***

司令室で機器の調整をしていたスタッフが、奇妙な警告音に耳を傾けた。
多数の反応が迫ってきてる?こんな数の反応が?そんな馬鹿な。誤作動だと判断し、警報機のスイッチを切った。
それとほぼ同時に長瀬がいきなり入ってきた。
「どう、作業の方は?」
スタッフは少し慌てながらも答える。
「はい。現在情報系統稼働率は78%、迎撃システム等は38%と言ったところです。エヴァンゲリオン初号機の復旧も、現在急ピッチで…」
会話をしているところへ管制室に内務省のエージェントが入ってきた。
「部長、先日調べるように言われてたトード氏の身元ですが…」長瀬が振り向く。「どうやら当該しそうな人物が見つかりました。宮坂タカシ、失踪時10歳。セカンドインパクトの時、両親と海外に旅行中、行方がわからなくなっています。時代が時代ですから、その後まともな捜索も行われず、死亡認可も下りてます。両親は共に同時に行方不明になってますが、唯一身内としてはその祖父母が現在福島の方にいるようです。DNA鑑定などの結果多分間違いないのですが…」
エージェントは何の表情も浮かべず話を聞く長瀬に戸惑い、口ごもる。
「それで?」
長瀬が冷たい口調で促した。
「あ、はい」あわてて報告を続ける。「トード氏のことですが、身内に知らせますか?」
長瀬は無表情のまま顔をまた前へ向けた。「必要ないわ」
「いや、しかし…」
「死んだと思ってた者がやっぱり死んだ、なんて残された者にとってもつらいだけだわ。必要ありません」
「わかりました」エージェントは戸惑いながら受け入れる。「ところで部長…」
「何?」長瀬はディスプレイを見たまま聞き返す。
「最近、変わられましたね」少しためらいながら言う。
「変わったって?」
「その、最近何か丸くなったような…」
「つまり」長瀬は再び振り向いた。「前は角張ってたということね?」
「いえ、そういうわけでは…」エージェントは慌てて答えた。「でも、前は仕事中にこの様に私語を交わしてると非常に厳しい態度を…」
「そう思うのだったら、すぐに仕事に戻りなさい。やることはたくさんあるのだから」
「は、はい」
長瀬に言われ慌てて退出していく。
長瀬は報告を復旧度合いに関するチェックをしながらも、さっきのエージェントの言葉について考えていた。
(変わった?私が?)
そんなつもりはまるでない。しかし部下からも面と向った時最近妙に脅えたような態度を取らなくなってきた。そのくせ馴れ合ったような仕事内容になった訳ではない。向こうがこちらの仕事ぶりになれただけだと思っていたのだが違ったのだろうか?
そしてまた別の事を思い出した。トードの事の話題が登った時、なぜかわざとつんけんした態度を取ってしまった。何故腹が立ったのだろう?
きっとあの男を好きだったのだろう。別に異性として、ということではない、と思う。生きる方向性こそ長瀬とまるで異なるが、あの男の生き方はある意味、尊敬していた。それなのになぜ最後の最後であのようなばかげた行動をとったのか。なぜ勝手にいなくなったのか。
今まで一人で生きる事を恐いと思った事はない。だが今こそ、そしてこれからこそ何でも相談できる相手にいて欲しかった。そう思うと、勝手にリタイアしたトードに怒りすら覚える。ある意味裏切り行為だ。
(変わった、か…)
前は何も考えずにただ日々の忙しさの中で突き進むしかなかった。周りのことなど見る余裕はない。しかし今は少しずつ周りが見えてくる。自分は弱くなったのだろうかとも少し思う。しかし今の立場は足をすくませ、立ち止まってる時ではないのだ。
「通信、測定の復旧の遅れは約20%ね。タイムテーブルの修正はしておきます。今週中に10%までにしておきなさい」
「はい」
オペレーターは素直に返事をする。
「しかし、人手が圧倒的に不足してます」
たまたま側にいた青葉シゲルが抗議した。
「その点はすまないと思ってるわ」長瀬が珍しく素直に非を認めた。「でも今週さえ乗り切れば、戦自や国連に増員や技術者の派遣を要求できるわ。ここ一週が山場なの。すまないけれど、もう少しだけ頑張って頂戴。お願い」
青葉が素直に言う長瀬を意外な目で見る。
「どうかしたの?」
長瀬は不思議そうな目で見返した。
「いえ、別に…」
青葉は慌ててすぐに仕事に戻った。
「長瀬さん」日向マコトが再び仕事に戻ろうとしてる長瀬に呼びかけた。「来客の様です。なんでも第二東京市地方検事局の方らしいですが…」
「地検が?」長瀬がいぶかしげに聞き返す。
「はい。本部内に入れるように、要求してるようです」
地検が長瀬に何の用だというのだ?しかも本部内に入れろと。嫌な予感がした。
「判ったわ。ここに通して」長瀬が言う。
「いいんですか?」意外そうに答えた。
「ええ。でもその前に一応ネルフ本部周辺の探索をして。現在復旧してる監視装置のみでいいから」
「はい」
日向が長瀬の指示を実行する。近辺の森、道路などが次々に映し出されていく。森の葉影から偽装した装甲車、迷彩服の自衛官達の姿が覗く。
管制室にいるオペレーター達の目が釘付けになった。
「これはいったい!?」
日向が長瀬に問いかける。長瀬は唖然とした顔つきでモニターを見ていたが、すぐに気をとり直した。
「…しまった!」
長瀬は思いっきり後悔した。日本政府と、アメリカを甘く見すぎてた。まさかこの時期に、立ち上げまでしばらくかかるこの時期に仕掛けてくるとは思っていなかった。
良く見ると道路に止めてある何台もの車も偽装した車だ。まさかこの時期に強行手段に出てくるとは…
「どうして戦自が!?」
「政府の連中め!アメリカあたりに炊き付けられたわね!」長瀬は怒りを込めて吐き出した。「ネルフの利権をよその国に売り渡すつもりだわ!」
「まさか!そんなばかな!」
「政府のお偉方は私を疎ましく思ってたみたいだから、それほど意外ではないわ」長瀬は自嘲まじりに言った。「自分たちの肩にかかった荷の重さに耐えられなくなったのね。馬鹿な連中!」
「ではどうしますか?まさかこのまま地検の連中を通すわけには…」
「いいえ、通して頂戴」長瀬がはっきりと言い切る。
日向は呆気にとられて長瀬を見た。
「どうせ逃げも隠れもできないわ。だったら正面から対決します」
このまま自分が築いてきたものをあっさりと連中に手渡すつもりはない。向こうがそのつもりならこちらもそのつもりでやるだけだ。
「万が一に備えて、非戦闘員をシェルターに入れておいて。銃を使える物はもしもの時を考えて心の準備をしておきなさい」

