2005年02月11日(金) 旧暦 [n年日記]
■ [その他] 買い物の追加
ナポレオン(3)/長谷川哲也フランス人ヤバイ、マジヤバイ!
■ [その他] 牛丼を食ってくる
今日は吉野家の牛丼復活の日とかで、昼飯に近場の吉野家に行く、が、なんかすごい行列できてるんですけど……行列に並んでまで食うものとは到底思えないので帰ろうと思ったが、行列は持ち帰りのもので店内で食べる分にはほとんど待たなくて良かったので食べる。が、大盛りと味噌汁を頼むも、味噌汁がなかなか来ない。いつ気付くかと待っても全然気付かないので、店員を呼んで速く持ってくるよう苦情、すると玉子と一緒に持ってくる。お詫びとかでなく、ただ間違えただけ。いや、だから玉子はたのんでないって。店員がダメ、ってのもあるのだけど、根本的に吉野家は店内で牛丼をすばやく出すために店舗設計や店員の配置も設計されているので、こういう状況は本来の想定外なのだ。
そういうのはわかってるのだけどやっぱり腹は立つもので、腹を立てたまま店を出る。きちんとお詫びの一言も言えないようじゃやっぱりだめでしょ。どう考えたってそんなありがたがるものじゃない、ということを再確認しただけだった。ちなみにお茶も出し忘れてました。
■ [その他][マンガ] 嫌なメイド
193センチのメード!?帝王・高山がコスプレ ( zakzak )。記事見出しが「メイド」でなく「メード」って辺りがスレてなくっていいですな。しかし、確かにこういうマンガなんだけどさ、なんと言うか……「メイドガイ」だったらちゃんとマスクつけないと。(論点がずれてる)今日は深+の映画の日。マスターが風邪というので、シークワーサーの絞り汁を持っていく。マズイマズイと評判でした。そういうつもりじゃなかったのに……
シネマの日だというのに、常連さんの一人が×××の方面で、やっぱりそっち方面のご友人を連れてきたので、そちらの話にずれがち……とりあえず、蛇の食い方は聞いてみたり。
せっかくの映画の日なので「七人の侍」が元ネタの映画について聞くが、やっぱり案外と出ない……「荒野の七人」シリーズ、「地獄の七人」「七人のおたく」「ダーティダズン」くらい。後は「バグズライフ」くらいか、と思ったら、マスターから「ワイルドバンチはどうだ?」と意外な言葉が……確かに、根っこのところでは影響はあるだろうけど、七人じゃないからなぁ……と思ったが、パイク、ダッチ、ゴーチ兄弟、サイクス、エンジェルと、ソーントンを加えると 七人になると気付いた。ああ、確かに七人ものだ。
2005年02月12日(土) 旧暦 [n年日記]
■ [その他] 星雲賞非公式ノミネートのページ、今年もやります
いつのまにかそんな時期になってたんですな。ってわけで、星雲賞非公式ノミネートのページ第36回版、今年も 始めます 。その宣伝のため日記の内容をちょっと先日分に移動してます。(元々先日の内容だし、構わんでしょう)
聞くところによれば 日本SFファングループ連合会議 所属団体からの参考候補作品募集が今月中だそうですので、もうそろそろ始めないといかんでしょう。
昨年は 河出書房 の「奇想コレクションシリーズ」をはじめとして海外作家短編集が充実していたので、海外短編のノミネートが期待できます。いや、期待させて。
よろしければ(そっち方面の)各方面に宣伝の方、よろしくお願いします。
2005年02月13日(日) 旧暦 [n年日記]
■ [特撮] 「怪奇大家族」追加
怪奇大家族 について。え〜っと、間違いなく少数派だと思いまつ。>たな方
つか、検索してみてわかったのは「熱狂的に支持する人は支持するけど、それ以外はほとんどスルー」なんですよね。この番組。多分、熱狂的支持者はうざくなるほど多くないので、どこが笑いどころかわからない人はそのまんま反発することも無く通り過ぎてるって状態じゃないかと。
いや、でも面白いんすよ、マジで。多分。(どっちだ?)
追加の追加:「怪奇大家族」にゲスト出演してる「MIB」な二人、キャストよく見たら「龍騎」の城戸真司(=龍騎:須賀貴匡)と編集長(=大久保:津田寛治)だよ! 全然気付かなかった。
■ [特撮][アニメ] マジですか?
