Ikari Famiry Problem(D side) upback

 研究所内に警報が鳴り響く。
「なんてこと!まさか今頃になって…」
 あわただしく所員が駆け巡る中、リツコが呆然としてつぶやく。警報に合わせて赤く点滅するライトが、リツコの横顔を照らしていた。
「何をしている!警報を切れ!」扉を荒々しく開け放ち警備室に入ってきたゲンドウがリツコに命じる。
「碇所長!!」
 突然の研究所所長直々の指示に驚くリツコをよそに、ゲンドウはなおも命じる。
「早く警報を切れ!!」
「あ、は、はい!」
 ゲンドウに一喝され髪を伸ばした警備員、青葉シゲルは慌てて警報を切った。
「誤報だ、警報装置の故障と、委員会には伝えろ」
 眼鏡を押し上げながら有無も言わせずにゲンドウは命じる。
「まさか十年ぶりとはな…」
「副所長!」
 リツコはゲンドウに続いて入って来た人物の登場に驚愕した。一切の雑務を一手に引き受け、めったに姿を現さない副所長が出てくるとは…
 その事実だけで事態が余程切迫している事を悟り、一気に背筋が引きしまる。
「ああ、間違いない…」ゲンドウは抑揚の無い声で答える。
「どうする?委員会には何と報告を?」
 副所長はゲンドウの後ろに立って尋ねた。
「事実の通りだ。警報装置の故障、それ以上のことは必要ない」
 副所長はゲンドウの耳元にそっと口を寄せる。「どうする?シナリオにはない出来事だぞ?」
「予定は予定に過ぎん。決定ではないよ」
 不尊な言葉を聞き、副所長は不満そうに顔を警備カメラのモニターに向けた。
「はたしてこの十年ぶりの事実が何を意味するのか…全ての終りか?」
 リツコは二人の会話に、怪訝そうに視線を向けるばかりだった。
「あるいは全ての始まり、か」
 そしてゲンドウは不吉な前兆をあざ笑うかの様に不敵な笑みを浮かべた。


碇君の家庭の事情




「おう、碇、もう風邪はええのんか?」
 机の上に鞄を置くシンジにトウジが挨拶がわりに話しかけてきた。
「え、うん、まぁおかげさまで…」
 シンジはおずおずとそう答える。前回のらんちき騒ぎの中でよくもまあちゃんと治ったものだと自分でも思う。本当は厭味の一つでも言ってやりたいくらいだが、残念ながらそういうキャラクターではないのでそんなことは出来ない、よくよく小心者のシンジだった。
 第一アスカとのあの場面は、どの程度まで見られたんだろう?い、いや、アスカとは結局何にもなかったワケだし、別に見られたって困ることじゃないんだよな、うん。第一、僕の好きなのは母さんなんだし、それはみんな知ってることだよな。
 そう考えてシンジは自分を落ち着かせる。自分が変態だってことを学校中に知られてることがそんなに嬉しいのか?シンジ?
 で、でもアスカとのこと、言いふらされたら困るよな…それにまさかとは思うけど、尾鰭をつけてなんてことは…
「それでさー、碇の奴、嫌がるアスカを無理矢理押し倒してそりゃもー陵辱の限りを…」
 シンジは思わず机ごとすっころんだ。当の声の主、ケンスケが話しながら教室に入ってくる。
「ケンスケ〜〜!!」
 涙目でにじり寄ってくるシンジを見て、ケンスケが慌て出した。
「い、いやだな、ほんのおちゃめじゃないか。第一ミサトさんが流してる噂に比べたら…」
 急にミサトの名が出てきてシンジの表情が曇る。「ミサトさん?」
 その時突然ガラッと教室の扉が開き、クラス名簿を持った加持リョウジが入ってきた。
「おや、どうしたんだ?シンジ君、相田君」
「え、あ、いえ、なんでもありません!」慌てて二人は席に戻ろうとする。
「そういえばシンジ君?」
 突然加持に呼び止められ、シンジは怪訝に思いながらも振り向く。「はい?」
「君がアスカと母親の二人をてごめにして、(ぴ〜!)(ぴ〜!)(ぴ〜!)たり、嫌がる二人に無理矢理(ぴ〜!)から(ぴ〜!)をさせてその挙げ句に(ぴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!)して捻込んで、はらませた挙げ句に飽きるとポイと捨ててしまったというのは、本当かい?」
 その時シンジは既に教室のはじまで机を吹き飛ばしながら転がって行ってストライク状態だった。
 教室中にざわめきが広がる。
「シンジの奴、そんなことまで…」
「ところで先生、(ぴ〜!)ばっかでよくわかりません」
 手を上げて尋ねる生徒の質問に、加持はふっ、と笑みを浮かべた。
「それはな、大人の事情という奴だ」
 教室中が納得したようにたおお、と唸る。
「せ、せんせい、誰からそんないい加減な噂を聞いたんですか!!」
 シンジが教室の後ろから声をはりあげて尋ねた。
「そりゃもちろん、今朝学校の前で…」


「へぇっくしょい!」
 ミサトが派手にくしゃみをする。
「ちょっと、葛城さん。やめてよ、そのおやじくさいくしゃみ…」
 ヒカリが抗議する。
「やあねえ、風邪かしら?それともやっぱり誰かが私の噂をしてるのかしら」ミサトはカメラ目線でしなを作る。「ああ、この美しさは罪。どうして私はこんなに美しく生まれてしまったのかしら…神様のイ・ジ・ワ・ル」陶酔し切ってるミサトの脳天にフグ真っ青の華奢な脚の踵落しが決まる。「っっった〜〜!!ちょっとあにすんのよ!痛いわね〜!!」
 ミサトがコブの出来た頭を押えながら振り向くと仁王顔をしたアスカそこに立っていた。
あんたね〜!なに朝っぱらから教室でビール片手に寝惚けたこと言ってるのよ!!第一何よ、あの噂!なんでアタシがシンジの玩具にされた挙げ句捨てられたことになってるのよ!」
「ああ、そのことね。そのことだったら…」ミサトは不意に机の中からマイクを取り出し、アスカに向けた。「さて、それではヒーローインタビューの時間です。本日のヒーローは何と言ってもついにシンジ君と一発キメた惣流・アスカ・ラングレーさんでしょう。どうでした?初夜の感想は?」
「え〜、彼ったらぁ、始めてのくせに大胆でぇ、私にあんなことやこんなことさせて、それで私も感じてきちゃって………って何ヤラセくさい告白記事みたいなこと言わせるのよ!!」
「なによ、あんたも結構ノッてるんじゃない…」
 アスカは真っ赤になりながら反論する。「とにかく!あの噂の火元はあんただってことはわかってるんだから何とかしなさいよ!!」
「あ、それなら大丈夫」ミサトが言う。
「へ?」アスカは顔をしかめて聞き返す。
「はい、それでは街の皆様の意見を伺ってみましょう」何時の間にか校門前に移動したミサトがマイク片手にカメラ目線で喋り出す。「さて今日は碇シンジ君が通っている中学校前に来ています。それでは普段の彼はどのようだったのでしょう。彼の級友に聞いてみましょう」

女子生徒Aの証言
「え〜、碇君がですか〜?違うんじゃないんですか〜?だって彼、重度のマザコンだってはなしだしぃ」
男子生徒Aの証言
「え?そんなのデマに決まってるじゃないですか。映画じゃ動けない女の子をおかずにしてるようなあの碇にそんな度胸あるわけないでしょう?みんなからかってるだけですよ」
男子生徒Bの証言
「まあ、あいつは重度の変態ですからね。まともな行為で満足できるわけがないです。やはり(ぴ〜)を(ぴ〜!)(ぴ〜!)するくらいのことはしないと…」
女子生徒Bの証言
「別に今更ってカンジよね。ところでこれTVにでてるんですかぁ?」
男子生徒Cの証言
「え?碇ってカヲルとできてたんじゃないの?」
女子生徒Cの証言
「え?アスカの方から押し倒したって聞いたけど…」