***

「…これは抜打ちの避難訓練です。全員、慌てないように所定のシェルターへ避難して下さい。現在は有事ではありません。繰り返します、これは…」
女性の声のアナウンスが全館に響き渡る。
「何かしら?避難訓練をやるなんて聞いてなかったのに」
ヒカリが呟いた。
「だから抜打ちなんだろ?」
ケンスケが平和そうな口調で言う。
シンジは涙の跡を拭いてアナウンスの流れるスピーカーを見上げた。見上げた先にシンジ達の頭の上をまたぐように、立体交差の通路が渡されている。そこに一人の人影が見えた。大きさは子供くらい。白い髪を持ち、赤い目でシンジを見つめている。少年はシンジが自分に気付いたのに気付くと、誘うように見た後でふいっと背中を向け去っていってしまった。
あれがネルフ本部に入ってきてる!?誰にも気付かれずに?しかもシンジにこっちにこいと誘っているような態度。誘いに乗るべきだろうか?
シンジはトードの事を思い出した。トードはあれと対決して、死んでしまったではないのか?シンジが行っても同じ事になるだろう。しかしこのまま逃げてもいいのか?また、誰かがこの世界から消えるかもしれないというのに。
「碇、碇は一緒に来ないのか?」
ケンスケの呼びかけにはっとする。
「あ、いや、僕のシェルターは別の場所だから…」とっさに答える。
「そうか?それならまた後でな」
トウジが手を振る。シンジも手を振り返し、すぐにあの少年の去った方向へ走って行った。
これが最後の対峙になるかもしれない…
そう思いながら。