魔法戦隊マジレンジャー 。え〜っと、マジっすか? といいたくなるコンセプトだけども、なんとなくダサっぽいコスチュームのデザインが却ってゴレンジャーとか髣髴とさせたり。とりあえず魔法戦隊で家族戦隊。長官ポジションがお母んで変身するのは(しかも強い)一部の層に大受けか?レッドが末っ子ってのは新機軸?
響鬼 。う〜ん、やっぱミュージカルは微妙すぎ、というかすでにそのレベルを突き抜けてる気が。あまりセリフを使わない作劇は一概に否定しないけど、明らかに向いていないと思う。あと、これ決定的な問題だけど、戦闘シーンの爽快感が皆無ってのはまずすぎるんじゃないかと。姫と童子が結局戦闘員並。コスチュームへの金のかけなさが強さに正比例。
なにをやりたいかはなんとなくはわかるけど、いろいろ「それってどうよ?」的な部分が多すぎる気が……
あと、敵の妖怪(魔化魍って呼ぶ必要を感じない)、さっそく気ぐるみになるようで。
三人プリキュアもとい プリキュアMax Heart 。え〜っと、無難に第二話(コラコラ)。
日記で触れるわりにはほとんど誉めたりとかしてないんですが、じゃ、ただ単に惰性で見てるかと言うとそうとも限らないわけで。
一つには「戦隊もの亜流」化した女児玩具アニメとは別方向の展開を見せてくれることへの期待。もう一つには、作画の修練の場としての期待。
っつーか、「一枚絵として綺麗」という方向性があまりに多すぎるんすよ、昨今。本当は動いたのを見てナンボ、なのがアニメ。プリキュアは予算が予算で原画はそんなに入れられないと思うけども、それでも動画とかはたくさん関わってるわけだし、フィジカルアクションということで「動きのある原画」の下地が鍛えられるには絶好の場だと思うのですよね。現状、それが顕著に出てるのはOPや変身バンクとかくらいなのだけど、それでも時々「お?」と思えるシーンがあるし、強制的に動いてるところを書かなくてはいけないし、こういうきちんとした底上げは必要と思うのですよ。本当は「カレイドスター」クラスのものが欲しいかもしれないけど、大物ばかりってわけにはいかないですから。あと、OP、カット切り替えがあまりないので手抜きっぽく見えるかもしれないけど、実はかなり力入ってますよ。EDは手抜きだけど。
2005年02月14日(月) 旧暦 [n年日記]
■ [その他] 機械補助な(偽)教養
しばしば「ネットのサーチエンジンによって、昔より格段にものが調べやすくなった」と言っているのと反するようだが、なんだか最近「サーチエンジン」の検索の罠にはまっている人が鼻につくようになってきた(お前が人のこと言えるのか、というツッコミは尤もすぎるので却下)。どういうことかと言うと、検索により情報が得られることを、自分内部の「教養」と誤解しているように見える人がたまにいることだ。
「ある事柄」についてその情報を検索する、というのは、(それが出来ない人も含めて俯瞰的に見て)一種のスキルである、ということは間違いない。しかし、それは与えられた道具をどう上手く使えるかということに過ぎない。その人が何かを生み出しているわけではない。もっと言えば、その探し出した情報は「誰か」が用意したもので、殆どの場合、それが正しいかどうかはそれだけでは保証が無い。
「ネットのお陰で昔に比べて格段に物が調べやすくなった」というのと反してない? と思われそうだが、そうでもない。公式なサイトであればその情報は一応公式なものとして取り扱えるだろうし、そうでなくとも、きちんとコツさえ掴めば「どの文献を調べれば良いのか」「どのような場所で調べれば良いのか」の情報を得ることがたやすくなった。まあ、情報によりけりなんだけど。
ただ、それは「ネットで調べればそれで済む」ということは意味しない。ましてや、関連情報まで含めて取り込み、自分の内部で消化をしたというわけではない情報である。それは、確実に「自分の外のもの」にすぎない。
有象無象を含めて様々な情報が存在し(ものによってはまったく存在しないが)、ノイズが混在している。最も望ましいのはそのような中から知識をもった人はフィルタリングをし、更に一次情報に近い情報を得る方法を示すことだが、そういうことはなかなかできない。少なくとも、私などはなかなか出来ない。