「ね、ほら大丈夫。オトコに飢えたアスカがシンジ君を押し倒す事はあっても…痛っ!」人差し指を立てて説明し出すミサトにアスカがぱこーんと延髄切りを食らわせた。
「ちょおっとまてぇい!!」アスカがアオリのドアップで迫ってくる。「誰がオトコに飢えてるですって!?」
 ミサトの人差し指はぴっとアスカを指差した。「私を見てなんて胸はだけたの何処の誰だったかなぁ〜?」
「ぐっ!」アスカは言葉を詰まらす。
「しかもシンジ君に胸見られて、目の前で(ぴ〜!)されても何も騒がなかったくせにぃ!ホントはしげしげと眺めてたんでしょ、このスケベ!うりうり」
「そ、そんな映画の話したって私には関係ないわよ!」アスカが顔を真っ赤にして怒鳴りかえす。「しかも春の映画の話じゃない!時期外れもいいとこよ!!」
「それならもう一人聞いてみましょうか?あ、そこの彼女」ミサトは校門をくぐろうと前を通りかかったブレザー姿の白い髪の女の子を呼び止めた。「ラ○マ奥様インタビューですが…」
 アスカがすかさず後ろから靴を手に持ってひっぱたいた。「なんでラー○やねん!」
「ア、アスカ、伏せ字になってないわよ…」
「そんなことはどーでもいいからさっさと真面目にやらんかい!!」
「わ、わかったわよ」ミサトは再びさっきの女の子にマイクを向けた。「ブラ○ンモーニングリポートですけど…」
 ミサトがさっと電動髭剃りを取り出すと同時に、アスカの16文キックがミサトの顎に炸裂した。
「いっひゃいわれ〜!らにふんのほ〜!!!」
 舌を噛んだミサトの襟をアスカが掴み上げる。
あ・ん・た・な〜、つまらんボケもたいがいにせぇよ〜〜〜!女の子に髭剃りのレポートさせてどないすんねんっ!!」
「ア、アスカ、どうして口調が関西弁…?」
「宮村○子が神戸出身のせいよ!ヤックといったらヤッキントッシュ、ヤクドナルドはヤクドなのよ!第一なんであんたが電動髭剃りなんて持ってるの!」
「やぁねぇ、無駄毛の処理用よぉ。それとももっと別の、電動の(ぴ〜〜)の方が良かった?」
「あの、さっきから往来で話す内容じゃないんだけど…」ヒカリが人目を避けて校門の影に隠れながら言う。
「あんたは黙ってなさい!この馬鹿女、一度きっちり締めなきゃいけないと思ってたとこなのよ…」
「ちょ、ちょっとおちついて話し合いましょ、ね?ね?」アスカが両手の骨をポキポキと鳴らし出したのを聞いてミサトが青ざめて後ろに下がる。
「第一あんたは映画でもオイシイ場面かっさらってくし、前々から気に食わなかったのよね〜!!!」
 そんな二人のアホな騒ぎの傍らで少女がミサトの手から落ちた髭剃りを手にとりスイッチを入れた。
「おかしいわ…」少女がぼそりと呟く。「今朝剃ってきたはずなのに…」
 ぽんぽんとヘッダを外して叩く仕草をしながらつぶやくその言葉に、アスカとミサトが一瞬状況を忘れてはぁ?と振り向く。
「あの〜…」しらけた調子でアスカが少女に話しかけようとして、その顔を見て顔を引き攣らせて凍り付いた。「お、おばさま!?」
 しかし少女はそれに答えるでもなく、無感動にアスカの方を向いた。「私はあなたの叔母さんじゃない。私は私。予鈴が呼んでる。さよなら」
 去りゆく少女の背を三人はしばし呆然と見送っていたが、やがてアスカが怪訝な表情のままカメラ目線で振り向いてつぶやいた。
「ひょっとして、映画のパクリ?」


血風編

女の戦い




「え〜、それでは転校生を紹介する」早朝のホームルームで担任の加持リョウジがそう言った瞬間、後ろの方の席でさっと手が上がった。
「せんせえ、質問!」
「なんだい?」
「うちらのクラス、ちと転校生が多くないですか?」
「うん、なかなか良い質問だ」加持はこほんとせきばらいをした。「それはだな…」
「それは?」
「大人の事情と言う奴だ」
 おお、と再度クラスがざわめく。
「あの〜、陸軍中○予備校ネタやっても誰もわかんないと思うんだけど…」
 シンジが大人しくつぶやくが当然のごとく無視される。
「せやけどなぁ、可愛い女の子やったらともかく、またこんなんやったら嫌やで」トウジが横目でカヲルを示す。シンジとケンスケが思わずこくこくとうなずいた。
「ふふふ、照れなくてもいいじゃないか、マイハニー?」何時の間にかシンジの後ろにまわったカヲルがシンジの耳をぺろっと嘗め上げる。思わず飛び上がるシンジをさらに抱きすくめる。「君の本当の気持ちは良くわかってるさ」
「わかってない!ぜっっっったいわかってない!」
 叫ぶシンジを見ながら加持は笑いながら言った。「はっはっはっ、仲がいいのはいいが、さかるんなら放課後にした方がいいぞ?」
「さかってませんってば!何処をどう見れば仲が良い様に見えるんです!」
「いや、何処がってなぁ?」トウジがケンスケの方を向く。
「見たまんまだよな?」
「うらぎりもの〜〜〜〜〜〜〜!!」親友二人の追い打ち攻撃にシンジは涙目で叫んだ。
「クラス全員の了承も取れたことだし、一緒に愛の巣をつくろうじゃないか、ダーリン?」
「いやだぁぁぁぁ!!」
「まあいつもの二人はほっといてだ…」加持は何事もなかったかの様にホームルームを続ける。「転校生の紹介がまだだったな。じゃ、入ってこい、漣」
 加持の声で転校生が入ってくると同時にクラスの喧騒がぴたっと止まる。突然訪れた静寂の中、転校生はしずしずと黒板の前に立つと、ぼそりと口を開いた。「はじめまして、漣レイ01です…」
 カヲルにてごめにされかけているシンジを含めてクラスの全員が馬鹿丸出しで口を開けたままにしている。カヲルは別だがまあこいつはどうせ変態だからほっておこう。
「あの〜、せんせえ?」
 あんぐりとあけたままの口をどうにか収めて、トウジが口を開いた。
「ん?なんだ?」
「あの〜、転校生、女に見えるんですけど…」
「それは彼女に失礼ってものだろう?」加持は爽やかに笑いながら答える。
「え〜っと、それならどうして女の子が男子校に入ってくるんですか?」
「それはだな、」そう言って加持は指を一本前に口の前につき出す。「それは、大人の事情と…」
「それはもうええですって」
「じゃあもういいか?それでは続きを…」
「あ、ごまかした」ケンスケがつぶやく。
「いや、もういいかって…なあ?」クラスの全員が転校生の顔を見ながら何かを言いたそうに口ごもる。
「あの〜、先生、いいですか?」カヲルに組み敷かれかけたシンジが代表で手を上げた。
「なんだ?碇?」
「なんで転校生が綾波…じゃない、母さんなんですか!?」
 シンジの言葉を聞いて、加持は暫く腕を組んで考え込み、転校生を見てぽんと手を叩く。「おお、そう言えば碇の母さんだな!」
「あの人の頭には記憶容量ちゅうもんがないんか?」トウジがぼそりと悪態をつく。
「ミサトさんの殺人料理食ってるからだろ」ケンスケが答える。
「と、いうことですがどうしてなんですか?お母さん?」
 加持に振られて転校生−漣は無表情に返事をする。「いいえ、知らないの。私は多分三人目だから」
「と、いうことで別人らしいぞ」加持は爽やかかつ朗らかに笑いながら言い切った。「世の中他人の空似ってこともあるしなぁ。良く言うじゃないか、世界には最低1億6千5百万人は自分のドッペルゲンガーがいるって…」
 そんなにいてたまるか。
「おお!なるほど!」クラスの全員が加持の言葉に納得する。お前らもそんな簡単に納得するなよ。
「と、いうわけでみんな、転校生と仲良くしてやるように」
「そりゃもう個人的になら幾らでも!」クラスのほぼ全員が一斉に答えた。
 シンジに抱きついているカヲルと、ただ一人釈然としない表情のシンジを除いて…