***

榊ユリはその時8号機の置かれている格納庫にいた。補修途中でそのままおかれてる8号機を下から見上げている。
長瀬は榊ユリが綾波レイである可能性を隠そうとはしなかった。
「ええ、あなたはDNA鑑定の結果、綾波レイであることがはっきりしてるわ」
ユリが尋ねると、素直に答えてくれた。シンジに問いただしても、一向に言葉を濁すだけで答えようとはしなかった答えを長瀬の口から伝えられるのは何かショックだった。
「でもね、綾波レイが…昔のあなたがどんな人物だったかは私たちにもはっきりわからないの。戸籍及び過去の記録は一切抹消されてるから」そして少しためらって付け加えた。「まるで元からいなかったみたいにね」
「そう、ですか…」
「碇シンジ君には聞いてみたの?今生きている人物で、綾波レイと最も親しかったのは彼のはずだから」
榊は首を振る。「聞いてはみたんですけど…」
「そう…」長瀬はため息をついた。「私たちの調書では、無口で感情表現にとぼしいタイプ、あなたがなろうと努力してるのとは正反対のタイプね」
長瀬は思わず事務口調で言わずもがなの事を言ってしまっていた。
感情表現にとぼしい。
昔の私は一体何を考えていたのだろう?何を感じていたのだろう?表わさなかっただけで、本当は多感な人間だったのだろうか?それとも気にしてくれる人に平気で酷い事をするような、そんな酷い人間だったのだろうか?
だから碇君も何も言おうとしないのだろうか?
今の私には自分がない。だから自分を知ってくれている人に否定されるのはつらい。どうやって人と接すればいいのかわからなくなる。セオリー通りの通り一辺倒の接し方では人は決して本当には振り向いてくれない。
その時ふと、さっきの長瀬の言葉を思い出した。
「今生きてる人の中では碇君が、っておっしゃいましたよね?」
「ええ。それが何か?」
「じゃあ、死んだ人にはもっと親しい人がいたんですか?」
長瀬は意表をつかれユリを見返す。
「ええ、いたわ。でもすでにこの世にいない人間のことを…」
「教えて下さい。その人の事を」
ユリははっきりとした口調で長瀬にせまった。長瀬は少し驚いていた。この子は今落ち込んでばかりいると思っていたが、一体どこからここまで迫るほどの強さが出てくるのだろう?
「その人物についてもそれほど判ってる訳じゃないの」長瀬は眼鏡をはずした。「名前は碇ゲンドウ…ネルフ総司令だった人物で、碇シンジの父親よ」

ユリは今、何かを思い出せないかとエヴァンゲリオンの前に立っている。しかし何も感じない。これが第二東京市を襲った怪物か、それくらいしか思わない。
長瀬に思い出すつもりなら出来る事は協力すると言われていた。
ユリは手の中の眼鏡ケースを見つめる。綾波レイの持っていた物の中で、唯一生活に不必要なものだったと言っていた。
「ひょっとしたら綾波レイに…あなたにとって大切な物だったのかもね」
渡される時にそう言われ、ユリは少し躊躇した。これを受け取ると、3年間育ててくれた両親と、決定的な決別をする、そんな気がしたからだ。しかし昔の自分を否定する訳にはいかない…昔の自分を思い出しても、今の自分は決して消えない。そう言い聞かせて眼鏡を受け取った。
しかし実際には消えてしまう可能性がある。記憶を失い、数年間別人として暮らしていた人間がある日突然記憶を取り戻し、かわりに記憶を失っていた間の記憶を失うケースがある。
ユリは知りたいのと同時に恐かった。今の自分がかりそめの自分だと信じたくない。そっと眼鏡ケースを開いてみる。中にはプラスチックフレームの、歪んでしまった眼鏡が入っていた。
何か懐かしい匂いがする気がした。
ユリは再びケースをそっと閉じる。今はまだ決められない。でももう少し、もう少しだけ私は榊ユリでいたい。
そう思ってその場を後にした。

榊ユリが出て行くのと入れ違いに、格納庫の整備用の通用口から碇シンジと白い髪の少年が入って来た。
「こんなところまで連れてきて、何のつもりだ?」
シンジが口を開いた。
先に立っていた少年は、振り向いて口を開いた。
「…僕は誰?僕を教えて」

