もないよ」
眉を逆立てる長瀬に冬月が平然と答える。
「だって今、月が目的地だと…」
「確かに月が目的地だが、月の中に目標があるわけではない。目標は月自身なのだよ」
「なによ、それ…」長瀬は髪をくしゃくしゃに掻き上げた。
突然司令室に衝撃が走った。地震のような衝撃。まさかアダムかエヴァンゲリオンが何かしたのか!?
正面モニターの画面が変わる。映ったのは二体のエヴァンゲリオンが組み合ったままネルフ本部に突っ込む様子だった。
「そうだな、彼らもいた」
冬月が思い出したように言う。
「何考えてるの、あのエヴァたちは!」長瀬が毒づいた。
「メスを争ってオスが戦い、より優れたものが子孫を残す。当然の行動だろう?」
冬月の様子はどこか楽しそうな様子すらある。
「でも普通の生き物は殺すまではやらないわ!」
長瀬が怒鳴って言い返した。
「それはそうした方が種の保存が出来るからだろう?」冬月は落ち着いたものだった。この状況で落ち着いてるなんて、どうかしてる!「必要なのかね?最強の生物に、繁殖以外の目的での他の同種の個体の存在が。あるいはメスが一匹しかいないのに?一匹の精子は自分が卵子にたどり着いたら他の精子が死んでしまうなどと言う心配はせんよ」
なんてことだ。他者を必要としない、最強の個体。絶対の存在。ヒエラルキーの頂点は、一つで良いということか…しかしそういうことではあるまい、と思った。
「エヴァは人間なのでしょう!?」
「ああ、ある意味人間だ」
モニターを見ると、別のエヴァたちがさっきのエヴァたちが開けた穴に次々に入っていく。エヴァと交戦した戦自の部隊はすでにぼろぼろだ。
「だが他者への愛、依存といったものが我々人間に必要なのは、一人の個体が弱いからだ。だから人間は集団で、一つの生物とも言える。それで使徒を退けてきた…」冬月が不気味に語り続けた。今、彼に出来る事はそれしかなかった。「使徒はその人間の結びつきに興味を持ったのだろう。あるいはエヴァの側でちょこまかと動き回るちっぽけな存在こそが本当の敵だと気付いたのかな?ともかく、十五、十六、十七使徒は人間に非常に強い興味を持った。最後の十七使徒については殆ど完成形だろう。もし、あれと同じ存在が人間と同数、否、百分の一いれば、人間など手も無く駆逐される…」
「でも使徒はもういない」長瀬は言った。
「そうだ、アダムとリリス以外はな」
彼らには見守るしかなかった。

***


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