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「でさ、俺ンちの母ちゃんがまたうるさくってさ…」
いつもと変わらぬ登校風景、ケンスケがシンジとトウジにグチをこぼす。
「お前のとこだけやないで、うちのオカンも同じようなもんや」
トウジが感慨深げにうなずく。
「でもさ、それって心配されてるってことだろ。羨ましいな…」
シンジが小さな声でつぶやいた。
「そんなん言うてられるうちが華やで」
トウジが横目でシンジにちらりと目をくれて言う。
ケンスケがトウジの言葉でふと思い出したように言った。
「でもさ、碇の母親の話ってそういえば聞いたことないよな」
「え…?」突然のケンスケの言葉にシンジがうろたえる。「は、話すようなことがなにもないからだよ」
「なんやそう言われると無性に聞きたくなるの〜」トウジがシンジの首に手を回す。「なんか隠してるやろ?ワシにだけ言うてみ」
「ほ、ほんとに何もないんだってば…」首をトウジに抱えられた格好になったままシンジが、そう言ってトウジの手を振りほどいたそのとき…
「シンちゃーん」遥か後ろの方から声がした。
その声にシンジの身体がびくっと震えた。
「シンちゃん、シンちゃんってば」女の子のものらしい声はなおも続く。
「なあ、碇、呼ばれてるのお前じゃないのか?」
「ち、違う、違うよ!」真っ青になった顔を左右に振り回して否定する。
「違う言うても、近付いてくるで。ほら…」
「ちょっとシンちゃん!」シンジの背後から先ほどからの少女の声が呼び止めた。シンジは直立不動の姿勢でその場に固まってしまった。「さっきから呼んでるのに返事もしないなんて!」
トウジとケンスケが振り替えると、そこには同じ年くらいの、水色のショートの髪と紅い瞳が特徴的な可愛らしい少女が腰に手をあててシンジを上目使いに睨んでいた。その怒り方がまたすねてるようで妙に可愛い。
「な、なんだよ、綾波!学校には来ないでって言ったじゃないか」シンジがやっと少女の方を向いて答えた。その様子もどこかおびえてる様だ。
「何言ってるの、また他人行儀に名字で呼んだりして!お弁当忘れたから届けに来てあげたんじゃないの!」そう言って弁当の包みをシンジに向かって突き出した。
「いいよ、いらないよ。もう帰ってよ!」
べきっ!
シンジが怒鳴った瞬間、トウジのヘッドバッドがシンジのおでこめがけ浴びせられた。
「な、何するんだよ!痛いじゃないか!」シンジはおでこを押さえて言った。
「何するんだよ、はお前の方や!こんな可愛い彼女か妹か知らんが、何て酷いことぬかすんじゃ!」
「そうそう」ケンスケが合槌を打つ。「碇にこんな彼女がいるなんて知らなかったよ。しかもこんな健気な彼女につれなくするなんて、何様だとおもってるんだい?」
「ふ、二人には関係ないだろ!」
「まぁだぬかすか!」トウジの十連コンボが見事に決まる。
「ねえねえ。こんな冷たい男なんて捨てちゃって、ボクに乗り換えない?」ケンスケがいつの間にか少女を口説きにかかってる。
「あぁっ!抜け駆けはなしやで、ケンスケ!」
「や、やめろよ、二人とも!」
ふらふらと止めに入るシンジをよそに、少女は二人に無邪気に笑いかける。
「お二人とも、シンちゃんのお友達?」
「そうで〜すっ」トウジとケンスケの声がハモる。
それを聞いて少女は頭を深々と下げた。
「これはこれは、いつもシンちゃんがお世話になってます。私…」
「い、言っちゃだめだぁっっ!!」シンジの声が響く。しかし願い虚しく少女は後を続けた。
「私、碇シンジの母です」
「そう、碇の…」トウジ、ケンスケの笑顔が凍り付く。「え〜っっっっ?!!!!」