その場合、せいぜいできるのは「そのまま提供してはいけなさそうな情報は振り落とし、さらに提供する場合も『そういう話もある』的に、信憑性を100%保証しない」という、ある意味卑怯な手段くらい。
もしその情報が間違っていた場合、「ただ単に右から左へ情報を流しただけで、自分に責任はありません」では済まないこともある。理想的には自分にわかる情報以外は触れない、というのが一番正しいのだろうが、次善としては情報の信憑性への注意を喚起する、くらいしか思いつかない。それも正しいのかはわからないが。
なんだか話が少しずれてきた。
検索エンジンは確かに便利だが、それは「道具」にすぎない。「道具」は性質を知って初めて有効に使える。極論すれば「わかってること以外言うな!」が最も正しくはあるのだが、それはあまりに窮屈にすぎる。かと言って「無責任に、野放図に言いっぱなしでいい」ということはない。自分の外の知識であることを知覚し、それ相応のものとして取り扱うのが最低限必要と思える。
いろんな情報が(その情報の質はともかくとして)手に入るからと言って、それに溺れ、それを取り扱えることで自分の教養だ、と勘違いしてはならない。
自分への戒めも含めて。
禁苑の黎明 WEB復刻版 。「禁苑の黎明」とは紫禁城に実際にいた著者が戦争前夜の満州の様子が克明に記した極めて重要な資料と言われている。戦後様々な事情から出版されず、岩波から抄録が出版されたものの恣意的な削除が大幅に入り、完全版を目にすることがなかなかできなかった。それをブログ形式で掲載していく、という企画。これは個人の行う範囲では一大事業なんではないだろうか。大変な作業とは思うけども、焦らず、気長に頑張って欲しい。
西尾維新 クビキリサイクル 、 クビシメロマンチスト を読了。近日中に感想まとめます。が、少なくとも前者はきちんと感想を書く気がおこらんのだよなぁ……さて、どうしたものか。
2005年02月15日(火) 旧暦 [n年日記]
■ [その他] 「病気の子がいなくてよかったね」精神
え〜、私と直接面識のある知り合いや、ここを見ている方は、私がいわゆる「嫌韓厨」で、ハン板(2chハングル板)を見ていることはご存知かと思います。ま、知らなかったり忘れててもそういう前提で。こちらのblogのエントリー で紹介され、一部で取り上げられた2ch ハングル板 の 韓国人と仕事で困ったことスレ なんですが、実は私、このスレをかなり最初期からウォッチしてまして(どのくらい初期からかというと、一桁台のスレタイの一つに私のスレタイ案が採用されてる程度には昔からでして、ハイ)、ここでのおおまかな流れってのは一応知ってるんですよ。最近は保存しかできてない状態だったけど。
で、このスレでの暗黙の了解で、「ネタ(この場合は受けを取る為の嘘、くらいの意味)かどうかはスレ内では追求しない」(サブのスレッドで信憑性を云々することはある)ってのがあるんです。なんでかって言うとスレの趣旨が「仕事上困ったこと」であるため、実名を挙げると問題があるものが多く、ほとんどが投稿者はもちろん会社や関係者・団体も匿名で、裏を取ることはまず不可能だからなんです。で、そのためあまりにありえなさそうな投稿を「ネタ」扱いするレスがついて荒れることが結構あって、そのため「ネタと疑う人は(本スレでは)投稿をスルー」という暗黙の了解が出来上がりました。逆に、レスをつける人もネタであったとき実害が生じるような極端な反応はしない方がいい、という空気もできました。まあ、どっちにしても匿名だから抗議行動とかはできないし、そのため話が大体スレ内で完結することが多いんです。事後の報告、という形がメインであることもあるし。
「そりゃ、あまりに嘘臭い投稿は話を作ってるんだろ」と思われるかもしれませんが、実は嘘のような本当(らしい)話の例として 光BOY伝説 というのがありまして *1 、あながち嘘とも言い切れないんですよ。でも、良識的な人は反応をしていても常に「ネタだった場合」というのを考えている。つまり嘘だとしても釣られた自分を笑えばいいだけで「病気の子がいなくてよかったね」と思えるような、もし本当に困っていた場合を考えて行動する、というのがもっとも理想としているところがあるんですよね。