***

シンハは闇の中ですっと立ち上がった。
暗闇の中ではいろんなものが浮んでくる。父親の事、数年すごしたバチカンのこと。神学校のこと。十字架。きしむキリストの手。体に残るやけつく痛み。
それらが自分を自分に押し戻そうとしるのがわかる。だから暗闇でじっとしてるのが好きだ。自分以外の何も見ないですむ。
壁越しに世界のざわめきが伝わる。
人類の儚い歴史。自分自身を後生大事に抱えて生きるあくせくした者達。
その中で彼が近づいているのがわかる。これ以上もう待てない。私はもう何も見たくないのだ。
人間がどんなにあさはかか。人間がどんなにみじめか。人間がどんなに脆弱か。人間がいかに滓か。
もうこれ以上何も見たくない。

***

「ようこそ、かつてのネルフ本部へ」
地検の検事が入ってきた時、長瀬が発した第一声はそれだった。
しかし検事達はそれを無視した。
「長瀬ヒロコ、任意同行を求める」
検事達の中で最も年配の、眼鏡をかけたやせぎすの男がはっきりとした口調でそう言った。
「何の為に?」長瀬はコントロールパネルにもたれて聞いた。
「君には300件以上の嫌疑がかかっている」
「もし嫌だ、と言えば?」
「言えはしない」
長瀬の問いにすげなく答える。
「今日付けで、内務省情報部部長及び戦略自衛隊情報将校しての君の特権は全て凍結された。これがその証明書だ」そう言って手に持っていた紙を見せる。「さらに君にかかっている嫌疑について、恐喝、公文書偽造、その他57件について起訴する用意が出来ている」
「断ればすぐにでも起訴する、そういうことですのね?」
「その通りだ」
「それなら仕方ありませんわね。そういうことなら…」長瀬は不敵な笑みを浮かべ検事を見た。「答はもちろん、”お断り”ですわ」
検事達は長瀬が今何を言ったか一瞬つかめずにぽかんとしていた。しかし長瀬がはっきりと否定の言葉を口にしたとやがて気付いた。「君は自分が何を言ってるかわかってるのかね?」
「当然」
長瀬は至って平静に答える。
検事達は長瀬に迫ってきた。
「後悔する事になるぞ!」
「させてごらんなさい。自分の身が可愛くなければね、木っ端役人」
長瀬は平然と言い返した。

***

アスカの視点はは今、少年の視点だった。少年の視点はアスカの視点だった。目の前に碇シンジがいる。怒りに満ちた目でアスカ、いや少年を見ている。
どうしてそんな目で私を見てるの?
シンジの体が警戒の黄色に染まってみえる。
「どうして君は他人を消してしまうんだ?」
シンジが口を開く。
「声がするんだ」自分が…少年が答える。「”取り込め”と」
そうだ。アスカも少年の聞くその声を聞いた。声は少年のものではない。だがこの世界の中から聞こえてくる。いったい何なのだろう、あの声は。
「僕に何を教えてくれと言うんだ?」
シンジがまた聞いた。
「君は僕を知ってるはずなんだ」少年が言う。
『私はアンタなんかにそんなこと言ってないわよ!』アスカが言う。
あれ?
アスカが思う。何かおかしい。妙な違和感を感じる。
「僕は君なんか知らない」
シンジが言った。拒絶の黒がシンジに少し混じる。
「知ってるはずなんだ。僕が君を知ってると思うから」
『知ってるに決まってるじゃない?何言ってるの?』
アスカも思う。
シンジは怪訝そうな顔をする。黒の色、黄の色が少し薄れ、好奇心の紫がにじんでくる。
「僕は自分が誰か知らない。だけど君は知ってるはずなんだ僕は一体誰なの?いったい何の為に生まれてきたの?」
少年が言う。
『私は知ってるわ。私はエヴァのパイロット。私以上にエヴァを上手く動かせる人間はいなくて、みんなが大事にしてくれて…』そう思って途中で変だと言う事に気付く。変だ。何処が変か判らない。でも確かに変だ。
「何度言われても知らない!知るわけないだろ!」
シンジに再び黒が混じると共に、嘘の白が入る。
シンジは知ってる。いや、似てる人物を知ってる?シンジのイメージが少し伝わってくる。白の色。でも嘘の白とは違う。誰だろうこのイメージは。少しシンジのイメージを開く。シンジの顔が少し歪む。心を無理矢理切り開かれ、苦痛の藍色が染みを作る。