家庭 事情
(前編)  に至るそして
 



「ホンマ、今朝は心底肝潰したで」トウジは机の上に座って、椅子に座ってるシンジとケンスケを見下ろしていた。
「そうそう、どう見ても年下か、いいとこ同い年にしか見えないもんな」ケンスケが椅子の背にもたれる。「でも、可愛かったよな…」
「何だよ、二人とも人の母親に」シンジが二人を睨んだ。「若作りの母親を持った息子の気持ちなんて、二人にはわからないんだよ」
「でもさ、やっぱああいう母親と一つ屋根の下で暮らしてるとムラムラって来る事とかないのかよ」
「なっ!!」シンジの顔がとたんに朱に染まる。「何馬鹿言ってるんだよ!」
「真っ赤になって否定するところが、ア・ヤ・シ・イな〜」
「なっなっなっ…」シンジの目が涙目になってきたその時、突然教室の前の扉が乱暴に開けられた。
「ちょっと、バカシンジ!」教室中に気丈な少女の怒鳴り声が響く。「勝手にアタシを置いて学校に来てるんじゃないわよ!!」
「アスカ…」つかつかと教室に入って来たのはやや赤みがかった長い髪を赤い髪留めで後ろに留めたいかにも気の強そうな少女だった。「こ、ここは男子校だろ…何で来てるんだよ」
少女は構わずシンジにつかみかかった。「アンタバカァ?!男子校と女子校ったって、道挟んですぐ向かいじゃない!それよりも今日の放課後買い物に行くから今度は待ってるのよ!!」
「え…?僕も行くの?」シンジが眉をハの字にして答えた。
「そうよ、アンタも、来るのよ!荷物持ちっ!!」
「いいよな…シンジは。あんな母親がいる上にちゃんとアスカって彼女もいるんだもんな…」ケンスケがぽつりとつぶやく。
「いんや、彼女ってよりは女王様と奴隷やで…」トウジが誰に話すともなく答える。
「だ〜れが女王様よ!」アスカがトウジに標的を変えた。「アタシはこのバカシンジに幼馴染のよしみで仕方なく一緒にいてやってるんじゃないの!」
「そう言えばアスカは小学校からシンジと一緒なんだっけ?」思い出したようにケンスケが尋ねた。
「不本意ながら、ね」
「じゃ、シンジの母ちゃんのことも知ってるだろ?」
「綾波のおばさま?知ってるわよ」
「あれってほんとにシンジの母親?」
「なっ…」シンジが絶句した。
「せや、ワシもそれが気になってたんや」
「って言われても、私が物心ついたときからあんな感じだったような気がするし、小学校より前は知らないし…」
「第一名字が違うのは変やろ?」
「それきっと流行の夫婦別姓…」シンジが呟いたが、その声は三人に完全に無視された。
「第一、14のシンジの母親だとすると、16で産んだとしても今30だろ?それであの外見は絶対変だよ」
「そ、そういえばそうよね…」
「もうっ!何言ってるんだよ、そんなわけないだろ!!」シンジがたまりかねて叫ぶ。
「じゃぁ証拠みせてみろよ」ケンスケが詰め寄った。
「しょ、証拠?」
「せやな、もしホントの母親やったら、赤ん坊のシンジと一緒に写ってる写真が一枚くらいあるはずやろ」
「なんだ、そんな写真くらい…」ほっとした様子で言ったが、後の言葉がぴたりと止まった。「…そう言えば見たことない…」
「そっかー、やっぱりなー」
「血の繋がらん母親と一つ屋根の下っちゅうことはやっぱり…」
「いつしか二人は親子の壁を越え男と女に…」
「あー、禁断の愛憎劇やな」
それを聞いて逆上したのはシンジでなく、むしろアスカだった。
「ちょぉっと何馬鹿なこと言ってるのよ、三馬鹿No.1にNo.2!そんな訳ないじゃないの、ねぇシンジ!」
「う、うん…」口ではそう答えながら内心、実はそうなのかも、と思いはじめていた。
「第一、見かけは若作りでもオバサンには変わりないじゃないの!」
「そ、そうだね…」(血が繋がってないってことは…ドキドキ)
「……何顔赤くしてるのよ、シンジ」
「え?」アスカの言葉にシンジはうろたえまくった。「と、とにかく本当の母親だってこと証明してみせるよ!」
「よく言ったわ!この私も協力してあげるから大船に乗った気でいなさい!」
「え…アスカも一緒に調べるの?」
「何よ、不満なの!?」
「そ、そんなことはないけど…」
「それじゃ早速放課後に行くわよ、三馬鹿No.3!」
「トホホ…」うなだれるシンジにトウジが同情の眼差しを向けた。
「やっぱ女王様やないか…」