それを考えると、話題をスレ外に発散させてしまう上のblogのエントリーは迂闊だと思うし、また、本当だった場合でもこの手の事例で現在進行形の事態を外に広めるということはやはり迂闊だと思う。
私がなんでこんなこと気にするかというと、過去に最悪の経緯を辿った報告例があるから( こちら の「韓国系同僚」のところ)。無論、この報告が本当か否かは裏が取れてません。でも、なにも感じないほど無神経というわけでもないんです。私も。
*1: 「光BOY」というのは一時期ハン板でスレを荒らしまくった当時有名なコテハン(固定ハンドル)荒らしで、その身元がひょんなことから仕事スレを見た人の同僚だということがばれてしまったという、光BOYとその同僚が同一人物かグルでなければ、おそらく嘘のような本当の話。
■ [読書] クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い/西尾維新
とある資産家一族の娘に招待された友人に付き添い、絶海の孤島を訪れた主人公「いーちん」。そこには同じく島に招待された各方面の才人が集っていた。他には島の女主人と4人の使用人、招待された「天才」の付き添いたちのみ。誰もが一癖も二癖もある人物ばかりなのだが、ある晩、招待された才人の一人である画家が無残な首切り死体で発見される。しかし女主人はこの状況に警察を呼ぼうともしない。しかたなく「いーちん」はこの殺人事件を調べるのだが……
全然知らなかったが(そういや昔姉から聞いた気もするが)メフィスト賞を受賞して「京都の20歳」と騒がれた、その受賞作品だとか。で、面白いかつまらないかで言えば、そこそこ面白かった。が、完成度は決して高くない。まあ、新人だからそんなもの、ってのはあるのだろうけど、ネット小説レベルというか(ネット小説にもいろいろあって一概にレベルが低いという比喩ではないが)、オタク向けライトノベル文法というか(これは「文体」がそうだという意味ではない)。ミドルティーンから大学生くらいまでが読んだら一番楽しめるだろうな、という感じで、ある種の純文学好きがいかにも好みそうではある。具体的に言えば、大塚英志とか。
全部が曖昧であやふやで熱がない、今的な作品と言えばそうなのかもしれないけど、「時間つぶし的に楽しめる」作品ではあるが、特に何か感銘が残る作品とは言えなかった。それでも、その不安定感の部分はやや記憶に残るし、青臭さには却って好感が持てる。
え? ミステリーとしてはどうかって? まあ、トリックが途中でわかるのは作者も意図してるのかもしれないのでそれはいいが、トリック自体は基本的にお粗末。個人的には 最初の犠牲者を運ぶ際、足には触らなかったのか?というのが気になって仕方ない。 足が立たずにずっと車椅子の上で生活してる人間の足を、作者は見たことないんだろうか? それとも主人公が鈍感なだけか? あと、 グロックのコッキング音を聞いて反射的に弾を避けるって、グロックってハンマーが外部に露出してないんですけど……それにダブルアクションオンリーだった気が。一体、何を聞いてどうやって避けたんでしょ? *2
二冊目は明日以降。
全然知らなかったが(そういや昔姉から聞いた気もするが)メフィスト賞を受賞して「京都の20歳」と騒がれた、その受賞作品だとか。で、面白いかつまらないかで言えば、そこそこ面白かった。が、完成度は決して高くない。まあ、新人だからそんなもの、ってのはあるのだろうけど、ネット小説レベルというか(ネット小説にもいろいろあって一概にレベルが低いという比喩ではないが)、オタク向けライトノベル文法というか(これは「文体」がそうだという意味ではない)。ミドルティーンから大学生くらいまでが読んだら一番楽しめるだろうな、という感じで、ある種の純文学好きがいかにも好みそうではある。具体的に言えば、大塚英志とか。
全部が曖昧であやふやで熱がない、今的な作品と言えばそうなのかもしれないけど、「時間つぶし的に楽しめる」作品ではあるが、特に何か感銘が残る作品とは言えなかった。それでも、その不安定感の部分はやや記憶に残るし、青臭さには却って好感が持てる。