 次の休み時間を待たず、飢えたやろーどもは漣の席の周りに人だかりを作っていた。
「で、あるからして…」数学教師の声が虚しく響くが、誰もそんな事既に聞いちゃいない。
 正面を見て不動の姿勢を保つ漣に質問の嵐が遅いかかっていた。しかしそんな騒音の中も、漣は平然と教科書を読み続けている。
「ねえねえ、何処から来たの?」
「あっち」窓の外に人指し指だけ向ける。
「どんなタイプが好み?」
「少なくとも、あなたじゃないわ」顔も見ずに答える。
「じゃあ、今度デートしない?」
「命令があればそうするわ」なにごともなかったかのようにページをめくる。
 授業が終り、教師が出ていっても喧騒は収まらなかった。
「好きな色は?」
「赤い色は嫌い」
「趣味は?」
「自爆」
「そう、じゃあ…」言いかけて漣を取り巻いていた全員がぴたりと止まる?「何?」
「自爆よ」本を読みながら銀色の水筒のようなものを取り出す。「これ、N2爆弾のメメちゃん」
 確かに表面にでっかく『メメ』と書かれ顔まで描いてある。
「私がもし」そういって今度は一枚の紙をぴらっと示す。その紙にはただ二文字『爆発』と書かれていた。「…と言うと作動するの」
 漣レイを取り巻いていた野郎どもの顔が青ざめていく。「はは、面白い冗談…」
「ばくは…」いきなり漣がつぶやく。と同時に漣の周りにたむろっていた人影は暴徒の如き勢いで教室から逃げ出し、一瞬にして消え去った。流石に命かけてまで下半身に従う奴はいなかったらしい。
「…つゴロー」一人取り残された漣が何事もなかったかの様に言葉を接いだ。ふと彼女は本から目を離し、教室にまだ自分以外の人間が残っているのに気がついた。
 他ならぬ(一応)主人公、碇シンジが身体中に無数の足跡をつけて床に転がっていたのだった。
 漣は席を立って床に顔をつっぷしたままのシンジの手を握った。「あなたも自爆が趣味なのね…」
「いや、ただ単に逃げ遅れて踏みつけにされただけなんだけど…」シンジは起き上がる気力もなく答えるが、やっぱりそんなこと相手は聞いてはいなかった。
「…私たち、気が合いそうね…」
「…あまり合いたくないんだけど…」当然の如くそんな意見は却下だ、シンジ君。



きー!なんなのよ!あの女は!」
 隣の学校の屋上から双眼鏡片手に転落防止用の金網にへばりついている少女がいる。当然アスカである。
「いやまあ、いつものことだけどさぁ」寒風吹きすさぶ屋上でちゃんちゃんこを着込んでミサトがつぶやく。「この女も学習能力ってものがないわよね」
「何か言った!?」アスカがきっと睨む。
「別に…」ミサトはすっとぼける。
「なんか良くわからないけどあのテの顔の女は生理的にムカツクのよ!このままただじゃすまさないわ!!」
「ただじゃ済まさないも何も、今回は何もされてないでしょ!?」ヒカリがスカートを風にまくり上げられまいと必死で押えながら叫ぶ。
 それを言うなら今回『も』、だ、ヒカリちゃん。
「ふっふっふっ!そんなことは関係ないのよ!これも前世の宿業、予定調和のうち、絶対運命黙示録なのよ!」
 まあもうこの展開はお約束ってもんだぁね。
「と、いうわけで行くわよ…ってあれ?ヒカリは?」アスカは辺りを見回す。
「また逃げたわよ。全く危機回避能力には見るべきものはあるわね…」ミサトが感心したような呆れたような口調で言う。
「ところでアンタはよく逃げなかったわね。さすが親友」
「逃げるも何も、ホラ」ミサトは足を上げて見せる。足にはでっかい鉄球を鎖で繋げた足枷がはまっていた。
「あら、重そうね」
「って、アンタがはめたんでしょうが!!」ミサトは額に青筋をつくる。
「だってそうしないと逃げるでしょ?」
「あんたね〜!!それが親友のすることか!?」
「と、いうわけで今回も気張って行くわよ!吹けよ風!うなれよ嵐!!
「あたしの話を聞け〜〜〜〜〜〜!!!」



「先輩、なんか局地的に嵐みたいなんですけど…」シンジの学校の校門の前に立つマヤが同じく校門の前に立つリツコに話しかけた。確かにマヤが指さす隣の女子中の屋上の上だけ、何故か暗雲が立ち込め、風が吹きすさんでいる。それ以外の場所は快晴、天高く馬肥ゆる秋の空だった。
「心配いらないわ。ただの誰かの心理表現の効果だから」リツコは平然と言い切る。
「はぁ…そういうものなんですか?」
「そういうものなのよ」
「でも映像媒体としてのマンガ、アニメであればともかく文字媒体としての小説でこのような表現はあまり効果的と思えませんが…」
 おお、マヤちゃん、生意気だぞ。(笑)
「いいのよ。お約束なんだから。それにこんなの誰も小説なんて高尚なものと思わないわよ」
 おうおう、こいつも言ってくれるな。
「それとあと一つ、いいですか?」マヤがもう一度リツコに質問をする。
「何?マヤ」
「ところで私、なんでこんな格好してなきゃいけないんですか?」
 そういうマヤの格好はいつもの制服にネコミミをつけて猫にゃん棒を両手に持った上、猫の尻尾までくっつけていた。一方のリツコも手に捕虫網を持っている。
「いいこと、マヤ?私たちの今回の目的は?」
「研究所から逃げ出した実験サンプルの極秘回収ですが…」
「そう、そのためにはいずこにサンプルが逃げ込んだのか、知らなくてはならないわ。で、そのための探査装置がそれなのよ!」
「そ、そうだったんですか!?な、なんかさっきからけっこう台詞が状況説明的なんですけど…」
 うるさいぞ、マヤちゃん。(笑)
「それは水道局の水道管探査にも使われるダウジングを元にパワーアップ、改良した最新の探査機器なのよ!」
「で、でも別にこんな外見にすることはなかったんでは…」マヤは両手の猫にゃん棒を持て余すように見つめる。
「知らないの?その形は由緒正しい探知機のデザインなのよ?」リツコは呆れたような口調で言う。
「そうなんですか?」
「そうよ!十進法計算するアンドロイドも使ってるのよ!」
「???」マヤは何のことか判らず首をかしげている。
「ともかくその耳の様なものでサンプルの存在により発生する時空的揺らぎをキャッチ、それを一度研究所のスーパーコンピューターに転送して計算させた結果をその手の指示機に出力させるのよ!」
「なるほど!さすが先輩ですね!」マヤは尊敬の眼差しでリツコを見る。「…ところでこの尻尾のようなものは?」
「ただの私のしゅ・み!」リツコは精いっぱい可愛がって言った。
「…郷里に帰らせて頂きます
「あぁん、帰っちゃ駄目だってば!」リツコは本気で帰ろうとするマヤを必死に引き留める。「ともかくこの近辺に実験体28号がいるのは確かなのよ!」
「…先輩、ごまかしましたね?」
「ほ、ほら、どんどん反応が近付いてくるわよ!」ジト目で見つめるマヤの視線に冷汗をかいていた。
 だが確かにマヤの手の中の猫にゃん棒は激しく動いてリツコたちをある方向に導こうとしている。それは道を歩いてやって来るらしかった。
「マヤ!隠れて!」リツコは校門の陰にマヤを押し込めると自分も陰に隠れた。「来るわよ!あと10M、5M、2M、1M…それっ!」
 リツコは捕虫網を振りかざして校門の前を通りかかった人影に飛びかかる。
「!」人影は叫ぶ暇もなくリツコの捕虫網に捕らえられた。
「やったぁ!ポケモンゲットだわ!!」
「先輩、それって違うんじゃ…」マヤがかちどきをあげるリツコに冷汗をかきながら突っ込む。
「いいのよ、勝てば官軍!これで碇所長にも鼻高々だわ!」
 ところがそんなリツコの喜びも長くは続かなかった。
「ちょぉっと待ったぁ!」
 リツコたちの前に二つの人影が立ちはだかる。
「二つって、あたしは含めないで欲しいんだけどな…」
 首輪をつけられたミサトが素直な希望を述べる。首輪の鎖のもう片一方は当然アスカが握っていた。
「その転校生は私が先に目をつけたのよ!こっちに渡して貰おうかしら!」
 リツコの表情がたちまち曇る。「転校生?なんのこと?これは…」
「あの〜、皆さん、何のお話をしてるんですか?」当の捕虫網に捕らえられた本人が頭を網の中に突っ込んだまま口を挟んだ。
「サンプルは黙ってらっしゃい!」リツコが怒鳴りつける。
「そうよ!この女には度重なる怨みがあるんだから!ここで逢ったが百年目、盲亀の浮木、優曇華の華の咲きたる心地…」
「じゃ、そういうことなら私も急ぎますんで…」
 そう言って頭にかぶさった網をひょいと外すとぺこりと全員に一礼しててくてくと校門の中へ向かっていった。
「…って、ちょっと待ちなさいよ!アンタが話の焦点なのにそのアンタが消えてどうするの!」
 そう言ってぐいっと腕をつかんで引っ張る。
「そう言われましても」腕をつかまれた彼女は右の人指し指を頬にあて困った顔をした。「このお弁当をシンちゃんに届けないといけないもので…」
 そう言って弁当の包みを目の前に差し出す。
 アスカの方を向いた彼女の顔を見て、アスカの表情に亀裂が走る。
「…あの、ひょっとしてホンモノのおばさま?」
「はい?」綾波レイは何のことか判らずにこやかに答える。
「え?」リツコも一瞬で凍り付く。「碇所長の…奥様?」
「はあ…綾波レイというと、日本でも私一人ですが…」
 い〜や、そうでもないぞ。特に映画見た後では。(笑)
「先輩!碇所長の奥様のどこが実験サンプルなんです?」
「お、おかしいわね…」リツコはノートパソコンを取りだし計算を始める。「今度は失敗してないはずなのに…」
「なんなのよ、その実験サンプルって?」アスカがリツコをじっと見る。
「え?い、いえ、なんでもないのよ!」リツコはほほほ…と白々しい高笑いをあげた。
「そ、そうですよ」マヤも続ける。「研究所の実験サンプルが逃走して今極秘理に捜索してるなんてことは全然ないですよ!」
「あ、マヤ、バカ!」リツコが怒鳴るがもう遅い。
「ふ〜ん、そういうことなの」アスカがじろりと二人を睨む。
「その上先輩がポカして間違って碇所長の奥さんを捕まえたなんて絶対に所長には言えな…」
「あああああああああああんたねぇ、私を脅すつもり!?」リツコがマヤの襟首を掴んだ。
「きゃぁぁぁ!いやぁ!先輩に犯されるぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「ま、別にアンタたちが仕事でポカして実験体逃がそうがそのおかげで首になろうが私の知ったことじゃないけどね」アスカは方をすくめる。
「ああ!なんでわかっちゃうの!?一言も漏らしてないのに!」マヤが驚嘆の声をあげた。
「…マヤ、あなたそれ本気で言ってる?」
 リツコがジト目でマヤを睨む。
「で、それはいいけど、その実験サンプルってどんななの?」
「え?」リツコは聞かれて腕組をして考え出した。「どんなって…どんなだったかしら、マヤ?」
「え?先輩ご存知ないんですか?」マヤが意外そうに答える。
「ほら、だって急いでたから数値データだけ目を通して探知器急造したじゃない。あとのことはマヤにまかせれば大丈夫だと思って…」ヒソヒソ声で話しかける。
「そんなぁ。私だって先輩が知ってるものだとばかり…」
「ひょっとしてあなたたち、何かもわからないものを探してたの?」ミサトがアップで迫ってくる。
「え?え?」ぎくぎくっ!「そそそそそそそそそそそそんなわけないじゃない!こここここここここここの天才リツコ様に限って!」
「そそそそそそそそそうですよ!先輩が碇所長に取り入りたい下心一心でそんな単純なミス犯すなんてわけが…」
「ああ!そういうことを言うか!この口は!」リツコがマヤの口をぐいぐいと引っ張る。
「いひゃい、いひゃいですぅ!」マヤが叫んだ。ようやく解放された口を押える。「先輩と違ってまだ先のある身なのに、この華のかんばせにこんなことされるなんて…」
「あんた本気で死にたいの?」リツコはすちゃっ、と放射線マークのついた注射器を取り出した。
「ま、師弟漫才はほっといてさっさと行きましょ」アスカがミサトとレイを促した。
「あぁ!欲求不満の30女に犯されますぅぅぅぅ!」
「まぁだ言うか!!」