「やあね奥様ったら。でね、あのTVに出てた娘、やっぱり男ができたらしいのよ…」
スーパーの前で買い物篭ぶら下げて主婦たちと止めどもない芸能ニュースで井戸端会議に花を咲かせている綾波レイの姿を、物陰からじっと見詰める二人の人影があった。碇シンジと惣流アスカだ。アスカはサングラスと帽子で、シンジは鼻付メガネで変装をしていた。シンジの鼻付メガネは無理矢理アスカに付けられたものだが、いずれにしても二人とも見る者が見ればバレバレである。
その後八百屋、本屋と綾波レイの行く先々に付いてまわっていった、が、怪しい事この上ない。周囲の好奇の目にさらされ続けたが、レイは気づいた風もない。
「15:30 スーパーO9前で井戸端会議
 15:45 八百八にて特価品の葱と竹の子、里芋を買う
 16:00 書泉ブックマートにて芸能ポストと奥様自身を立ち読み
…ここまではまるっきり普通の主婦の行動ね」
手帳にレイの行動を記しながらアスカがつぶやいた。
「ところでアスカ…」シンジがもじもじと切り出す。
「何よ、シンジ」
「このカッコって、ひょっとしてすごく恥ずかしいんじゃ…」
「アンタバカァ?!一体誰の為にこんな恥ずかしい事してると思ってるのよ!」
「いや、でも主に恥ずかしいのは僕の方…」
「それはそうと家族構成はどうなってるの?」
「家族構成ったって三人家族だから…」

父  碇ゲンドウ(46)
母  綾波 レイ( ? )
息子 碇 シンジ(14)