え? ミステリーとしてはどうかって? まあ、トリックが途中でわかるのは作者も意図してるのかもしれないのでそれはいいが、トリック自体は基本的にお粗末。個人的には 最初の犠牲者を運ぶ際、足には触らなかったのか?というのが気になって仕方ない。 足が立たずにずっと車椅子の上で生活してる人間の足を、作者は見たことないんだろうか? それとも主人公が鈍感なだけか? あと、 グロックのコッキング音を聞いて反射的に弾を避けるって、グロックってハンマーが外部に露出してないんですけど……それにダブルアクションオンリーだった気が。一体、何を聞いてどうやって避けたんでしょ? *2
二冊目は明日以降。
2005年02月16日(水) 旧暦 [n年日記]
■ [読書] クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識/西尾維新
前作から二週間後、「いーちゃん」の前にクラスメイトの葵井巫女子が現れる。「いーちゃん」には巫女子とほとんど面識もないし、印象も残っていないのだが、やはりクラスメイトである江本智恵の誕生会に半ば以上無理矢理誘われる。
それとほぼ同時期、京都を騒がす連続殺人鬼に襲われる。しかし、自身の合わせ鏡を見るようなその殺人鬼・零崎人識と「いーちゃん」は何故か意気投合してしまう。
そして巫女子と約束した誕生会の日が訪れる。人付き合いが苦手な「いーちゃん」が無難に誕生会を乗り切った翌日、二人の刑事がやってくる。なんと江本智恵が夕べ、何者かに絞殺されたというのだ……
う〜ん、前作よりは洗練されてるし、ただのひねくれ小僧にすぎなかった主人公もキャラが立ってきている。が、あくまで個人的感情でいうならば「気に入らない」のだよなぁ。別に気持ち悪いとかそういうことではない。面白くないわけではないのだが、単に「不愉快」で「気に入らない」。
「何故気に入らないのか」ってのはひとまず置いといて、まずはそれ以外の部分について語ってみる。今度は「絶海の孤島」という明らかに異常なシチュエーションではなく、「鹿鳴館大学」(多分、元ネタは立命館大学なんだろうな。あそこも半地下食堂があった気がするし)にもどった「いーちゃん」を中心に、彼の周囲で起こる出来事になる。実はまさしく「彼が中心人物」だったことが最後でわかるのだけど、それも置いといて、「いーちゃん」に一目ぼれして果敢にアタックし続ける「痛い娘」葵井巫女子(やっぱ変な名前)とその友人たちのコミュニティに主人公は無理矢理に関わらさせられることになる。一方で、殺人鬼「零崎人識」とも出会う。普通に考えれば葵井巫女子たちの環境の方が日常、「ケ」で、零崎との関わりの方が「ハレ」、非日常のはずだが、主人公は「ケ」の方には決してなじめない。むしろうとましく思っている節がある。このことは前作でもそれっぽいことが散々書かれていたが、今回の場合、「中途半端な傍観者」というどちらかというと否定的立場ではなく、その異端者的な「非社交性」がむしろ特殊能力的に、どちらかといえば肯定的な立場にされている。
人によってはかなりの不快感を示すらしいが、多分葵井たちに感情移入した人は不快感を感じ、主人公や零崎たち、社会性欠如の登場人物に感情移入した人はそうでもないのだろう。
私はと言えば、どちらにも感情移入しなかった。日常側の人物の幾ばくは好ましく思ったが感情移入できるほど人物描写が深いところをついておらず、また、昔だったら主人公側に感情移入する部分もあったのかもしれないが、社会性が欠如しててもそれを自己正当化したいという欲求は今はさほど強くない。だから、事件の「原因」の行動は酷いとは思うが強い嫌悪を感じるほどではなく、犠牲者も可哀想と思わないわけではないが、理不尽と思うほどではない。ただ、事件の巻き起こし方は面白いと思った。叙述トリックの使い方については「ちょっといい加減にしろ」と言いたい部分はあるのだけど。
じゃ、なんで「不愉快」と断言してるのか。それは、あからさまにこの世界自体がひとつの価値観で推し量るようにしかできてないからだ。だから「哀川潤」だとか「零崎人識」のように、スペック的にはすごい人物が出ても、非常に閉じた印象しか得られない。「セカイ系」ではないけど、「セカイ系的」だ。別に主人公の価値観がゆがんでいるからと言って他の価値観に「打ち負かされ」「屈服する」必要はないが、同様に主人公の価値観に「打ち負かされず」「屈服しない」他の価値観も存在するはずで、それが必要しないように見せかけた世界、というのが一番気に食わない *1 。否定はしないが、気には食わない。