 そのころシンジは、全身の骨を踏み砕かれた身体を漣に引っ張られてずるずると屋上まで同伴させられていた。
「…碇君、さっきから何も話さないのね…」
 屋上のベンチに投げ出されてグタリと背もたれにもたれかかったシンジの隣に漣が座る。
「…階段の段で顔面をこすられて喋るどころじゃなかったんだけなんだけど…」
 シンジはひりひりと痛む顔面を示す。
「そう、よかったわね」
「全然良くないってば…」シンジは涙目になる。
「あなたはわかろうとしたの?」漣は正面を向いたままの不動の姿勢のままでシンジに聞くいた。
「わかろうとしたのって、何を?」
「あなたの顔面にこすられた階段の気持ち。殴られた頬だけでなくなぐった拳の方もいたいものなのよ」
「……」僕の顔面は階段と同列かい、そう突っ込もうとしたがそんな度胸のある男ならここまで堕ちてはいないのである。
「あ、あの、さ」シンジは早くこの場を逃れようと適当に口を開く。ちょっと話につきあって、適当な所で逃げよう。「漣さんって、さ、名前レイっていうんだね…」
「いいえ、レイ01(ゼロワン)よ」漣は首を振る。
「ゼ、01?」シンジは冷汗をかいた。そう言えば自己紹介の時もそう言ってた気がするが…「か、変わった名前だね」
「そう?」
「な、なんで01なの?」
「…知らないの?ジローチェンジでキカイダー01なの…」相変わらず無表情に答える。
「はぁ????」
「だからおなかを開くと中にレーダーがあるの。ほら…」
 そう言って漣はやおら上着をめくりあげようとした。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」シンジは真っ赤になりながら叫んだ。でもそのわりに目はしっかりと開いている。まあそういうものだよね。
 ところが漣の動きがピタッと止まる。ふとあたりを見ると、何時の間にか黒山の人だかりが出来、かたずを飲んで漣に注目していた。
「…あの、みんなどこから出てきたの…?」
 シンジがポツリとつぶやく。
 しかし漣は慌てず騒がず例のメメちゃんを取り出した。「メメちゃん、ばくは…」
 言葉が終るのを待たずしてどどどどど…とうなりをあげながらやじ馬は脱兎のごとく逃げ出し、一瞬にして屋上から消え去ってしまった。
「…んたいせい(幕藩体制)は江戸時代の体制ね…」ぽつんとベンチに残された漣は何事もなかったかの様にそう続けた。「…碇君、また逃げないでいてくれたのね…」再び身体中に足跡をつけられてコンクリートの地面に血をどくどくと流しながら伏せているシンジを見て話しかける。
「また逃げ遅れたんだけど…」
 しかし彼女はシンジのそんな言葉はやっぱり聞いていない。
「…それにしてもみんなどこに行ったのかしら…?ただメメちゃんに歴史の話をしてただけなのに…」
 その言葉を聞きながらシンジは、絶対にわざとだと確信していた。
「…あの…なんで屋上に来たわけ?」シンジは気をとり直してもう一度話しかける。
「晴れた日は良く届くから…」
「…届くって…何が?」嫌な予感を感じながらまた聞き返した。
「電波」小さな声で、しかしはっきりと断言した。
「はい?」
「雨の日はマンホールの蓋を開けて…」
 だからもうええっちゅうねん!
 突然、瑠璃…もとい漣はぴたりと口を閉じる。
「ど、どうしたの?急に黙って…?」シンジは突然の沈黙にびっくりして言う。
「今、電波のツッコミが入ったの」
 って、わしゃ電波の人かい!?
「やっぱり自覚がないみたい…」
「あ、あの、さっきから何話してるの?」シンジはだらだらと冷汗をかいていた。今、シンジは街角でにこにこと話しかけてくるんで、ついこっちもにこやかに対応してしまったら実は宗教の人だったというのに近い危険を感じていた。
 うう、何かわからないけどこのままだと絶対にヤバイ…
「あなたには聞こえないの?」
「い、いや、聞こえないのかと言われても…」
 そんな逃げ腰のシンジの手を、その小さな漣の手がとる。「でも聞こえなくても大丈夫。こうやって電波を伝えれば…」そう言うとやおらシンジの手を自分の胸に押しつけた。
 シンジの神経回路がショートし、頭の中でぐるぐると渦巻が周り始める。なななななななんなんだいいいいいいいいいいいいいきなりこの状況は!ひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょっとして作者がまた僕をハメようとしてるのか?じじじじじじじじじ実は彼女は男で渚カヲルで失敗した(そうなのか?)八追クンねたをやらかそうとしてるとか…
 しかし右手に伝わる感触はどう考えても本物としか思えなかった。
 いいいいいいいいいいいいいやそれでもちょっと待て、相手は電波を受信するなんて携帯電話と同党なんだぞ、宗教少女なんだぞ、隣のサイコさんなんだぞ!!!!
 しかしそんなシンジを漣が上目使いで見あげる。少しはにかんだ様な(気がするだけの)表情はどう見ても綾波レイそのものと言っていいほど瓜二つだった。
 べべべべべべべ別にいいんだよな、親子ってわけじゃないし、ままままさか作者も生き別れの兄弟なんて使い古されたテは使わないよな…そそそそそそれに据え膳食わぬはなんとやらと…
「さ、漣さん!」理性のぶち切れかけたシンジががばっと漣に抱きつこうとする。結局顔が同じならなんでもいいのか、お前は。
「ちょっと待ちなさい!」突然一輪のバラが、いざ重なり合おうとした二人めがけ投げつけられる。バラはそのままぷすっとシンジの後頭部に刺さった。
「バラ、バラ、バラがさささささささっ…!!!」わたわたと慌てるシンジの前に、ずいと制服姿のアスカが現れる。
「無理矢理殿方を手籠めにしようなんざ、許せねえ、許せねえ!てめえら人間じゃねえ!
 意味もなく時代劇口調になったアスカが唐傘を担いで見栄を切った。どうでもいいけど、なんで破れ傘○舟なんか知ってるんだ?
「う、うるさいわね!再放送をたまたま見たのよ!」アスカは真っ赤になりながら答える。「とにかくそんなことはこの私が…」ふと目をベンチの二人に移すと、後頭部にバラをつき立てたシンジが漣に覆いかぶさるようにつっぷしていた。「ちょっ、ちょっとシンジ何してるのよ!」
「何してるって、頭にバラがささって…」シンジは意識をもうろうとさせながら頭に刺さったバラを指す。
「ああああああああんた、そんな無表情女は押し倒せても、この私は押し倒せないってぇの!?」
「いや、だから違う…」
 あんまり違わんと思うが…
「きーっ!許せないわ!アンタこそ人間じゃないわ!!」
 逆上したアスカはシンジの背中にぶすぶすとバラを刺していく。うん、まあ前々から人間失格じゃないかとは思ってたけどね。
「ああ〜、どうでもいいけどやりすぎるといくらこれがギャグでも死んじゃうわよ…」ミサトがたしなめるが当然聞いちゃいない。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「あらまあ、みなさん、にぎやかねえ…」綾波レイがひょいと顔を出す。「で、何してらっしゃるの?」
「アンタも自分の息子が死にかけてるってのにマイペースねぇ…」ミサトがつぶやく。
 まあそういうキャラクターだからね、うん。
「つまり、お二人はヂュエリストでバラの花婿とのエンゲージをかけて決闘するわけですね?」
 突然マヤが口を挟んだ。
「おわ!」いきなりの登場にミサトが思わずのけぞる。「な、な、いきなりなんでアンタがここにいるのよ!」
「え〜、なんでと言われましても…」マヤは困った表情を作った。
「アンタたちは実験体を探してたんでしょ!?」
「ええ、ですから…」マヤは手に猫にゃん棒を持ったままもじもじする。
「説明しよう!」突然そう言ったのは拡声器を手にフェンスの上に仁王立ちでふんぞりかえった白衣姿のリツコだった。「それはマヤの手の猫にゃん…もとい!探知器を見て頂戴!」
 一同の視線がマヤの手の猫にゃん棒にそそがれる。マヤの持つ猫にゃん棒はまず綾波を指し、次にアスカたちのいるベンチの方を示す。猫にゃん棒はその間をはげしく行ったり来たりしていた。
「こ、これはどういうこと!?」ミサトが大げさに驚いて見せる。
「つまり結論はただ一つ!すなわち脱走した実験体とは…」リツコはびしっとその人物を指さした。「あなただったのね!シンジ君!!」
 アスカがシンジを刺すのをやめ、つかつかとリツコの立つフェンスに近付いていくとどんっ、とリツコを押し出した。
「ああああああああれえええええええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜…
 落下しながら響くリツコの悲鳴が小さくなっていく。アスカは落ちていくリツコを見届けると、フッ、と鼻で笑った。
 一同唖然としてる中に、どだだだ…とあわただしい足音が近付いて来る。出入口の扉を叩きつけるようにして息を切らせて屋上に登ってきたのは頭から血をだくだくと流し続けるリツコだった。
「ちょっとこの小娘!いきなり何するのよ、死ぬかと思ったじゃない!!」
 リツコがアスカの胸ぐらを掴む。アスカは目を逸してちっ、と舌うちした。
「普通は死ぬけどね…」ミサトがつぶやく。
「アンタねえ!」アスカはリツコの胸ぐらを反対に掴み返す。「良く見なさいよ!もっとあからさまに怪しいのがいるでしょ!」そう言って漣レイを指さした。
 当の漣レイはきょとんとしている。
「きっとあの女は酸の血液を持つ変幻自在のクリーチャーで人間の腹の中に卵を産みつけてはフェイスハガーで食い破るモンスターなんだわ!そうにきまってるわ!!」
「あの〜、そこまで行くと幾らなんでも飛躍のしすぎじゃ…」ミサトがアスカをなだめる。
「わかるもんですか!この女が勤めてる様なトコで創られた実験動物よ!」そう言ってリツコを指さす。
「うーん、そう言ってしまうと反論できないんだけど…」
「ミサト!」リツコが眉をつり上げる。「あなたどっちの味方!?」
「いや、どっちの味方って言われてもねえ…」
「ともかくこのイキモノは即刻処分すべきよ!覚悟しなさい!」そう言ってアスカは指の関節をポキポキと鳴らしながらじりじりと漣に近付いていく。
「駄目よ!アスカちゃん!!」
 いきなり綾波レイが叫ぶ。
「お、おばさま…」突然の叱咤にアスカはたじろいだ。
「女の子がそんな荒っぽいことしちゃいけません!」
 ミサトは背中にブスブスとバラを刺され地面にうつぶせになってる息も絶え絶えのシンジをちらっと見た。「そう思うんならまずあんたの息子が刺されるのを止めなさいよ…」
「それに何と言っても…」そう言ってつかつかと漣に近付いていく。
「何と言っても?」一同が聞き返す。
「こんなに可愛い顔を傷つけるなんて…むごいわ!」そう言って漣をだきっと抱きしめた。
 全員の額に冷汗がたらりと流れる。「あの〜、おばさま…?」
「だってぇ〜こんなに愛らしい顔をしてるんですものぉ…」そう言って自分そっくりの無表情な漣の顔にすりすりと頬を擦り寄せる。
 全員その光景を顔をひくつかせながら目にし、声にこそ出さなかったが全く同じ突っ込みを心の中でしていた。
『フツー自分でソコまで言うか?この女は!』
「こんな可愛い娘が実験体なんて何かの間違いよ、ね?」
「『ね?』とか言われても…」アスカが返答に窮する。
「そうよ!この天才リツコ様の作った探知器に間違いはないわ!」リツコが胸を張る。
「…ということは信用できないにしても確かにあからさまに怪しいですし…」
「ちょっと待ちなさい!」リツコがキッとアスカを睨んだ。「この私の才能を疑うっていうの!?」
「うん」何の躊躇もなく思いっきり肯定する。
「この私が、いつ、何年何月何時何分何秒に間違いをおかしたってぇの!?言って御覧なさいよ?え?」
 リツコはアスカに詰め寄った。
「…ってアンタはガキか!」と、アスカが右ストレートをくらわそうとした瞬間、リツコの顔前の空間に八角形の幾何学模様が描かれ、アスカの黄金の拳を弾き返す。
「なに!?」
「ふっふっふっふっ…」リツコが勝ち誇った笑みを浮かべる。「どうやら落ちてる間に作った新アイテムの実験は成功の様ね」
「ま、まさかATフィールド!?」ミサトが叫ぶ。「まさかエ○ァじゃあるまいし…」
「…ってこれはエヴァのパロディなんですけど…」マヤがミサトにツッコミを入れる。
「あ、そっか」
「それになんで伏せ字なんです?」
「いやぁ、いつもの癖が出ちゃって…」ミサトが頭をかいて弁解した。
「流石はミサト、良く判ったわね!」リツコはミサトの方に向き直る。
「リツコ、あなたギャグなのにAbusolute Terror Fieldなんて、そんな真面目な設定持ち込んでいいと思ってるの!?」
「待ちなさい。誰もこれはAbsolute Terror Fieldなんて言ってないわよ」そう言ってリツコは白衣の下から白く輝く、紙性のでっかい扇子を取り出した。