白のイメージの中にあったのはまず綾波レイ、ファースト、優等生、あの女。






     綾       綾
     綾    綾綾綾綾綾綾綾
    綾        綾
    綾    綾綾綾綾綾綾綾綾綾
   綾  綾     綾 綾
   綾 綾     綾  綾
    綾綾   綾綾   綾綾綾綾
    綾       綾
    綾  綾    綾綾綾綾綾
   綾   綾   綾    綾
  綾綾綾綾綾綾綾  綾    綾   波        波
     綾  綾 綾 綾  綾     波       波
   綾 綾  綾 綾  綾 綾   波  波 波波波波波波波波波
   綾 綾 綾 綾    綾     波   波   波   波
  綾  綾  綾    綾 綾     波波 波   波  波
     綾     綾綾   綾綾      波波波波波波波
  綾  綾     綾綾   綾綾      波     波
  綾  綾     綾綾   綾綾    波 波 波   波
     綾     綾綾   綾綾    波 波  波 波
     綾     綾綾   綾綾   波  波  波波
  綾  綾     綾綾   綾綾  波  波    波波
     綾     綾綾   綾綾  波  波   波  波
     綾     綾綾   綾綾 波  波  波波    波波
           綾綾   綾綾 波  波  波波    波波
  綾  綾     綾綾   綾綾 波  波  波波    波波
            綾   綾綾 波  波  波波    波波
            綾   綾綾 波  波  波波    波波
     綾      綾   綾綾 波  波  波波    波波
  綾         綾   綾綾 波  波  波波    波波
            綾    綾 波  波  波波    波波
            綾    綾 波  波   波    波波
            綾    綾 波  波   波     波
            綾    綾 波  波   波     波
            綾    綾 波  波   波     波
            綾    綾 波  波   波     波
            綾    綾 波  波   波     波
  綾                波  波   波     波
                          波     波
                      波   波     波

 『 波はど                波         波
   はど                          
     どう               
     ど
     どうして
      うして             
        てエ
         エヴァ   『父さんには 
         エヴァ       には
            に      には
         え   乗      は 
             乗      は
         エヴァに乗るの?』    
         えヴァ          波
       『笑             
        笑え            波
         えば           波
         エば           波が
          ば          綾
          ば          綾
          ば          綾
          ば            が
          ば            が
          ば          綾 が
          ば              いるから』
          ば
           い
           い
           い     『僕は
           い      僕
           い      僕は
           い           れた
           い       は て
『お母さんって    い        捨
 お母さ       い         て
   さんっ     い         て
   さんって    いいと思うよ』   て
 お母さ                 て
  母                  て
    んっ 
   さんって             捨て れたんだ』
  母
    んって
     って
     って
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
      て
   さ っ
  母 んっ





















『お母さんって感じがした』

何が母さんよ!このマザコン!

その感触は、アスカにとって確かに不快だった。
しかしこの奥にまだ誰かいる。誰?

アスカは知らない人。
アスカは知らないひと。
アスカは知らないヒト。
アスカは知らないシト。
アスカの知らないシト。
アスカは知らな















急に生々しい波の音が聞こえて来た。そして誰かのハミングのベートーベン第九番交響曲。

「歌はいいねえ」

誰かが言った。
誰なの?

「歌はいいねえ」

一体誰?

「歌はいいねえ」

誰だって言うのよ!

「歌はいい

そんなこと聞いちゃいないわよ!!

とたんに言葉がいきなり溢れ出す。

「僕に話したいことがあるんだろう?」「今日は?」「自らの死、それが唯一僕の絶対的自由なんだよ」「常に{人間}{リリン}は心に痛みを感じている」「君は自分の立場を少しは知った方がいいと思うよ」「君と?」「何人にも侵されない光の壁」「硝子の様に繊細だね、特に君の心は」「カヲルでいいよ」「僕はもっと君と話がしたいな」「人と触れ合うのが」「でも、寂しさを忘れる事もないよ」「やあ、僕を待っててくれたのかい?」「一時的接触を極端に避けてるね、君は」「{リリン}{人類}の生み出した文化の極みだよ」「君たち{リリン}{人間}はそう呼ぶね」「これからどうするんだい?」「生き続ける事が僕の定めだからさ」「{リリン}{人類}もわかっているんだろう」「どうしたんだい?」「歌は心を潤してくれる」「未来を与えられる生命体は一つしか、選ばれないんだ」「ATフィールドは誰もが持ってる心の壁だということを」「何か僕に話したい事があるんだろう?」「生も死も等価値なんだ」「帰る家、ホームがあるという事は幸せにつながる」「やっぱり僕が下で寝るよ」「君は人間が嫌いなのかい?」「そうは思わないかい。碇シンジ君?」「人は生きる限り一人だ」「心が痛がりだから、生きるのもつらいと感じる」「知らない者はいないさ」「だけど死を選ぶ事もできる」「よい事だよ」「怖いのかい?」「僕は君と出会うため生まれてきたのかもしれない」「君は死すべき存在ではない」「もう終りなのかい?」