「何よ、この『綾波 レイ( ? )』の『( ? )』ってのは!」
「い、いや、綾波に聞いても『レディに年を聞くものじゃないわよ』って笑いながら鉄山靠かけてくるから知らないんだよ…」
「ホントにばかね!これじゃバカトウジとバカケンスケがますます付け上がるだけじゃないの!ともかくこれだけじゃ証拠には足りないわ。やっぱり決め手は小さい頃の写真ね!」
「でも見たことないよ…」
「探せばどこかに一枚くらいあるはずでしょ!さっさと探すのよ!」
「…でもだったら今までこんなハズカシイ格好してた意味って…」
シンジが自分がつけてる鼻メガネを指差す。
「何よ、まだそんなカッコしてたの?さっさとはずしなさいよ。恥ずかしいから」
「トホホ…」
「やっぱりないな…」椅子を踏台にして箪笥の上段の奥をまさぐりながらため息混じりにシンジはつぶやいた。「どだい、ないものはやっぱりないんだよ」
家に戻ったシンジは早速家中を探しまくっていた。が、やはり一枚として目的にかなう写真は出てこなかった。
シンジがため息をついてる所へ綾波が洗濯ものを抱えて通りかかった。
「あら、シンちゃん、なにやってるの?」
「うわぁあ!!」いきなり声をかけられて驚いたシンジはバランスを崩し、後ろに立っていた綾波にのしかかるように倒れ込んだ。
「きゃぁ!」綾波の悲鳴とともに洗濯ものが舞い散る。
「いてててて…」後頭部を強打したシンジは床に手をつき起き上がろうとした。しかしふと、手をついた先の感触が床とは違うことに気がついた。妙に暖かく、やわらかくってぷっくりとしてて…ぷっくり?
おそるおそる手元を見ると、丁度左手がおかれた下に綾波の胸があった…。
「うわわわわわ…!!」
「ちょ、ちょっと、早くどいて…」
綾波に言われ、ようやく手を引っ込めると飛び上がるようにして起き上がった。
「もう、ママのおっぱいが恋しいなんて…シンちゃんもまだまだ子供ね」
「ち、違うよ、何言ってんだよ!」真っ赤になってシンジは否定した。
「またまた照れちゃって、コノ〜」レイは笑いながらシンジの額を指で弾いた。「ところでなにしてたの?箪笥の奥なんか探っちゃって」
「な、なんでもないよ」そう言いながらもシンジは綾波の視線から目を逸した。
「お父さんの持ってるHな本だったらそこじゃなくって書斎の本棚の二段目の奥よ」
「あ、そうだったの…ってそうじゃないよ!」
「でもシンちゃんだってベッドの下にすっごいの隠してるじゃない」
「ちょっ…!!何で知ってるんだよ!勝手に部屋の中いじらないでって言ったじゃないか!」
「母親としては息子の趣味を知っておきたいじゃない。シンちゃんはセカンドチルドレンって娘が趣味なの?ママはファーストの方が趣味がいいと思うな…」
「もういいよ、ほっといてよ!」そう叫ぶとシンジはいたたまれずに部屋を飛び出した。「ちょっとシンちゃん…」
綾波はシンジを止めようとしたが、シンジは制止をふりきって出ていってしまった。
「…もう、難しい年頃ね」自分が難しくしてるのをよそに、綾波はため息をついた。
シンジは二階の自分の部屋に飛び込むと、ベッドに倒れ込んだ。
(綾波ってば、僕がどんなに苦しんでるか知らないんだ)
ふと左手にさっきの綾波の胸の感触が甦る。
あの一瞬、シンジは綾波をむしろ女の子として見ていた。そのことに自分で薄々気付いてきてしまっていた。
(やっぱり本当は僕は綾波を…母さんを好きなのかな)
今更何言ってんだ、と言いたくなる感傷にひたりながら、シンジは決して忘れてはならないことを思い出していた。
(父さんの書斎の、本棚の二段目の奥か…覚えておこう)
「レイ、今帰った」玄関から聞きなれた落ち着いた声がする。
夫の帰宅を次げる声を聞いて綾波がパタパタと玄関に向かった。
「あら、あなたお帰りなさい」
「うむ、ただいま」
「ゲンちゃん、おかえりのキス…」
「ん…」
綾波に誘われるままにゲンドウは屈み込むように綾波の顔へ自分の顔を近づけた。二人の唇が触れようとしたその瞬間、
「なにやってるんだよ、いい年して」
いつのまにか玄関に出ていたシンジがぼそっと言った。その右手は自分の着ているTシャツの胸のあたりを掴んでいる。
「もう、シンちゃんはまたそういうこと言って…お父さんにおかえりなさいは?」
キスを中断され、綾波は不機嫌そうだった。すねたようにシンジを睨む。
「知らないよ」シンジもすねて顔をそむける。
「もう、子どもなんだから」
「なんだい、自分のが子どもみたいな顔して…」
「シンちゃん!」
綾波の叱咤の声も聞かず、シンジはその場を逃げ出すように去っていった。
綾波はシンジの後ろ姿を見送ると、ゲンドウに向き直った。
「ごめんなさい。私がしっかりしてないせいで…」
「そんなことはない」そういいながらさりげなくゲンドウは綾波の肩を抱いた。「君はよくやってくれている。だがあいつも難しい年頃だからな」
「ゲンちゃん…」
「レイ…」
そっとよりそう二人の陰が一つに重なった。