余談だけど、念仏の鉄は相手の指の骨をべきべきに折ったことはなかったはずだが……首の骨はしょっちゅう砕いてるし、仕置人第四話「人間のクズやお払い」ではヤクザの右腕を再起不能になるまで破壊しているけど。
それとほぼ同時期、京都を騒がす連続殺人鬼に襲われる。しかし、自身の合わせ鏡を見るようなその殺人鬼・零崎人識と「いーちゃん」は何故か意気投合してしまう。
そして巫女子と約束した誕生会の日が訪れる。人付き合いが苦手な「いーちゃん」が無難に誕生会を乗り切った翌日、二人の刑事がやってくる。なんと江本智恵が夕べ、何者かに絞殺されたというのだ……
う〜ん、前作よりは洗練されてるし、ただのひねくれ小僧にすぎなかった主人公もキャラが立ってきている。が、あくまで個人的感情でいうならば「気に入らない」のだよなぁ。別に気持ち悪いとかそういうことではない。面白くないわけではないのだが、単に「不愉快」で「気に入らない」。
「何故気に入らないのか」ってのはひとまず置いといて、まずはそれ以外の部分について語ってみる。今度は「絶海の孤島」という明らかに異常なシチュエーションではなく、「鹿鳴館大学」(多分、元ネタは立命館大学なんだろうな。あそこも半地下食堂があった気がするし)にもどった「いーちゃん」を中心に、彼の周囲で起こる出来事になる。実はまさしく「彼が中心人物」だったことが最後でわかるのだけど、それも置いといて、「いーちゃん」に一目ぼれして果敢にアタックし続ける「痛い娘」葵井巫女子(やっぱ変な名前)とその友人たちのコミュニティに主人公は無理矢理に関わらさせられることになる。一方で、殺人鬼「零崎人識」とも出会う。普通に考えれば葵井巫女子たちの環境の方が日常、「ケ」で、零崎との関わりの方が「ハレ」、非日常のはずだが、主人公は「ケ」の方には決してなじめない。むしろうとましく思っている節がある。このことは前作でもそれっぽいことが散々書かれていたが、今回の場合、「中途半端な傍観者」というどちらかというと否定的立場ではなく、その異端者的な「非社交性」がむしろ特殊能力的に、どちらかといえば肯定的な立場にされている。
人によってはかなりの不快感を示すらしいが、多分葵井たちに感情移入した人は不快感を感じ、主人公や零崎たち、社会性欠如の登場人物に感情移入した人はそうでもないのだろう。
私はと言えば、どちらにも感情移入しなかった。日常側の人物の幾ばくは好ましく思ったが感情移入できるほど人物描写が深いところをついておらず、また、昔だったら主人公側に感情移入する部分もあったのかもしれないが、社会性が欠如しててもそれを自己正当化したいという欲求は今はさほど強くない。だから、事件の「原因」の行動は酷いとは思うが強い嫌悪を感じるほどではなく、犠牲者も可哀想と思わないわけではないが、理不尽と思うほどではない。ただ、事件の巻き起こし方は面白いと思った。叙述トリックの使い方については「ちょっといい加減にしろ」と言いたい部分はあるのだけど。
じゃ、なんで「不愉快」と断言してるのか。それは、あからさまにこの世界自体がひとつの価値観で推し量るようにしかできてないからだ。だから「哀川潤」だとか「零崎人識」のように、スペック的にはすごい人物が出ても、非常に閉じた印象しか得られない。「セカイ系」ではないけど、「セカイ系的」だ。別に主人公の価値観がゆがんでいるからと言って他の価値観に「打ち負かされ」「屈服する」必要はないが、同様に主人公の価値観に「打ち負かされず」「屈服しない」他の価値観も存在するはずで、それが必要しないように見せかけた世界、というのが一番気に食わない *1 。否定はしないが、気には食わない。
余談だけど、念仏の鉄は相手の指の骨をべきべきに折ったことはなかったはずだが……首の骨はしょっちゅう砕いてるし、仕置人第四話「人間のクズやお払い」ではヤクザの右腕を再起不能になるまで破壊しているけど。
*1: 多分、現実に「必要であれば人を殺せる人物の目」というのを見てしまったので、余計そう思うのかもしれない。