「ハリセン?????」全員が目を点にする。
「そう!漫才においてツッコミ側が持ち、決してボケ側が持つことのないこのアイテム!これこそがAnti-Tsukkomi Field!略してATフィールド…」
 言いかけたリツコの後ろからやおらアスカが歩み寄り、その手からハリセン、もといATフィールドをもぎとるとそれで思いっきりリツコの頭をはたき倒した。「ぬわにがATフィールドか!このボケ!!」
「っつ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」リツコは頭を抱えてうずくまる。「しまった、ATフィールドを奪われる可能性までは検討してなかったわ!この天才リツコ博士ともあろうものがなんたる失敗…」
「アンタは生まれてきたこと自体が失敗よ!!うりゃっ、うりゃっ!!!」
 アスカの連続ハリセン攻撃は容赦なくリツコを叩きのめした。
「ああ!私は何もしてないのにみんなが苛めるの、ママン!」
「ええい、誰がママンか!うっとうしい!!」そう言って一撃をくれた後、そのまま漣の方に向き直る。「この次はアンタよ、覚悟なさい!!」
 そんなアスカを、相変わらず漣はきょとんとした顔で見つめていた。
「あの、アスカさん、もう少し冷静に…」マヤがアスカのけんまくにおびえながらおそるおそる言った。
「アンタは黙ってなさい、このロボット三等兵!!」
「ロボット三等兵…」漣がその言葉に反応し、ポツリと繰り返す。「ロボット三等兵…ということはあなたはタンク・タンクローね…」そう言ってくっくっく、と笑う。
「誰がタンク・タンクローか〜〜〜〜〜っ!!」アスカがハリセンを大上段に構え漣にとびかかった。気合一閃!漣の顔目がけハリセンが降り下ろされた…と思った瞬間、そのハリセンの一撃を受けていたのはシンジの顔面だった。
「な!?シンジ!?」
 一撃を降り下ろしたアスカが驚いたような顔をする。しかしそれ以上にわけが判らないというような顔をしてるのは当の碇シンジだった。
「ちょ、ちょっとシンジ!アンタその女を庇うってぇの!?」
「????」シンジは鼻血を流しながらがてんのいかない顔をしている。「い、いや、ちょっと待って…僕にも何がなんだか…?????」
「じゃましないでよ!!」そう言って再び不動の姿勢のまま正面を見つめてる漣めがけハリセンを降り下ろした。しかしそのハリセンの前に再びシンジが踊り出、ハリセンはその顔面を捕らえた。
「ああ、碇君、私を庇ってくれているのね…」漣がぽつりとつぶやく。
「い、いや、ワケがわかんないけど身体が勝手に???」
 しかし事ここに至ってはシンジの言い訳など通る訳がない。「シ〜〜ン〜〜ジ〜〜!!!」
「い、いや、本当に…」シンジはじりじりと後ろに下がり漣にぶつかる。
「いいの、碇君。私の為に碇君が傷つくのはもう見ていられない…」どこまで本気なんだかわからない無表情で漣が言う。
「いや、僕ももう止めたいんだけど…」
「……でも碇君がそうしたいというなら無理に止めない。好意に甘えさせて貰うわ…」そう言って後ろからがっしりとシンジの身体を固定した。
「…ってちょっと待ってよ〜!!」
「ふふ、ふふふふふふふふふ…」アスカの両目がきらんと光る。「そこまで本気なら私ももう遠慮はしないわよ…」
「わ!アスカも待って!!」
 しかしシンジの言葉も虚しく、アスカはすっとハリセンを降り上げた。「死ね!死ね!もろとも死ね〜〜〜〜〜〜っっ!!」
「痛っ痛っ!!」びしびしとハリセンの容赦ない連打をくらいながらシンジが涙目で叫びを上げる。
「う〜ん、愛の為せる業だわ…」ミサトが感心したようにうなずく。
 しかしマヤは首を捻っていた。「でもシンジ君、本当になんか泣きそうですよ?」
「マヤちゃん、あなたにはまだ愛の奥深さってものが判ってないのよ」ミサトは両肩をすくめてやれやれという表情をした。
「そういうものなんですか?」
「そういうものなの」ミサトは断言する。
 傷つきながら漣の前に立つ、そんなシンジを涙しながら綾波レイが見ていた。「ああ、シンちゃんってば、私の為にあんなになってもまだ立ってるわ…」
 ミサトの耳がその一言に敏感に反応した。「『私の為』?????」
「ええ、私、この美しい母の顔が傷ついてあの子が悲しむようなことがないようにと…」
「ないようにと?」
「あの子の小さい頃から私のことを庇うようにとその身体にたたき込んで教えたんです。それこそもう条件反射になるまで」
 ミサトがひくついた笑みを浮かべる。「ちょ、ちょっと…」
「だから同じ顔のあの女の子の危機にも身体が勝手に反応してしまうのね…ああ、なんて健気なの、シンちゃん!!」
 綾波は目頭を押さえ、ミサトはこみかめを押えた。「……なんか今始めてシンジ君に心から同情する気持ちになったわ…」
「間違いだっていうのにそれでも庇うなんて、なんて偉いのかしら、ねえ、そう思いません?」
「…あたしゃそれよりアンタが人の子の母親だってことの方がよっぽど間違いだと思うわ…」
「それより、早く止めないとシンジ君、本当にイッちゃったまま帰ってこれなくなりますよ?」
 そう言ってマヤが指さすシンジは、もはや意識はなく漣によってささえられたサンドバッグと化していた。
「あ〜、アスカ、もうそのくらいにしたら?」
「うるさい!死ね!死ね!死ね〜〜〜!!」完全に聞く耳持たない状態だ。
「…じゃ、そういうことで」そう言い残し、ミサトはシュタッ、とその場を去ろうとした。
「ちょっと待って下さい!」綾波レイがそのミサトの襟をつかんで引き留める。
 勢い良く前に踏みだしかけたミサトはそのまま制服の襟で気道を潰しかけた。「…ごほっごほっ!!なにすんのよ!」
「このままじゃシンちゃんが本当に死んでしまいます!人としてそれを見過ごしてもいいんですか!?」
「…ってアンタに言われる筋合いは全っ然ないと思うんだけど…」ミサトは額に青筋を作って答える。「でも、待ってよ?な〜んかさっきから胸の辺りにつっかえてる事があんのよねぇ…」
「どうでもいいですけど」マヤが口を挟む。「今日一日で実験体を見つけて帰らないと、私たちクビになるかもしれないんですぅ…」
「あ、それだ!」急にミサトが叫んだ。「ちょっと!アスカ!その娘実験体じゃないわよ!」
 その声にアスカの動きがピタッと止まる。「…はい?」
「だってその実験体は今日逃げ出したんでしょ?だったら今日転校してこれるはずがないもの」
「???どういうこと?」アスカはがてんがいかない、という表情をした。
「じゃ、その辺はシンジ君の担当の加持教諭に説明して貰いましょうか」そう言って加持リョウジをぐいっと引き寄せる。
「あ!何時の間に!?」マヤが驚く。
「ずいぶん手回しがいいですねえ…」綾波も感心した様に言った。
「いいのよ、進行が押してるんだから」ミサトが言い返した。
「進行?何の?」
「いいの!良い子は気にしない!と、いうわけであの娘はいつこの学校に来たのか、説明して頂戴!」
「いや、まあしろと言われればするけど」加持は状況が掴めず言われるままに説明し出す。「転校してきたのは今日だけど、学校に来たのは今日じゃないんだ」
「それって一体…」
「いや、単純な話で転校って言っても色々手続きがあるからね。先日保護者の方と一緒に学校に来てるよ」
「と、いうわけでその娘が今日逃げ出した実験体なわけがない、ってワケ。わかった?」
「いえ、別にそれはおかしくも…」今まで地面に倒れていたリツコがそう言いかけた所をミサトが脚で踏み潰す。
「アンタは黙ってらっしゃい!アンタが口出すと収まるものも収まんなくなるのよ!!」
「なぁんだ、そういうことなんだ!」アスカが晴れやかな笑顔でそう言った。
「そう、そういうことなのよ!わかった?アスカ!」
「ええ、わかったわ、ミサト…」と言いかけて急に表情を険しくする。「…なんて言うワケないでしょ!!そんなの関係ないわよ!オラオラ!!死ね死ね死ね〜〜〜!!!!!」
 そう叫びながらシンジに再びハリセンチョップの嵐を浴びせる。
「…なんかもう理屈じゃなくなっちゃてるらしいですよ?」
 マヤがミサトの耳元で囁やいた。
「実験体だろうがそうでなかろうが関係ないわよ!!シンジをたぶらかすなんて、育てた親の顔が見たいわ!!」
「見たい?」そう言ったのはシンジの後ろに隠れていた漣だった。
 一瞬アスカの手もピタリと止まる。「は?」
「じゃ、今呼ぶから」そう言って携帯電話を取り出すと、どこかにかけ出した。「あ、バアさん?私。それじゃ」それだけ言うと通話を切った。
 一同がわけがわからず漣を見守っている中、どこか遠くから大地を揺るがすような響きが聞こえてきた。次第にその音が大きくなっていき、突然屋上の出入口が勢い良く開かれると、土煙を上げながら猛烈な勢いで飛び出してきた人物が、手に持ったスリッパで漣の頭を思いきりはたいた。
「誰がバアさんか!誰が!!」
 全員が唖然としている中で、はたかれた勢いで首を傾けたままの漣が口を開く。「この人が私の保護者のバアさん…」
「バアさんじゃなくって『お姉様』と呼びなさいと言ってるでしょう!!」髪を紫に染め、紫のルージュをひいたそのちょっと歳のいった女性は漣の襟元を掴むとがしがしと前後にゆすった。
「あ、あの〜…」すっかり毒気を抜かれてしまったアスカがその女性に呼びかける。
「あ、あらやだ!」アスカの声に我に返った彼女は、漣の襟を放しいずまいを正す。「みなさま始めまして。私、漣レイの『姉』の赤木ナオコと申します」
「姉と言うのはだいぶ無理があるわ、バアさん…」漣が誰に言うともなくつぶやく。
「バアさんじゃなくて『お姉様』!!」ナオコはキッと漣を睨みつける。そのあと表情を一転、和やかにして全員に向き直った。「この子ったらちょっと常識外れなところがあるものですから…みなさまに御迷惑をおかけしたようで…おほほほほ…でわ失礼致しますわ」そう言って漣レイを引っ張って連れていこうとする。
「赤木ナオコ…赤木…」アスカが口の中で繰り返す。「どっかで聞いたような…」
「赤木…ナオコ?」その単語に反応したものがいた。急に倒れていたリツコがミサトの脚をはねのけ起き上がる。「母さん!?」
「ええ〜〜〜〜っ!!母さん!?」その場にいた全員がのけぞる。むろん当の赤木親子と漣レイ、意識を失ったままのシンジは除いてだが。
 赤木ナオコはギクッとして一瞬動きを止める。「あ、あら、なんのことかしら?私にはあなたみたいな大きな子供なんか…」
「何言ってるのよ!」リツコはつかつかとナオコに詰め寄る。「10年前いきなり行方不明になったきり音信不通で、一体今まで何をしてたの!」
「さ、さあ、何のことだか…」すっとぼけようとしているが顔には油汗がにじんでいる。
「第一何よ、その化粧!そのトシで恥ずかしくないの!?」
 言い終るか言い終らないかのうちに、リツコの頭をナオコがパコーンとスリッパではたいた。「お前まで歳のことを言うか!!」
「うーん、行動パターンがまんま親子ね…」ミサトがしげしげと親子のドツキ漫才を見ながら言う。
「ふふふ…バレてしまっては仕方ないわね。そう、私こそがその名を知られた天才科学者、赤木ナオコその人なのよ!」
 しーん。静寂が辺りを支配する。
「…ねえ、アスカ、知ってる?」
「ううん。全然」ミサトの問いに首を左右に振る。
「あ〜!もう!黙らっしゃい黙らっしゃい黙らっしゃい!!!」ナオコはダンダンダン、と地面を力いっぱい踏んだ。「ったく!近頃の若いのは物を知らない上に礼儀知らずだわ!!」
 そのせりふが出ちゃあ自分で年寄りと言ってるようなもんだよ、ナオコさん。
「いいえ、お母様、めげてはだめ!」リツコがナオコの傍らに身体を寄せる。
 ナオコははっとしたように冷静さを取り戻した。「そ、そうね。私としたことがついとりみだしてしまったわ。世間の愚民どもが何と言おうと私たちはめげないわ。だって…」
 そこで二人は手を組んで声を合わせる。「なんてったって赤木(リツコ|ナオコ)は天才なんですもの!」
 自分たちだけの世界に入り込んでしまった二人を全員がしらーっと見つめていた。
「あー、うん、確かに親子だわ、こりゃ」ミサトがつぶやいた。
「…なんかどうでもいいけど、キャラクター変わったわね、この女も」アスカもぼそっと言う。
「で、お母様。いったい10年前に何があったの?話してくださらない?」リツコは目をきらきらとさせてナオコに訴えかける。
「あ、なんかさっきと口調が変わってる」
 アスカとミサトがひそひそとつぶやき合う。
「妙な結束力がついたみたいね、どうやら」
「これも全てあのにっくき碇ゲンドウに復讐をするためなのよ」
「碇所長に?」ナオコの言葉にリツコが顔を曇らす。
 ナオコはふっと遠い目をした。「そう、あれは10年前の冬の日の事だったわ…」