「好意に値するよ」

「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」
「好きってことさ」















「僕はカヲル。渚カヲル。君と同じ仕組まれた子供、フィフスチルドレンさ」

フィフスチルドレン?私そんなの知らない。

「エヴァは僕と同じ身体で出来ている」

アスカは更にこの人物のことを調べようとする。

「僕もアダムより生まれし者だからね」

目の前でシンジの藍色がさらに深くなってく。黒が混じる。憎悪のワインレッド、怒りのグレイが次々と無数の泡の様に浮んでは消えていく。

『裏切ったんだ!』

いきなりアスカの目の前が黒一色で染まる。
何なの!?これは!!!
あまりに生な感情の前にアスカはたじろぐ。

「さあ僕を消してくれ」

何か右手に違和感がする。

「さあ僕を消してくれ」
「さあ僕を消してくれ」
「さあ僕を消してくれ」
「さあ僕を消してくれ」
「さあ僕を消してくれ」
「さあ僕を消してくれ」
「さあ僕を消してくれ」
「さあ僕を消してくれ」
「さあ僕を消してくれ」
「さあ僕を消してくれ」
     消してくれ
     消してくれ
     消してくれ
     消してくれ
     消してくれ
   僕を
   僕を
   僕を
   僕を
   僕を
   僕を
   僕を







「君に逢えて、嬉しかったよ」

何コレ?柔らかい。生暖かい。気持ち悪い!

「ありがとう」

右手の中で何かが潰れる感触。それが人間の肉の感触だと気付いた時にはアスカは絶叫しそうになっていた。

何なのよ!これは!!

思わずシンジを突き放す。シンジは床に転げ落ちた。
                  転げ落ちた?

いや、そんな気がしただけだ。もともとシンジをつかんでなんかいないのだから。
しかしいずれにしてもシンジは床の上であえぎながら半泣きの状態だった。

「もういいや」少年は言った。
あれ?私が目の前にいる。いや、少年が目の前にいる。でも少年はまだ私だ。
私は少年で
でも少年は目の前に…あれ?

シンジが床の上で転がっている。
何をやってるの?私は?昔自分が使徒にされた事を他人にしてるだけ。
でもどこか小気味いい。
シンジが床に転がっている。
どこか気持ち良い。どこか不愉快。
どうして?こいつは私の居場所を奪ったから。でもこいつの側にも私はいた。

(anbivarence)
{引き裂かれる}{引き裂いてやる!}

今は私の居場所はある。
    居場所はある?
本当に?

「もういい。一緒になろう。そうすればきっと僕は取り戻せる」
少年が言った時、{私}{アスカ}は叫んだ。
『ちょっと待ってよ!』
少年と、そしてシンジがこっちを見る。
       シンジもこっちを見る?