「なんだよ人の気も知らないで」玄関からダイニングに逃げ出したシンジはそうつぶやいた。ふとテーブルに目を向けると、そこに見なれない市役所の住所の印刷されてる茶封筒があるのに気づいた。
「ところでレイ、頼んでおいた我が家の戸籍だが…」
玄関からダイニングに向かうゲンドウの声が聞こえた。
「それでしたらちゃんと午前中にとってきて、食事のテーブルの上においてありますわ」
シンジははっとして茶封筒を見詰め直した。

「やはり君はよく出来た妻だよ」
ゲンドウがダイニングに入りながらレイに言う。
「やだ、もうゲンちゃんったら」
レイが照れながらグーでゲンドウの背中を力いっぱい叩く。思わず前のめりによろけるがゲンドウはその間も顔色一つ変えない。
二人は誰もいないダイニングに入って来た。
「あら?」何もないテーブルの上を見てレイが呟く。「確かにここに置いておいたのに…」「どうした、レイ?」
「いえ、確かにここにおいたと思ったのに…」綾波は周りをきょろきょろと見回した。「市役所の封筒に入れてここに…おかしいわ、ごめんなさい。あとでもう一度探します」
「いや」ゲンドウは二階へと駆け上がるシンジの足音を耳にしながら言った。「私に心当たりがある。あとで私が探そう。問題はない…」

一方部屋に戻ったシンジは部屋の鍵をかけ、封筒を机の上に置いた。
「これで全てが分かるんだ…」
シンジは封筒に震える手を伸ばす。カッターナイフで封を切ると、中の折りたたまれた白い紙を引っ張り出した。そしておそるおそる広げていった…

いつも楽しい食事風景、というわけではないが、今日はまた一段と重苦しい空気が場を包んでいた。
「それで中田の奥さんったらおかしいの…」
例によって綾波がしゃべりまくっているが、いつもはお愛想程度に相づちをうつシンジもむっとした様子で黙々と端を運んでいる。
「…なわけ、変よね。そう思うでしょ、シンちゃん?」
しかしシンジは相変わらずムスっとしたままだ。
「ちょっとシンちゃん、返事くらいしなさいよ」
「うるさいなあ」シンジがぼそっと言う。
「なんですって?」レイの顔から笑顔が消える。「ちょっとシンちゃん、そういう口の利き方はないでしょう?」
「うるさいからうるさいって言ったんだよ」
「今日はなんか変じゃない?ママにこんなにつっかかってくるなんて」
「何言ってるんだよ、本当の母親じゃないくせに」
「なっ…」綾波が絶句する。「なんてこと言うの!実の母親に向かって!」
「だったら僕の赤ん坊の頃の写真を見せてよ!」
「え、それは…」今度は綾波が言葉につまった。
「ほら見なよ、見せられないくせに」
「ほら、家はお父さんが写真嫌いだから…」綾波はしどろもどろになって答えた。
「もういいよ、ごちそうさま!!」箸を叩き付けるように置くと、シンジは自分の部屋へと駆け上がっていった。
シンジが去っていったあと、綾波がうつむいたままゲンドウに話し掛けた。
「ねえ、やっぱり私の育て方が悪かったのかしら、親に向かってあんなこと言うなんて…」
「いや、君は悪くないよ」今まで沈黙を保っていたゲンドウが箸を置いた。「私が叱っておこう」