「赤木博士。こんなところに呼び出してどうしましたか?」そう言って研究所の隣の公園の枯木立に現れたのは髭を生やしていないまだ若かりし碇ゲンドウだった。
(ね、ちょっとちょっと。なんでここにいないはずの碇の小父様がいきなり出てくるわけ?)
(馬鹿ね!これはあのバア…もとい、赤木ナオコ博士の回想なのよ!)

「ええい!お前ら人の回想の中でごちゃごちゃ言うのはやめんか!!」赤木ナオコが眉を吊り上げ怒鳴った。
「…?どうしました?誰かいるのですか?」ゲンドウがきょろきょろと辺りを見回す。
「い、いえ、なんでもありませんわ」ナオコは襟元を正してゲンドウと向かい合った。「と、ところでこの前お話した件ですけど、考えていただけたでしょうか?」
 ナオコは頬を染める。
(あらまぁ、年甲斐もなく色気づいちゃって)
 ナオコの片方の眉がぴくっと跳ね上がる。
「ああ、あの事ですか…」ゲンドウは視線を逸らす。「あの事でしたら、申し上げにくいですが…」
「!どっ、どうしてですか!?まだ奥様のことが忘れられないのはわかっていますわ。でも…!」
「しかし、私にはあなたの気持ちに応えることは…」ゲンドウが言い終わる前にナオコが言葉を遮った。
「どうしてです!?もし私に至らないことがあったら何でも言ってください!何であろうと直してみせますわ!!」
(あ〜あ、典型的な老女の深情けだわ、こりゃ)
 ナオコの口元がひくっとひきつった。
「しかし、とてもそれが可能とは…」ゲンドウはためらい勝ちに言う。
「遠慮なく言ってください!決して恨んだりはしませんから!」
(駄目よね。自分ってもんが分かってないわよ、この女)
(そうそう。何事も引き際が肝心。後引いていいのは納豆の糸だけだってえの)
 ナオコの額の血管がぷちんと切れる。「さっきから人の回想シーンに文句ばっかつけおって〜〜!!!!」
「赤木博士?」ゲンドウが怪訝な顔をする。「さっきから誰と話をしてるんです?」
 ナオコははっとして声音を変えた。「い、いえ、どうかお気になさらないで…ホホホホホ…」
「はあ…」
「で、お答えいただけますか?」
「そこまで言うのなら申しますが…」
 ナオコは息を飲んだ。
「…………………」