シンジの口が何か動く。おかしい。言葉が出ていない。音を忘れた映画みたい。
同じ単語を何度も繰り返してる?
半泣きで顔をくしゃくしゃにしてる。
なんでこんな奴が?どうしていつもいつも私の世界を奪うの?
『「どうして君がそこにいるの?」』
少年が言った。でもそれも変。言葉と口の動きが合ってない。
え?本当に合ってない?
ずれてる?それとも私の方がずれてるの?           
(どこから?)
シンジの泣きじゃくる顔が見える。私の名前を呼んでる?ひょっとして?
どうして私のことで泣くの?偽善的!独善的!依存的!自虐的!気持ち悪い!勝手に人に頼ろうとしないで!
『どうしてそいつを入れるの!?』
どうして?そいつは私の居場所を奪ったのよ?私はエヴァに乗ってれば幸せだったのよ?でも消えてしまった。エヴァもパイロットとしての私も!こいつに負けたから!
情けない、悔しい!
『「今は幸せじゃないの?」』
誰かが言った。目の前の少年ではない。
判らない。でも不幸せでもない。
『「それが幸せ?」』
別の誰かが言う。
判らない。でもこいつはまた私の場所を奪おうとしてる。私の世界がこいつに移ってしまう。それは嫌!
『「どうして憎むの?一緒じゃ駄目なの?」』
また別の誰か。
嫌!絶対嫌!
目の前のシンジは驚いたような目で辺りをきょろきょろ見回している。
何を見てるの?私が話してる相手?でもそんなことどうでもいい!!
『「自分は受け入れて欲しいのに、他人は拒絶するの?」』
嫌な物は嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!
私はその時初めて自分が持ってる物に気付いた。
銃?そう自動小銃だ。UZIのサブマシンガン。おもちゃ?いや、違う。冷たく、拒絶も受け入れもしない鉄の感触なだけ。
どうしてこんなもの持ってる?そうだ、前に子供がくれた。
でも重要なのは何故あるかじゃない。私がそれを持ってるという事実だ。
『「人はつらいのだ」』
誰かが言った。だれ?さっきまでと違う。目の前の少年の中の人間ではない。
シンジでもない。別の人間がまたやってきてる。黒い肌…黒人?でも髪が白い。目が赤い。誰、これ?
その男の心を少し覗く。
とたんに一気にイメージが頭の中を駆け巡った。
誰かが来る。最初の人間…アダムをつくる。それから人間をつくる。それと??(何これ?月?)を作る。ファーストインパクトが起こる。アダムを捨てる。そして人間も捨てる。それから何処かへ行った?
何これ!?アダムの記憶!?もしかして!どうしてこんなとこにあるの?
『「人でいるということは、人を知るということはとてつもなくつらいのだ」』
男が覗かれた事を知ったのか、そう言った。
うるさい!誰か知らないけど、いきなり出てきて偉そうなことを言わないで!!
私はそいつにむけて引金を引く。着弾跡が床を這って延びていく様についていく。何発かがそいつの脚にあたった。顔色を変えずにそいつが崩れる。
そうだ!私は憎いんだ!私を受け入れない奴が!
(どうして忘れてたんだろう?)
『「何をするんだ?」』
少年が言った。
うるさい!どうしてもシンジを取り込むんなら、シンジもこうしてやる!!
(裏切られるくらいなら裏切ってやる!)
私は銃をシンジに向けた。シンジが驚いた様な顔でこっちを見る。
私はそれを見るだけで気持ちがよくなった。
またシンジが私から奪おうとしてるから。エヴァを奪った様に。
でも本当に私は撃つつもりなんだろうか?撃つかもしれない。撃たないかもしれない。わからなかった。
でもはっきり言える。私の中には憎しみがある。それは確かだ。
『「やめろ」』
少年が叫ぶと共に、めりっという音がした気がした。
何かが引き剥がされる音。
うるさい!撃ってやる!
(本当に引き金をひいてしまう) また何かが引き剥がされる音。少年の顔がどんどん遠くなる。何が起こってるの?
私はその時初めて引き剥がされかけてるのは自分だということに気が付いた。少年が私の事を信じられないという顔で見ている。
『「何で他人を拒絶するんだ?」』
少年が言った。
いけない!?嫌な事あったらいけない!?嫌いなことも、憎い事も、好きな事と同じようにあったらいけない!?
『「嫌な事だけを排除して、それで気持ちよくなりたい?」』
そうよ!誰だってそう思ってるでしょ!あんただって!
知ってるのよ、私は!あんたが本当に他人を取り込んでた理由。声のせいだけじゃない。本当はあんたが寂しかったから!一人が嫌だったから!
私はそうしてさっき見たアダムの記憶の一部を奴に投げかえしてやった。あいつは驚いた様な顔をした。
ざまあ見ろ!
その中には、私が見たアダムの誰かへの憎悪も含まれていた。ほんの切片だけど。
少年がショックを受けたままこっちを見つめてる。今までわざと忘れてきた物をむりやり見せ付けてやったのだ。
少年は私を憎悪に満ちた目で見た。初めてうけた痛み。体の痛みなんかよりもっと深い痛み。少年は…アダムはその憎悪を私に剥き出しにした。

「おまえなんかいらない!」

アダムは私を無理矢理引き剥がした。
ちくしょう!偉そうに!結局あんただって同じじゃないの!結局あんただって…
(私、また捨てられるの?)

最後の瞬間、アスカは笑いながら天井からぶら下がって揺れている足を見た気がした。

そして、アスカは少年の「世界」から放り出された。

***


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