部屋に戻ったシンジは明かりもつけずにベッドに仰向けになったまま天井を睨んでいた。
(もう、今更母親の振りしなくたっていいのに…)
やりきれない気分のままシンジは天井を睨み続ける。
突然、コンコン、と窓をたたく音がした。シンジがふと窓の方を見るとアスカが窓のすぐ外で手を振ってるのが見えた。
「アスカ…」
隣に住んでるアスカはよく屋根伝いにシンジの部屋へやってくる。シンジが窓を開けると、アスカは勢いよく部屋へ飛び込んできて、開口一番まくしたててきた。
「ねえねえ、写真は見つかった?!」
シンジは暗い目のまま、視線を落とし、床を睨んだ。
「それどころじゃないんだよ」
「…って?どういうこと?」
「綾波はやっぱ母さんじゃなかったんだ」
「嘘…」アスカが言葉に詰まる。
「嘘じゃないよ。戸籍に書いてあったんだ。碇ユイって人が僕の本当の母さんなんだ」
「…そうだったの…でも気を落とさないでね、ほら、私の家だってパパが今のママと再婚してるし…」アスカがシンジを元気付けようと必死で取り繕う。
「綾波も今更母さん面することないのに…」
「気持ちはわかるけど…ん?」アスカがシンジの一言に眉をよせる。
「父さんも父さんだよ。なんでこんな大事な事、今まで黙ってたんだよ」
「あのさ、シンジ、こんな時にこういう事聞くのも何だけど…」
「何、アスカ?」シンジがきょとんとした表情でアスカの方を向く。
「あんた、ひょっとして、実は綾波レイが母親じゃなくってほっとしてるんじゃないでしょうね?」
「なっなっ…」シンジの顔が真っ赤を通りすごして黒に近い色になる。「なんだよ、そんなわけないだろ!」
「そ、そうよね、ごめんなさい」
「そ、そうだよ、へんな事言わないでよ!」
その時、再びコンコン、と音がした。今度はドアのノックの音だ。
「シンジ、話がある…」ドアの外からゲンドウの声がする。「ここを開けろ」
「こっちには話なんてないよ!」
「そうか?お前の本当の母さんのことなんだが…」
シンジの体がぴくっと動く。「ホントの…母さんの?」
「戸籍を見たのだろう?」
「うん…」急にシンジは勢いを失った。
「とにかくここをあけなさい」
シンジはゲンドウの言うままにドアの鍵を開けた。
「ホントに本当の母さんのこと、教えてくれるの?」シンジが扉の向こう側に立つゲンドウを上目遣いに睨む。
「全てを話す…ついてきなさい」そう言って部屋の奥へ視線を移した。「アスカ君もくるかね?」
アスカは少し考えて、そして肯いた。

二人はゲンドウにつれられるまま、車に乗せられて夜の街の中を引っ張りまわされた。
「私の仕事を知っているかね?」車の中で誰に聞くともなくゲンドウが言った。
「研究所の所長さん」アスカが真っ先に答えた。
「うむそうだ」
「それが母さんと何の関係が…」シンジが尋ねる。
それには答えず、ゲンドウが続ける。
「お前の母、碇ユイはお前を産んでまもなく、交通事故に遭い…」
「やっぱり死んだの?!」シンジは興奮した。
「いや、死んではいない。だが、昏睡状態に陥り、植物人間となってしまった…」
「じゃあ、父さんは母さんを見捨てて、綾波と再婚したんだな!」シンジが怒りを露にした。
「違う。話は最後まで聞け!母さんは今も元気だ」
「じゃ、治ったの?」
「いや、そういうわけでもない」
「???」
シンジが次の質問をしようとしたところで、車がある大きな建物の前で止まった。ヘッドライトに照らされた門には、「人工進化研究所」と書かれていた。
「ここ、父さんの…」
「そうだ、私の職場だ」そう言ってゲンドウは車を降りた。「見せたい物はこの中だ。ついてこい」
シンジとアスカはゲンドウに連れられ、人気のない研究所の建物の中を進んでいった。
ゲンドウはエレベーターに乗り込み、階数ボタンの下にあるスロットにセキュリティカードを差し込んだ。そしてカバーで覆われた、普段使われる事のない地下へのボタンを押した。
地下17階に着くと、ゲンドウは二人をエレベーターから降ろさせた。
「ここだ」
しかし降りたところは明かりがなく、ただ避難経路を示す安全灯のみがぼうっと発光していた。
「何にも見えないわ」アスカがぼやいた。
いや、目が慣れると目の前に巨大な水槽のようなものがあるのが見えた。
「あわてるな、今、明かりを点ける」
ゲンドウが壁のスイッチに手を伸ばすと、あたりが一気にぱぁっと明るくなった。
「うっ…」急激な光量の変化に、一瞬目が眩んだがやがて目が慣れ、シンジは恐る恐る目を開けた。そして見た物は…
目の前にある巨大な水槽、そしてその中に浮かぶ無数の裸身の綾波レイ…
「あ、綾波レイ?!」シンジが思わず顔を引きつらせてつぶやく。するとその無数の綾波レイがその呼びかけに答える様にシンジの方を向いた。そして物憂げに口を開いた…