「そしたらあのロリコン親父『バアさんは趣味じゃない』とぬかしやがったのよ!まだ40そこそこの女盛りのこの私に向かってよ!!」
 再び全員はしらけた雰囲気に包まれた。
「…まあだいたいオチは読めてたわね」
「40過ぎてりゃ十分バアさんよね」
 ナオコはまだこそこそと悪態をついてるアスカとミサトを睨み付けた。
「お前らも回想シーン終わってるのにいい加減にせえよ!」
「あ、もう終わってたんだ」ミサトが意外そうに言う。
「年寄りの昔話は長いって相場が決まってるからもっとかかるかとおもっちゃった」アスカはそう言いながら大きなあくびをした。
「あ〜、もう、こいつらは言いたい放題!」ナオコは地団太を踏んだ。「だけどそれだけならまだともかく、あのタコ親父、この私をだまくらかして自分の死んだ奥さんのクローンを作らせたのよ!女のプライドをなんだと思ってるの!」
「へぇ〜、クローンねえ…」アスカは首をかしげる。「どっかで聞いたわね…」
「あの〜、それって」綾波レイがひょこっと顔を出す。「ひょっとして私のことですか?」
「わっ!」ナオコは幽霊でも見たような顔をして驚く。「な、な、なんでここに碇ユイ改め綾波レイ初号機がいるのよ!」
「え!?おばさん、クローンだったんですか!?」ミサトも驚く。
「ええ、少なくとも第一話ではそういう設定だったはずなんですけども…」
「ああ、そういえばそうだったわね」アスカがぽんと手を叩く。「あれ以来全然出てこないからその設定、作者もすっかり忘れてるんだとばかり思ったわ」
 覚えていたんだよ、それがあいにくと。
「母さん!なんてことをしてくれたの!」リツコがナオコの襟首をひっつかんだ。「あのデク人形さえいなければ、碇所長の妻の座は私のものだったと言うのに!!」
「本人目の前にしてよくそこまで言えるわねえ…」ミサトが苦笑いを浮かべながらあきれている。
「あの、赤木先輩」マヤがリツコに話しかけた。「先輩、自分のお母様が綾波レイを作ったってご存知なかったんですか?」
「そんなの知る訳ないでしょう!」リツコは怒鳴り返す。「10年前なんて私だって研究所に勤めてなかったんだから!」
「え、それじゃあ…」マヤは驚いたように言葉を継ぐ。「先輩は大化の改新を実際に目で見てたとか、娘時代は恐竜をペットにしてたとかいう噂は嘘だったんですか!?」
「って私は「世界ふしぎ発見」の黒柳徹子じゃないわよ!!」
「先輩はそう言ってるけどどう思います?坂東さん」今度はミサトに振る。
「誰が坂東英二か!」ミサトは歯をむき出しにして唸った。
「ところで質問」アスカが手を挙げる。「復讐って、具体的にどうするつもりだったの?」
「いいところに気がついたわね!」ナオコは水を得た魚のように元気を取り戻した。「まず私の作っていた実験サンプルのクローンの一体を盗み出して逐電し…」
「あ、やっぱあの娘実験体だったんだ」ミサトが納得したようにいう。「どうでもいいけど、10年前と今回、リツコのとこってセキュリティ甘いんじゃないの?」
「別に甘くないわよ」リツコは憮然として反論した。「盗まれたのは一回こっきりよ」
「一回…って、だって10年前と今日…」
「だぁかぁらぁ」リツコはミサトの言葉を遮って説明し出した。「あれが私たちの探してた実験体なんだってば!」
「はい?????」ナオコとリツコとマヤを除いた全員が首を捻った。
「だって今日探し始めたって…」
「探し始めたのは今日だけど、いなくなったのは10年前なの!」
「ちょっと待てぇ〜〜〜〜〜〜いっっ!!」ミサトが反論する。「じゃ、アンタたちは10年間何もせずにほっといたものを今日いきなり探し始めたってぇワケ!?」
「アンタねえ、ちゃんとこの話の冒頭部読んだの?」リツコが呆れ顔で言った。「じゃ、もう一度見せてあげるからしっかりと見なさいよ」