■ [映画][アニメ][特撮] まらそん侍
録画しておいた「まらそん侍」('56)を見てみたり。うわ、勝新ってこの頃二枚目俳優だったんだ。このくらいの時代の時代劇はポップ狙いでもきちんと重みもあったんだけどねえ。二人の若侍の恋を賭けた遠足(マラソン)勝負に藩の存亡がかかった金煙管泥棒追跡も絡んで、結構面白い。舞-HiME #19。先週より一層、登場人物がどんどんテンパってく。舞衣はもちろん、天真爛漫な命も行動が裏目に出て舞衣と仲たがい、志穂もいい具合に腹黒くなってってるようで。盛り上げるのはいいんだけど、キャラクターをどんどん追い詰めるスタッフの思惑はちゃんとあるんだろうか? この辺は以後を見ないとなんとも言えないので保留。
ファンタジックチルドレン #19。ベフォールの子供たちの一人・ヒースマは惑星ギリシアに戻った時のためにゲルタの実験データを奪うべく、研究施設を訪れるがそこでデュマに会い、ギリシアに戻っても二ヶ月の命であることを告げられる。一方ヘルガは前世のこと、セスのこと、ソランのこと、全てを思い出す。惑星ギリシアに戻るか否か……べフォールの子供たちに答えを迫られるヘルガは、地球での再会を誓ったソランとの約束を胸に、地球に残ることを決意する。だが、惑星ギリシアの出来事を聞いたトーマにも異変が……そんな彼らの前にデュマが現れ、兵器として再生させるためにヘルガをさらっていく。
話はどんどん佳境へ。トーマとヘルガの前世・ティナの関係、ヒースマの行動により不協和音が鳴り出したべフォールの子供たち、その彼らとゲルタの関係、そしてデュマの正体……ティナの異父兄弟とのことだけど、なんか引っかかるんだよなぁ。
怪奇大家族 最終怪。忌野家を襲い続けた怪異の原因である「復活する邪悪なもの」とは、現代に帰還すべく江戸時代から岩に封印されていた清四本人だった! MIBな二人や霊能力者・十中九十郎が復活するのが邪悪なものと信じてその復活を阻止しようとするが、ついでのように清四のことを思い出し、その事実を知った忌野一家は清四を守るため立ち上がる!
いや、なんつーか、すげー展開(笑)。最初から最終回のプロットはできてたんだろうか? 確かに一応伏線らしいものは張られていたのだけど。いや、それよりなにより、なんじゃこの最終回はー! って感じ。いや、決して悪い意味ではなく。チープ極まりない霊能力対決に、意味不明なメカギミック演出(って、全然銃の形が違うし)、おまけにコンセントから電源を取ってブレーカー上がるし。極めつけは最後のオチ……なんとも形容しがたい。忌野家的にはハッピーエンドっぽいから、これでいいのか? 家族の平和のためには、世界も破滅させる。いやはや、もうなにがなんだか。DVD購入、検討しておこう。
2005年02月17日(木) 旧暦 [n年日記]
■ [その他] 買い物
本日 与太郎戦記/春風亭柳昇 をゲット。最近西尾維新とかばっか書いてたんでアレそうでしたけど、これ! これですよ! これこそ私のイメージですよ! ウソです、ごめんなさい。柳昇校長もとい柳昇師匠がなくなられてからこの本の存在を知って、でも入手困難だったので諦めてたのだけど、再販されたと知ってゲット。読むのが楽しみ。2005年02月18日(金) 旧暦 [n年日記]
■ [読書] クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子/西尾維新
与太郎戦記
はまだ読み中なんですよ。すいません。
今度は哀川潤によって名門・澄百合高校からそこの学生である紫木一姫の救出に協力させられた「いーちゃん」。ところがその学校は特殊な人材を育成する機関で、一姫と接触するも学園内で追われることに。さらに理事長が完全な密室の中でバラバラ死体にされていて……
まー、なんつーか、ライトノベルだなぁ、と言うか。これを新書サイズで売るのはちょっと(かなり)インチキだなぁと思ったけど、よく考えれば新書サイズだからって中身があるわけじゃないし保障されてるわけじゃないから、いいのか。
感想は、と言われると、「ライトノベルだね」としか言いようがない。面白いかどうかと聞かれれば、「電車の吊り広告の字数を数えるよりは暇つぶしになる」としか言えない。電車の吊り広告の字数数え並の本も世の中にあふれてるって前提での話ですが。でも、暇つぶしのレベルには違いがない。