「あーら、シンちゃんいらっしゃい」
「いつかはバレると思ったけどねぇ」
「あらアスカちゃんもいっしょだわ」
「まぁ、大きくなって」
「でもやっぱりスタイルは私のほうがいいわね…」
 ……

口々にてんで勝手な事を口走る。
「な、なんなんだよ!このものすっっっごくうらやましい状況は!!」
シンジが思わず叫ぶ。
「ちょっと、バカシンジ!なんなのよ、そのうらやましいってのは!」アスカがシンジにつかみかかる。
ゲンドウがふっと遠い目をした。
「植物状態に陥ったユイを救うべく、私は全力を尽くした。しかし脳に致命的な損傷を負ったため、それは不可能だった…そこで私は人工進化研究所所長という地位を利用してユイのクローンをつくり、それにユイの意識を移植する事に成功したのだ。それが綾波レイなのだ。お前の幼い頃の写真がないのはそれに忙しくて撮る暇がなかったからなのだ」
「それって思いっきり職権乱用じゃない…」アスカがシンジの襟元を掴んだままジト目でゲンドウを睨む。
「そ、それは取りあえずいいとして、なんであんな若くして、しかも綾波レイなんて名前にしたんだよ」襟首をアスカに掴まれたままシンジがゲンドウに尋ねた。
「決まっているだろう」ゲンドウがわかってないな、とういう風に首を振る。「その方が可愛いからだ」
「ど、どーりで本棚の二段目の奥にあるH本にそのテのが多くってしかもシャーリー=テンプルや安達由美の写真集も置いてあると思ったら!」
「むっ!シンジ、何故お前が私の秘蔵書の事をしっているのだ!?」
「うるさい!お前みたいなロリコンのマッドサイエンティストで(ぴー)(ぴー)な奴に綾波レイは、母さんは渡さないぞ!!」
「あー!!やっぱりアンタ、マザコンのロリコンで近親相姦志願の変態だったのね!!!クヤシー!!!」
アスカが掴んでいたシンジの襟をきゅうっと絞める。
「ア、アスカ苦しい…」
「嫌い嫌い!みんな嫌い!!」
「ふん、母親を押し倒して胸まで触った変態に変態呼ばわりされたくはないな」
「な、なんで父さんがそんなこと知ってるんだよ!」
「アンタそんなことまでしてたのね!えっちちかんへんたーい!もうしんじらんなーい!!」
脇で見ていたレイ=クローンが一斉につぶやいた。
『アスカちゃん、あなたも変態二人につきあって大変ね…』
「あんたにいわれたかないわよ!!」

かくして家庭内三角関係+1は完成した…あーぁ。

次回予告
(15秒バージョン)
バレンタイン、それは修羅場
たった一つのチョコ
を懸けて戦う
その
彼らの見たモノは?!
次回、「決戦、聖バレンタイン」
来週も、サービス、サービスゥ!

次回予告
(30秒バージョン)
バレンタイン、それは修羅場
にとってもにとってもその一日全て命運がかかる。
そしていつめられた
一点豪華主義チョコによる
一点突破みる。
チョコレートけてゆく!
2月14日にはに合うのか?!
次回、「決戦、聖バレンタイン」
この次も、サービスしちゃうわよ