「ほら、10年ぶりだって副所長も言ってるでしょ?」
「言ってるでしょって、アンタねえ…」ジト目でリツコを睨む。「じゃ、なんで警報が急に鳴り出すのよ!何の意味があるってえの!」
「あ、それもちゃんと言ってるわよ、ホラ」




「警報装置が故障してて十年間鳴らなかっただけだって、碇所長、ちゃんと言ってるでしょう?」
 ミサトは目を点にする。「あれって…情報の隠蔽とかじゃなくって、本当に故障だったの?」
「くどい。『事実だ』ってちゃんと書いてあるじゃないの」
 ミサトは偏頭痛を感じ、頭を押さえる。「ああ、もう馬鹿馬鹿しいったらありゃしない…」
「…あの、私の説明、まだ途中なんだけど…!」ナオコがふるふると身を震わせて額に青筋を浮かべながら言った。
「あ、そうだったわね。じゃ、早めに頼むわ」投げ槍になったミサトが無関心な口調で言った。
「…なんか引っかかる物言いだけどまあいいわ。すなわちここにいる漣レイを盗み出し、育て上げた上で…」
「うえで?」アスカもあくびをしながら合いの手を打つ。
「…え〜っと、育て上げてね、それで、え〜っと、なんだったかしら?」ナオコは漣に聞く。
「…知るわけないでしょ、バアさん」
「だから誰がバアさんか!」そう言って漣の首をきゅうっと締め上げる。
「あのさ、ひょっとして実は一時的な激情で行動しただけで何も考えてなかったんじゃないの?」
 退屈そうに爪の掃除をしながら言ったアスカの一言に、ナオコは図星と言う表情をする。
「え?え?そそそそそそそそんな訳ないじゃないの!こここここここここの私ともあろう者が!」
「いやですね。私恐いです、脳軟化症って…」マヤがボソッとひどい一言を言った。
 アスカがマヤをジトッと見る。
「アンタ、私でもそこまでは言わないわよ…」
「だ、誰がアルツハイマーよ!良い事!?私の尊大な計画を聞かせたらおつむの貧弱なパンピーはとても耐えられないから言わないでおいてあげてるだけなのよ、ホーッホッホッホホホ…」
 むなしい笑いが響き渡る。全員ナオコを見つめる目が全く信用していない。
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…ではさらば!」いきなりナオコが懐から煙玉をを取り出し地面に叩き付けると辺り一帯は紫色の煙に包まれた。「ホーッホッホ…あいる・びー・ばーーっく!!」
「二度と帰ってくるな〜〜〜〜っ!!」ミサトとリツコが同時に叫んだ。
「ゴホ!ゴホ!!何なのよ!一体あの女は!!」アスカがむせ返りながら悪態を吐く。
 ようやく煙が収まった後には、ナオコと漣の姿は掻き消えていた。
「なんか騒がせるだけ騒がせて帰っていったけど、一体あれは、何だったのよ?」アスカがミサトに聞く。
「知るかい。私に聞かないで頂戴」ミサトは返答に窮してそう言い捨てる。
「ま、何はともあれ」アスカは急に胸を張ってふんぞり返った。「挑戦者は試合放棄したわけだからこの私がディフェンディング・チャンピオンってわけね!」
「いや、まあそういうことにしてもいいけどね」ミサトが半ば呆れて言う。
「確かに漣の脅威は去ったわ」リツコが遠くの空を見ながら口を開いた。「でも私にはあれが最後の綾波シリーズとは思えない…」
 全員がリツコの方を見、そして同時に聞き返す。「はい?」
「私たちが漣の脅威を忘れ奢り高ぶったとき、あるいは作者がネタに詰まったとき、第二第三の綾波シリーズが現れるかもしれない。その時私たちはどうしたらいいのか…」
「…あの、それって…」アスカが冷や汗をかきながらリツコに聞き返す。
「あら、綾波型、すなわち特二型って、漣の他にも敷波朝霧夕霧天霧狭霧朧曙潮と全部で11隻、特型全部では24隻建造されてるのよ。つまり…」
 言い終わる前に全員が白く輝くハリセ…もとい、ATフィールドを装着した。
「あ、あら、どうしたの、みんな…?」
 きょろきょろと周りを見回すリツコに、全員が全く同じタイミングでツッコミを入れていた。
「いい加減に、しなさい!!」



「碇、リツコくんからの報告によると、例の実験体は赤木ナオコくんによって持ち出されていたそうだ」
「そうか…」ゲンドウは机の上で手を汲みながら、何を考えているか分からぬ表情でじっと正面を見詰めていた。
「…碇、いよいよ始まるのか?」
 冬月の問いに、ああ、とうなずいてみせる。「上がったテンションは下げるわけにはいかない。しかし押し進めることはできるのだよ…」
 暫く静寂が訪れた。
「…碇」ややして冬月が口を開く。「おまえ、実は何も考えてないだろう」
「…ニヤリ」
「いや、ニヤリじゃなくってだなぁ…しかも口で言ってるし
「ぬるいな…」
「いや、だからそうでもなくって…」



「あ〜あ」アスカは屋上で身体いっぱい伸びをする。「なんか今日は疲れちゃったな」
「そりゃまあアンタはあんだけあばれたんだからそうでしょうよ」ミサトがすかさずツッコミを入れた。
「みなさん、少しは手伝ってください…」全員のハリセンツッコミを受けて気絶したリツコを一人で抱えながらマヤが泣きそうになる。
「アンタが一番力いっぱいはたいてたじゃないの!そのくらい我慢しなさいよ!」
「そんなぁ…トホホ」マヤは一層泣きっ面になった。
「だけど結局今日一日はサボりだったな」加持が困ったようにつぶやく。「あまり教師としてはいい顔はできないんだけどな…」
「まあまあ、硬い事は言わない言わない」ミサトがごまかすように言う。
「それにしてもお腹空いたぁ!」
「そう言えばお昼ご飯たべるのも忘れてたわね」
「あ、それでしたら駅前にいい甘味処ができたんですよ」綾波が口を開く。
「じゃ、そこ行きましょ!」アスカが元気良く言った。「勿論加持先生のオゴリね!」
「いや、まだ給料日前なんだけどな…」
「ぶつくさ言わない!女の子に奢るのは男の義務でしょ!」後ろからミサトがどんと背中を叩いた。
「しかたないなぁ…」加持は苦笑しながら答える。
「でも、さっきからちょっと気になってるんですけど」マヤが息を切らせながら言う。「なんか大事な事忘れてる気がしません?」
「そう言えばそんな気もするわねぇ」綾波も何かを思い出そうとするように考え出した。
「まあいいじゃない、そんなこと!」アスカが全員を促す。「忘れてるってことは、あんまり大事な事じゃないってことよ!それよりはやく甘味処、甘味処!」
「はいはい、わかったわよ」アスカに押されるようにして屋上から出て行く。
「あ、みなさん、待ってください!!」最後にリツコを引きずったマヤが屋上を降りると、バタンと扉が閉められた。
 後には…………背中じゅうをバラの茎に刺され、全身打撲で息も絶え絶えに突っ伏したままの碇シンジが横たわっていた。
「ぼ、僕が主人公なのに…」碇シンジの目は血の涙を流していた。
 まあ作者が次回まで忘れてなければなんとかなるよ。保証の限りではないがな。