感想というほどのものもないので個人的にちょっと思ったところを書き連ねると、この作者、アクションシーンを書くのは控えた方がいいと思う。マンガやアニメやゲームや小説の焼き直しで肉体感覚が欠如してるから。他には 途中でちょっと好みのタイプのキャラが二人出てきたけど、描写が薄いから多分すぐ死ぬんだろうなぁ、と思ったら、やっぱり死んだ。この人のパターン、大体つかめてきたかも。一応、誰が真犯人(?)か、ってのは、まあ大分最初に読めてたんで意外性とかはなし。ふぅ。
四冊目を読むかどうかは、ちと考えどころですな。とりえあえず与太郎戦記が先だ。
今度は哀川潤によって名門・澄百合高校からそこの学生である紫木一姫の救出に協力させられた「いーちゃん」。ところがその学校は特殊な人材を育成する機関で、一姫と接触するも学園内で追われることに。さらに理事長が完全な密室の中でバラバラ死体にされていて……
まー、なんつーか、ライトノベルだなぁ、と言うか。これを新書サイズで売るのはちょっと(かなり)インチキだなぁと思ったけど、よく考えれば新書サイズだからって中身があるわけじゃないし保障されてるわけじゃないから、いいのか。
感想は、と言われると、「ライトノベルだね」としか言いようがない。面白いかどうかと聞かれれば、「電車の吊り広告の字数を数えるよりは暇つぶしになる」としか言えない。電車の吊り広告の字数数え並の本も世の中にあふれてるって前提での話ですが。でも、暇つぶしのレベルには違いがない。
感想というほどのものもないので個人的にちょっと思ったところを書き連ねると、この作者、アクションシーンを書くのは控えた方がいいと思う。マンガやアニメやゲームや小説の焼き直しで肉体感覚が欠如してるから。他には 途中でちょっと好みのタイプのキャラが二人出てきたけど、描写が薄いから多分すぐ死ぬんだろうなぁ、と思ったら、やっぱり死んだ。この人のパターン、大体つかめてきたかも。一応、誰が真犯人(?)か、ってのは、まあ大分最初に読めてたんで意外性とかはなし。ふぅ。
四冊目を読むかどうかは、ちと考えどころですな。とりえあえず与太郎戦記が先だ。
2005年02月20日(日) 旧暦 [n年日記]
■ [その他] 岡本喜八監督、訃報
岡本喜八監督死去。81歳 ( 朝日 )。この記事でも「戦争風刺云々」とか書かれてるけど、そんなことよりなにより、この人の作ったものは「娯楽作品」で、戦争風刺にしてもなんにしてもその底には「ダンディズム」「粋」があった。前作の「助太刀屋助六」が2002年、きっと来年には新しい映画を見せてくれると期待していたのだが……だが同時に、「助六」では体力的に全て編集をすることが難しく、主演でもあった真田広之氏に指導しながら編集をさせたという話を聞いていたので、その後継者を指導するを思わせる行為に、予感はどことなくあった。こういうと誤解や反発を招くかもしれないが、岡本監督が戦争の馬鹿馬鹿しさを感じていた、というのも事実だろうが、戦場の男たちにカッコよさも感じていただろう。「独立愚連隊 西へ」などを見ればわかる。戦場の男をカッコいいと感じない人間があんなカッコいい連中を描けるものか。人間のカッコよさ、人間の行為の愚劣さ、その両方を混在させた監督だった。その作品の多くがDVD化されてないのは犯罪級のことだと思う。
「独立愚連隊」「同西へ」などのソフト化を強く希望すると共に、西に向かう監督を見送りたい。
■ [マンガ] いろいろ
サンデーGXは当然買ってあるけど、そっちは掲示板の方で感想を書いたので。スティール・ボール・ラン、ウルトラジャンプで連載再開 。次号はプロローグ編で、次々号から本格連載再開だそうな。ううむ、週刊連載はつらいだろうなぁと思ってはいたが。まあ、フェードアウトじゃなくって良かったといえば良かったのだけど。
超人ロックspecial にはこやま基夫と佐々木淳子が載ってるし。ここんとこどこに誰が載るかってのは結構油断がならないな。
カオシックルーンEsでは「びちびちビッチ」に続いて「ふたりはデスコア」が……コスとか髪型そのまんま。相変わらずやりすぎ。